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勇者の遺言

作者: 千鵺

「お前にはやらん」


そんなことを私に吐き捨てて、ある寒い冬の朝、幼馴染は王都へと旅立った。

そして王様に会って、伝説の武具を手に入れ、仲間を増やし、魔王を討つ旅に出た。

長い長い旅。

各地で魔族を討伐しながら。

立ち寄る町で勇者と崇められながら。

その命を削りながら、彼は魔王領まで進んで行った。


やがて、出会う魔王と勇者。


後に、彼の仲間に話を聞いた。

魔王と相対した勇者は、戦闘を始める前に、こんなことを言ったそうだ。


「ここは俺で我慢してくれよ。お前にあいつはもったいない」


それに対する魔王の返答はなかったらしい。

ただ、無言で勇者に対峙すると、彼らはそれからどちらからともなく戦い始めた。


長い長い、戦いだった。


仲間や魔王の側近達は手を出すことも出来ず、周りでそれを眺めていたという。

2人の力は拮抗し、どちらかの力が爆ぜる度どこかで弱い命が消えていった。

いつまで続くのかわからなくなった時。

遂に終焉は訪れる。


勝ったのは、どちらでもなかった。


両者共に力を出し切った末の、相討ちだった。


魔王は息絶えると黒い霧となって消えた。

生き残っていた魔族はそれを見ると瞬く間に姿を消した。

勇者は魔王が消えた後も意識があったそうだが、やがて仲間の1人に何かを言い残すと、力尽きた。

彼の遺骸は仲間達が王都へと運び、王族の一員に加えられ、王都で埋葬された。


彼の仲間であったという魔術師の男は、ただ一人、彼の遺言を聞いていた。


止せばいいのに、男は国を出て世界を放浪する道を選んだのだそうだ。

その途中で、勇者の生まれた村を訪ねてきたらしい。

そんな男を拾ったのは、私にとってはたまたまの出来ごとだった。

ちょうど畑へ出ようとしていたら、何故か農道の上で大の字になっていたのを見つけたのだ。

しかし、偶然出会ったと思った旅人は、私を探していたのだという。


「もうこのまま死んでしまう前に、何があっても、あの人の言葉を絶対君に伝えなきゃと思ったんだ」


見るからに栄養状態が悪いようだったので、自分の作った野菜をふんだんに入れたスープを提供したら、泣きながらそんなことを言っていた。

死ぬ前に、というやつだろうか。

まったく縁起でもない。

噛まずに飲み込む勢いで食べていく男に、呆れながらも突っ込んだ。

そもそも1人旅、実は色んな意味で危険なんじゃないかとも思ったが、それは口には出さなかった。

自分のしたいように生きられるということは、存外幸せなことなのだ。

しばらく後、ようやく人心地を得たのか、落ち着いたところに食後の茶を出した時、男はようやく自分の目的を話し出した。

曰く、勇者の最期の言葉を。


『ごめん。幸せになってくれ』


たった、それだけ。

彼はただそれだけを、ずっと願っていると言ったという。





それを伝えてくれた男は一晩家に泊まると、やんわり止めるこちらを振り切って、また旅立って行った。

仕方なく、途中で野たれ死ぬことのないよう装備や消耗品は持てるだけ持たせてやった。

自分が昔使っていた道具袋を貸してやるのだから、またこの村に寄って返すようにと言い含めて。


男を見送った後は、またいつもの日常に戻った。


畑を耕し、家畜の世話をして、細々と暮らす日々。

両親が幼い頃に亡くなってからずっと1人で暮らしてきた為、その静かな生活には慣れていた。

けれど、1年前は1人じゃなかったと、ふと思い出しては手を止めることが増えた。

去年の今頃は、彼が側に居た。


否、去年だけじゃなかった。


親が死ぬ前から、死んでからも、側には幼馴染が居たから。


ずっとずっと、側に居た人だった。







数年後、以前見た時よりも逞しくなった魔術師が、村を訪ねてきた。

1人で世界を巡り、様々なものを見てきた彼は、人間的にも成長したようだった。

それから何処へ行くのかと思えば、何故か家に住み着いたのは驚いた。

過疎が進む村では、若い男手は大変貴重なのだ。

思う所がないわけでもないが、とりあえず個人の困惑よりも村の利便性を優先させた。



それからまた、数年の月日が経つ。





「今日は早く帰るから、逃げないでね」


「良いから早く行って」


「逃げないでね」


「ここ以外に行くとこはないわよ。早く行きなさい」


「・・・行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい」



追い出すように仕事に行かせ、自分もまた畑に行く準備をし始めた。

3人から2人減り1人、けれどもたまに2人になって、それがまた1人に戻ったかと思えば押し掛けが出来てまた2人になり。

何度も何度も、1人になった。

けれどもその度、誰かが側に居てくれた。

そんな人生をくれたのは、ただ1人の幼馴染。


自身の命を投げ出してでも、代わりに人として歩む未来をくれた、何にも代えがたい大事な人。


「・・・ありがとうも、言わせてくれなかったけど」


かつて側に居た頃の面影を思い出し、ぽつりと独り言を零す。


こうと決めたら、それを貫き通す人だった。

目の前で弱っているものを、見過ごせない人だった。

強引だけれども、誰よりも優しい、心の強い人だった。


喪って、初めて気付くこともある。




「ねぇ、あなたは今、どうしているかしら」


今夜、同居人の男からの求婚に、ようやく返事をする。

求婚されてから、1年も待たせてしまった。

今朝早く、返事をすることを仄めかした。

今日はきっと仕事が終わったら、飛んで帰ってくるだろう。


彼が死んで、今日で10年。



「私は幸せよ。・・・・ありがとう」























かつて、勇者の託宣は、神の御心によるものだと思われていた。

神殿でもなく、王でもなく、ある日突然現れるその光の御柱が目印となる。


ある村で、勇者が選ばれたその時に、そこに居たのは1人の少年と、同い年の少女だけ。



選ばれたのは、少女だった。






それを知るのは、そこに居た2人だけ。


少年は旅立ち、少女は残った。

彼女に与えられた加護は少年にはなく、少年はただひたすら、文字通り命を燃やして力に換えた。

本来出会うべき宿敵は、結局最後まで出会うことも無く。


少年は、少女に課せられた宿命を背負い、その命を終えた。



少女は、その生を背負い、これからも生きていく。

仲間と自己申告した魔術師は、実は見習いで、勇者のパーティにも勝手にひっついていっただけだったり。

魔王との決戦にも根性でついて行きましたが、レベルとかサバイバルの知識とか、素人に毛が生えたくらい。

それでもなんとかなっちゃう強運な人でした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死にネタは大体苦手なんですが、割と淡々と進む幼馴染の視点に亡くなった勇者への想い(失った悲しみ?)と時間ともに緩やかに彼の死を自分の中で消化して前へと進んでいこうとする姿が感じられて良かった…
2011/12/23 00:33 退会済み
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