12月22 (2)~23日
すると突然、村の教会の鐘が鳴らされた。その音にハッとして気付いたサンタは、現実に引き戻されたのを感じる。
「そうだった、手紙の住所を探さなきゃな」
これからミサでも始まるのだろうか。
狭い村に建つ数十戸しかない家々から、人々が次々に出てきた。彼はそんな中1人の女性に声をかける。
「あ、ちょっと悪いんだが、この住所を教えてくれないか?」
封筒の中に入っていた、住所の書かれた小さな紙切れをポケットから取り出し女性に見せる。
女性は「あぁ」と言って村の向こうを指差し、丁寧に道順を教えてくれた。
どうやらドンレミ村の奥にある小さな孤児院らしい、と言うことが今の説明により判明した。
「孤児院?」
サンタは女性に礼を言うと、その孤児院を目指して歩き始める。
道中、ほぼ一本道のような道のりを歩き、やがて見えてきたのは小さな教会だった。
ここドンレミ村にはいくつか教会があるが、そんな中でも一際小さい教会だ。屋根の上には、これもまた小さな十字架が申し訳程度に聳え、扉の上方にも十字のレリーフが施されている。
そして教会の横からは長方形の別の建物らしきものが生えるように突き出していた。
そちらへ近寄ってみると、『天使たちの家』と書かれている看板が彼の目に映った。どうやらここがあの手紙を送った少女の家らしい。
彼は辺りを見渡すが、人の姿がない事に気付いた。
先ほどの鐘の音はミサを知らせるものだったはずだ。この教会はそれに使われていないのか、そう思いサンタはまず教会に足を踏み入れた。
中は外観通り本当に狭く、備え付けられた長椅子も全部で10席しかなかった。通路の幅も狭く、ただ祈りの為だけに作られた簡素な教会であることは否定のしようがない。
教会の中央奥には、台の上にキリスト像が置かれ、更にその奥の窓には小さいながらも聖母子像のイコンが綺麗なステンドグラスで嵌め込まれている。
そこから降り注ぐ色を帯びた光のシャワーは、飾り気のないシンプルで寂しい空間に、ほんの少しの荘厳さを称えていた。
彼はその光を切なげに見つめている。
すると突然、奥の関係者用出入口らしき扉が開かれ、若い綺麗な女性が教会内へと入ってきた。
「あら?」
黒の修道服に身を包み、頭にベールを被ったシスターは、サンタの姿を見つけ声を掛けた。
「どうなさいましたか?」
「え、あーいや、えっと……」
ボーっとしていた彼は急に声を掛けられたことへの対応に戸惑っていると、シスターはそれを尻目に、手に持った花を花瓶に生けていく。
それは純白のバラだった。
手際よく花を入れ替えたシスターは、枯れかけのバラを持ちサンタの方へと歩いていく。
「お祈り、ですか?」
「いや、違うんだ。ちょっと聞きたいんだが、あんたはここの孤児院の人か?」
「え? はい、そうですけど」
サンタに質問されたシスターは不思議そうな顔をした。彼は構わず話を続ける。
「このソフィーって子はこの孤児院にいるんだろ?」
そう言って彼はコートのポケットから封筒を取り出し、シスターに手渡した。彼女はそれを受け取ると驚いた様子で、男に問いかける。
「どうしてあなたが持ってるんですか? これはサンタさんに送ったはずなのに」
彼を見るシスターの目付きが、あからさまに不審者を見るようなものへと変わった。
「あんた頭おかしいのか? 俺はサンタクロースだ、この格好見ても分かんねえのかよ。だから持ってんだろ」
憮然とした態度で彼女の目を見つめながらそう言うと、シスターは少し照れた様子で一歩前へ歩み寄り、顔を赤くしながら頷いた。
「そ、そうですね、あなたはサンタクロースです」
「おいおい、そんな簡単に信じていいのかよ。まあ信じてもらえないよりはマシだけどな。……大丈夫かこいつ」
サンタは少し心配になりながらも、ずいずいと迫り来るシスターを両手で引き離し、長椅子に腰掛ける。
「ところでサンタさんがこんな所になんのご用ですか? まだクリスマスまで3日もあるのに……あ、もしかして日付を間違えちゃったとか? 案外ドジなんですね」
「おい、勝手に納得してんじゃねえよ。別に間違えてなんかねえっつうの」
「でしたら……」
自分の予想が外れたことを残念に思ったのか、シスターは拗ねた様子で彼を見返した。
「この手紙、あんたは読んだのか?」
「? いいえ。私はポストに手紙を投函しただけですけど?」
「なら読んでみろよ」
そう言って彼は半分に折られた手紙をシスターに手渡した。
彼女はそれを受け取ると開いて中を読む。一瞬で読み終わるとサンタに視線を戻し、どこか悲しそうな顔をした。
「その意味っていうか、その子が一体何を考えてるのかちょっと気になってな」
「そう、ですか」
「世界から集まった手紙の中でそんなこと書いてたのはこの子だけだったんだ。今まで6年間サンタやってきたけど、そんなこと書かれたのも初めてだしな……だから、どういう子か気になったんだ」
シスターは俯き目を閉じた。ややあって重い瞼を開けると、「あの子は、孤児です」と口火を切り、ぽつりぽつりと話し始める。
彼はその内容を聞いて理解した。少女がなぜあんな事を書いたのか――――。
少女が生まれて直ぐに、母親は病で亡くなったそうだ。亡き妻に代わり、父親が少女を育てた。愛する妻との間にもうけた1人娘。父は娘にこの上ない愛情を注いだ。そんな父親の事が、少女は大好きだった。しかし不幸は突然舞い降りた。
その日は少女の誕生日だった。
父親は街で大きなぬいぐるみのプレゼントを買って家へと帰る途中、車に轢かれ不慮の事故によりこの世を去ってしまう。大好きだった父の死、少女は知らせを聞いて悲しんだ。届けられた猫のぬいぐるみを抱き、大粒の涙が床を濡らす。
翌日、葬儀が終わった後、少女には頼れる身寄りもないことに気付いた村人は、この孤児院に預けることにしたそうだ。明るかった少女はそれ以来、誰とも笑わなくなり無口になってしまったらしい。
この孤児院には他にも何人か子供がいたようだ。
みんな里親に貰われ養子となったそうだが、少女だけは頑なにそれを拒み続けていると言う。
話を終えたシスターの目からは涙が零れ落ちた。すすり泣く声が、狭い教会内に響く。
「なるほど、そういうことか。……よし、俺に任せろ!」
サンタは立ち上がり、椅子に座って泣いているシスターの頭を優しく撫でると、そのまま教会を出て行こうとする。
「あ、あの、ソフィーに会っていかないんですか?」
シスターは鼻をすすりながら彼の背に向かって問いかけると、サンタは立ち止まり彼女に振り向き呆れた顔をして言った。
「あんた、頭おかしいのか? こんなところでサンタクロースの正体ばらしてどうすんだよ。サプライズになんねえじゃねえか。まあ驚きはするかもしれないけど、サンタのプレゼントはクリスマスって、相場が決まってんだよ」
そう言って笑う彼の瞳はキラキラと輝いていた。まるで無邪気な子供のように。
シスターにさよならを告げると、真っ赤なスーツは教会を後にした。
ドンレミ村を出て森へ入ったサンタは、ソリを置いてきた場所へと走って戻る。
「あれ? えっと、確かこの辺に……っ!?」
周辺を見渡したサンタはその光景に驚愕した。
見渡せる範囲にある木の幹が、地面から約1m程の所まで皮を全て剥がされていたからだ。むき出しになった木の表面には、猛獣の爪痕のような、それにしては太すぎる傷跡が無数に残されていた。
「あの馬鹿はなにやってんだ!」
サンタはまだこの周辺にいるであろうルドルフを急いで探した。
探し始めておよそ5分。
思ったよりもルドルフが遠くへ行ってなかったことにひと安心した彼は、木の根元に角を突き刺したまま器用に眠るルドルフを叩き起こした。
「このクソトナカイ! さっさと起きろ!」
「ッ!?」
いつものように目覚め、眠気眼をサンタへ向けるとルドルフはシュピッと敬礼をし、立派な角で主人をすくい上げるとソリに放り込んだ。
そして滑走を始め森を一気に駆け抜ける。森を抜けると同時にルドルフは宙に浮き、ダブルXLサイズのケーキが待っていると思い込み、サンタのログハウスへと急いで帰るのだった――。
途中、ルドルフの気合が何故入ったのかを彼は察し、家にダブルXLなんてケーキがないことを思い出すと、スーツとコートをクリーニングに出すということを口実に街へ行き『Noël』へと立ち寄った。
予約でないにもかかわらず、アンナを始め店の従業員たちは嫌な顔一つせず、笑ってオーダーを聞き入れてくれた。珍しく彼は何度も頭を下げて礼を言う。
そして4mにもなるケーキ箱をソリに乗せると自身も座り、店の人たちに手を振り家へと帰っていった。
雪原のログハウスへと戻ったサンタは、興奮したように角を振り回すルドルフを小屋へ押し込め、ケーキの箱を地面に置いてやる。目の前で開かれる箱を血走った目で見つめ、ケーキが露になると同時にルドルフはケーキにがっついた。
疲れた表情でそれを見届けると、彼は厩舎を後にし、ハウスへと帰った。
――翌日。
街のクリーニング屋から戻ったサンタは、袋からスーツ一式とコートを出し、それを早速人型のハンガーに掛ける。このスーツは充電式で、付属の人型ハンガーでなければ充電することが出来ない。
スーツの主な機能としては温度調節がある。サンタクロースは世界を飛び回る者。
極寒の地からはたまた酷暑の地。その為スーツには特殊な技術で備え付けられた温度調節機能が付いているのだ。しかもコスチュームの頭から足、全てが揃っていないとその効果を発揮しない。
万が一、帽子が飛ばされでもしたら大変なことになる。
彼はクローゼットを閉めると、残り1日と少しの時間、のんびりと過ごすのだった。