12月14~22日
12月14日
思いのほか集中出来たサンタは、あれだけの数の手紙を……と言っても、ルドルフに比べれば断然少ないのだが、2週間も掛からずに読破することが出来た。ルドルフよりも少ない理由としては、彼がある妙案を思いつき、それを実行したことが挙げられる。
世界中のサンタクロース協会へ、『英語が分かる子供は出来るだけ英語で書いて欲しい』という手紙を送りつけ、告知のポスターなどにそれを書き添えてもらっていたからだ。
サンタクロース一族は世界中の言語を全て理解出来る能力を持ってはいるが、手紙を読み、更にはそれをメモするのは大変な作業だ。だから昔からサンタクロースの相棒でもあるトナカイがその作業を手伝うことになっていた。
しかしルドルフは、昨年までドイツ語しか理解することが出来なかったため、サンタはルドルフを調教し、英語を叩き込むことを思いついた。
そうすれば英語で送られる手紙は毎年群を抜いて多かったため、少しでも楽が出来ると踏んだからだ。そんなことがルドルフに知れたら、きっと激怒どころでは済まない事は彼も重々承知している。
だからその事だけは自分だけの秘密だ。アンナに言おうものなら、きっと弱みを握られてあれやこれやと願望を要求されるに違いない。
目頭を押さえ、疲れた目のコリを解すようにマッサージすると、サンタはすっかり綺麗になったテーブルの上を見て満足げに頷く。しかし床に視線をおろすと、今まで読んだ何億という手紙が未だ散乱したままだった。
とりあえず彼は、自分のメモした物とルドルフから聞きながら書いた物を合わせて、膨大な枚数となったメモ帳の束を持ち、家の外へと出て行った。
この2週間、家に篭りっきりだったサンタは、久しぶりの外の冷たい空気をめいっぱい吸い込んで、肺を自然の息吹で満たす。伸びをして深呼吸すると、彼は階段を下りていった。
そして巨大な電子パネルの前まで来るとそれを操作する。すると機械の下半分が大きく口を開け、液晶に『メモを入れてください』と表示された。
彼はメモを全て押し込むと、指示に従いパネルを操作する。鈍い可動音が鳴り、しばらく待つと、チンッ、という音と共に再び液晶に文字が表れた。『クリスマスプレゼントの注文を承りました』
「よし、これでしばらくは暇になるな」
サンタは嬉しそうな笑みを浮かべると、足早に家へと帰って行く。
注文した子供達へのプレゼントは、街外れにある工場で全て作られる事になっていた。毎年何かは、作れないから“外”で購入してきてくれと、逆に注文書を送りつけられることもあるが、半日経っても送られて来ないところを見ると、どうやら今年は大丈夫なようだ。
これからの1週間、今まで詰めの作業をしていたサンタは、その分羽を休めてのんびりと過ごした。そう、あの手紙が来るまでは……。
12月22日
クリスマスまであと3日と迫った今日。サンタはいつものように玄関のドアを雑に開け、新聞紙を取りにポストまで歩いていった。するとふと目をやった電子パネルに「1」という数字が表示されているのに気付く。
「あれ、なんで入ってんだ? もう受付はとっくに終わってんのに。……もしかして郵便のおっさん間違えて入れたのか? めんどくせーな」
小さくため息を吐き、サンタはパネルを操作して蓋を開けた。
たしかに箱の中には1通の真っ白な封筒が寂しく横たわっている。彼は更にパネルを操作すると、箱の床がせり上がって来た。やがて床は地面と水平になるまで持ち上がると自動で止まる。
床を歩いていくと封筒の前で足を止めた。そしてその封筒をおもむろに拾い上げ、表と裏を確認する。そのどちらにも差出人の名前と住所が表記されておらず、ただ『サンタさんへ』と書かれているだけだった。
彼は封筒を訝しげに見ると、一瞬血の気がサーッとひいた。
「ま、まさかふ、不幸の手紙とか? ……んなわけねえか」
自分は感謝されても恨まれるような事は一切ないと、自らに言い聞かせ妙に納得し頷くと、サンタはポストから新聞を取り出し、封筒と共に家へと持って帰っていった。
リビングへと戻った彼は持っていた新聞を円卓に投げ捨て、ソファーに座ると封筒の口を破り中を開ける。
すると中から出てきたのは、安そうで何の飾り気もない2つ折りの紙だった。中を開くと所々汚れており、その内容を読んだサンタは言葉を失った。
その手紙には「パパをください」と書かれていたからだ。
「……パパ? パパって何だ。……おもちゃか? もしかして民族的な何か、か? ……まさか……父親、のことじゃないよな?」
彼はしばらく足りない脳を振り絞り唸って考えてみたものの、パパと聞いて思い浮かぶものが1つしか心当たりがない事に気付いた。
「一体何考えてんだ、このガキんちょは? えーっと住所住所……あれ、書いてない」
サンタは再度上から下から見返してみる。やはりどこにも書かれていない。閃き今度は裏を見てみるも、やはり表記されていない。
「何なんだよ、悪戯か?」
そう思いながら封筒を手に取ると中から小さな紙切れが、舞い散る花弁のようにひらりと落ちた。それを拾い上げたサンタクロース。
「あ、書いてあった。つうか紛らわしいわ!」
書かれていたものを読み取ると、差出人はどうやら少女のようだ。名前はソフィー。住所はフランスのロレーヌ地方にあるドンレミ村。
「パパが欲しいって……どういうことだよ」
彼は少し自分の両親を思い出していた。すると突然、思い浮かんだイメージを払拭するように頭を振る。
「あんな道楽な親はどうだっていいんだよ、問題はこっちだ」
そう言ってサンタは再び手紙を見つめる。改めて見たその文字からは、なんだか弱々しく心寂しい印象を受ける。彼はしばらく悩んだ後に決心した。
「しゃあねえ、一度偵察しに言ってみるか。この子がどんな子か」
ソファーから立ち上がったサンタはクローゼットへ歩いていき、中からサンタのスーツ一式を取り出した。アンナの家へ弁当箱を届けに行って以来、着ていないスーツの袖に腕を通す。クリーニングに出し、人型ハンガーに掛けたことでスーツはその機能を最大まで回復させていた。
着替え終わった彼はもう一着クローゼットから取り出す。スーツの上に羽織るカムフラージュ用の、ファーの付いた黒のコート。滅多に着ることのないそれは皺一つなく新品同様だった。
「さて、あいつは起きてっかなー。まあ、寝てたら蹴り起こしてやるだけだけどなー」
コートを羽織ると彼は家を後にする。玄関の鍵を閉め、サンタクロースがいないことを知らせる為に、扉に『CLOSED』の掛札を掛ける。そして彼はルドルフのいる小屋へと歩いていった。
厩舎の前まで来ると、サンタは一度深呼吸をし中で寝ているであろうルドルフに1度声を掛ける。
「ルドルフー、仕事だぞー!」
結構大きな声を出したにもかかわらず、しばらくしてもルドルフの返事は聞こえてこない。彼はニヤリと不敵に笑うと、思いっきりそのドアを蹴り開けた。
まるで鉄砲でも撃ったかのようにバンッ、という音をたて開いた扉の前には、ルドルフが機嫌の悪そうな顔をしながらファイティングポーズをして立ち構えていた。
驚いたサンタがバランスを崩し前のめりになったところへ、ルドルフのカウンターでストレートが飛んでくる。受け流すことも出来ず、彼はそのパンチを顔面に受け、いつぞやのように雪原へと吹っ飛ばされた。
積もった雪に出来た人型のシルエットの中から、サンタは顔を出すと眉間を押さえながら言った。
「いてぇな、クソトナカイ! 蹄鉄で殴んなっていつも言ってんだろ!!」
「……」
ルドルフは肩をすくめ主人を馬鹿にしたような顔をし、しっしっと蹄を振ると小屋の扉を閉める。彼はその態度に激怒したが、それをなんとか堪え扉越しにいるルドルフに諭すように話しかけた。
「ルドルフくーん……ぐっ……ダブル、XLのケーキは、如何かな?」
そう言うサンタの顔は引きつっている。物でしか釣れない自分の未熟さと、主人を主人とも思っていないトナカイに苛立ちを感じながらも、結局トナカイに頼らなければサンタクロースは何も出来ない事が自分自身情けなかったのだ。
中でごそごそ音がしたかと思ったら、急に扉は開けられた。ルドルフが出てきたのだ。しかもハーネスを取り付けソリと繋いだ状態で、ソリを引きずってきた。
そしてルドルフは雪原に足を踏み入れる。しかしトナカイの脚が雪に沈むことはなく、ソリもまた同じだった。サンタを横目でちらりと見ると、ルドルフは鼻を鳴らし角を振る。どうやら早く乗れと彼に言っているようだ。
サンタはゆっくりと立ち上がると、ルドルフに声を掛ける。
「まったくよ、てめえはいつも素直じゃねえな」
そう呟いて彼はソリに乗り、ルドルフに掛けられたハーネス、そこから伸びる手綱をしっかりと握り締めた。
「ルドルフ、フランスのドンレミまで飛んでくれ」
「…………」
サンタの言葉に頷くと、ルドルフは雪を蹴り走り始めた。まるで普通の地面のように、雪の上を滑走するトナカイ。ある程度の距離を走ると、ルドルフの身体が宙に浮き始める。そして繋がれたソリも同じように宙に上がると、ルドルフはサンタクロースをソリに乗せ、空へと飛んでいった。
サンタが住むグリーンランドから、少女が住んでいるフランスのドンレミ村まではおよそ3,500km。ルドルフは歴代のサンタクロースのトナカイの中でも屈指の馬力を誇る。そのため、30分かからずにドンレミ村へ到着することが出来た。
サンタは人に見つからないよう警戒しながら、村から少し外れた森の中へルドルフを下ろす。スーツの上にコートを羽織ると、彼はトナカイに声を掛けた。
「ここで大人しくしてろよ」
「……」
ルドルフは主人の言葉に頷くと、立派な角で森の木に攻撃を仕掛ける。ゴスッゴスッと鈍い音をたてて木の皮が剥がれていく。ルドルフには、木を見るとその皮を剥がしたくなる妙な癖があり、それを見たサンタは頭を押さえ、呆れた表情でその場を離れた。
やがて森を抜けると、小さな村が見えてきた。ドンレミ村だ。
入口を入ってすぐ見えてきたのはジャンヌ・ダルクの生家とされる家で、石造りの2階建てで外観はとても質素なものだった。
「ジャンヌ・ダルクか……」
サンタは感慨深げにその地味な建物を見つめている。
ジャンヌは「オルレアンの乙女」とも呼ばれるフランスの国民的英雄だ。カトリックでは列聖され、聖人となっている。
初代サンタクロースである聖ニコラウスも、ジャンヌと同じく聖人に列聖されている人物だ。
サンタは小さな頃から聖書を読まされた。小さかった頃は、祖父である前サンタクロースが読み聞かせたりしていた。まるで絵本のように。
だからキリスト教に関する知識が並みの人間以上には備わっている。
自分にも聖人の血が流れている、そのことが少し不思議な感覚なのだろう。彼はジャンヌの家をボーっと見つめている。