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12月2日 (3)

 やがて食事を終えたサンタはふとあることに気付く。


「俺が食ってるのに、あいつには飯なしっつうのもなんか悪りぃな。サンタクロースのトナカイはひと月なにも食わなくても生きていけるとはいえ……」


 食器を片付け終えた青年は冷蔵庫を見る。そして中を開け、アンナが持ってきたLLサイズのケーキの箱を取り出した。


「なんだかんだ反発しても、あいつもやる時はちゃんとやってくれてるし……しゃーねぇ、持って行ってやるか」


 冷蔵庫の扉を閉めると、彼は箱を持ってそのまま外へと出て行った。

 外の風は冷たく吹き荒び、雪原にまばらに生える葉の枯れ落ちた裸の木が、寒そうにその枝を震わせている。

 サンタは身震いしながら厩舎へと近付いていく。腰まで隠れるくらいに積もった雪がその進行を遅らせるが、構わず雪を蹴りながら進んだ。

 ようやく辿り着いた厩舎の扉を、バランスを崩しながらもいつものように蹴り開けた。


「ルドルフー! 飯だぞー……」


 昨日の様に、ルドルフがソリの上に座っているのではないかと思い、あらかじめそちらへ視線を向けていたが、見つけた物体を見て唖然とした。

 案の定、ルドルフはソリに腰掛けて胡坐をかき、腕を組んで舟を漕いでいたのだ。ソリの脇にはまだ開けていないであろう手紙の入った袋が置かれている。


「ル、ルドルフー!!」


 主人の焦りを孕んだ怒号が鼓膜に響いたのか、いつものようにビックリした様子で目覚めたルドルフは、眠気眼をしょぼしょぼとさせながら藁のベッドへと歩いていく。

 いつもと違った空気を毛で覆われた肌で感じたのだろうか、トナカイはゆっくりと覚醒し主人に目を向ける。彼の顔を見た瞬間、その怒りの度合いを瞬時に理解したルドルフは、涙目になって後退る。


「てめぇな、手紙読んどけって言ったろうが!」


 主人の言葉を聞いたトナカイは、その怒りが自分が手紙を読んでいないという事に対して向けられていることに気付き、ふふんと鼻を鳴らしてゆっくりと藁のベッドへと戻る。


「……おい、お前聞いてんのかよ」

「…………」

「なに? もう手紙なら読み終わっただと? でも袋空いてねえじゃねえか」


 主人に得意げな表情をし、手紙の袋を見やるとルドルフは再度鼻を鳴らす。


「さっさとメモ帳取ってこいだと? トナカイのクセに生意気な……本当に終わったんだな?」


 念を押して再度彼が訊ねると、ルドルフは大きく頭を上下させ頷いた。


「まったく、去年は散らかしたまんまだったから、まだやってねぇのかと思っちまっただろうが。紛らわしいことすんな、このアホトナカイ!」

「ッ!!」


 アホと罵られたルドルフは頭にきたのか、その場ですっくと立ち上がると、主人に向かってファイティングポーズをとった。


「な、なんだよ。ケーキがどうなってもいいのか?」


 あまりの迫力に一瞬たじろいだものの、サンタは自分の手中にルドルフの好物があるのを逆手に取り、強気の攻勢に出た。

 すると彼が抱えている白い箱の中身を知ったルドルフの態度が一変する。戦闘体勢を解きサンタへ駆け寄ると、ルドルフは彼に両足で抱きついて上目使いで見上げた。今にも泣き出しそうなルドルフを、呆れた顔で見下ろして彼は言った。


「分かった分かった。しょうがないからやるよ」


 主人の言葉を聞いたルドルフは、彼から離れると早くくれ、と言わんばかりに立派な角を振り催促している。あまりの変わり身の早さにサンタは呆然とした。


「なんだよ、現金な奴だな」


 呆れた様子で呟くと、ルドルフの目の前に箱を置き中を開ける。持って来る時に揺れたからだろう、ケーキは片方に寄り型崩れしていた。しかしショートケーキのイチゴは無事にその頂点に君臨しており、天を貫く勢いで存在を主張している。

 しかしそのケーキの大きさに気が付いたルドルフは、不機嫌そうに主人を見返す。


「…………」

「大きさが違うだと? き、気のせいだろ」

「…………」

「べ、別に間違えたわけじゃねえよ……嘘じゃねえって」


 明らかに動揺しているサンタの様子に不信感を募らせるルドルフ。まさか自分にやる気を出させる為に嘘をついたのではないか。彼を見つめるルドルフの瞳は疑念に満ち満ちている。


「しょうがねえだろ、俺だって忙しかったんだからよ!」


 忙しかった。その言い訳のセリフを何度も聞いてきたルドルフは、主人に大して不遜な態度を示す。地面に胡坐をかいて座り、腕を組み下からサンタを射抜くような視線で睨みつけた。これではどちらが主人か分からない。


「なんだよその態度は。分かった分かった、今度はちゃんとXL注文してやるからよ、機嫌直せよ」


 彼の適当過ぎる謝罪の言葉は、ルドルフを怒らせるのに丁度いい起爆剤となった。ルドルフは主人に対し大きな態度に出た。


「…………」

「なに? 今年のクリスマスは俺1人でプレゼント配れだと? んなこと出来るわけねえだろ!」

「…………」

「手紙を読んでないと疑った事を謝れ? ……すまなかったな!」

「……」

「ぶっ!!」


 サンタはルドルフの放った言葉に思わず吹き出した。


「トリプルXLサイズのケーキで……手を打つ、だと」


 ルドルフの要求を聞いた彼は怒りのあまり身体をわななかせている。

 紛らわしい書き方だが、トリプルXLとは、“XLサイズを3つ分”という意味ではなく、そのXLサイズ3つ分の“3倍”、つまりはXLサイズの3乗サイズと言う意味だ。このLLサイズですら直径50cm、高さ20cmを超える大きさなのだ、トリプルXLなんてものはこの厩舎並みの高さになってしまうだろう。


「お前そのケーキいくらするか分かって言ってんのか……」

「…………」


 ルドルフはさあ、と言った風に肩をすくめ首を傾げている。彼はルドルフの短絡的嗜好と、人を……いや主人を小馬鹿にしたような態度にとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「てめえいい加減にしねえと氷河に埋めんぞ!」

「ッ!? ………………」


 ルドルフも立ち上がり負けじと主人に反論する。ルドルフが再びファイティングポーズをとると、サンタは一瞬ビクつき後退った。


「ちっ、分かったよ。しゃあねえ悪かったな。俺もお前のこと信頼してなかったせいもあるしなー。買ってやるよ、ああ買ってやるさ」


 ルドルフの本気に恐れをなしたのか、サンタは踵を返しルドルフへひらひらと手を振ると厩舎から出て行こうとする。ルドルフはそんな彼の態度が気に入らないのか、扉に手をかけたサンタの背中に思いっきりドロップキックを見舞った。


「んがっ!!」


 蹴られたサンタは勢いのまま顔で扉を押し開け、そのまま雪原に放り出され転がっていく。ルドルフはそんな主人を見て鼻で笑っている。彼が雪から顔を出した瞬間に、ルドルフはこれ以上の会話が億劫だと言わんばかりに首を横に振ると、厩舎の扉を閉めてサンタを拒絶する。

 外に取り残されたサンタは怒りで顔を真っ赤にしていた。


「なんだあのウマシカトナカイは! いい加減にし……へックション! さっぶ!! こんなことしてる場合じゃなかった」


 悔しさ半分、怒り半分。やり返したい気もするが、サンタにはやらねばならないことがある。恨めしそうに厩舎を一度見た彼は、中から聞こえるケーキを食べる音を背に、1人ハウスへと戻っていった。


 家に戻ってからしばらく暖炉の前で暖をとっていたサンタだったが、時計をちらりと見ると憂鬱そうな顔をして手紙の置かれたテーブルへと戻っていく。そして手紙の内容をメモする作業を再開するのだった。



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