12月2日
――翌日。
「ふわぁぁ~~あ。っとー……眠い。今何時だ?」
サンタは一度大きくあくびをすると、半開きの眼で壁に掛けられている古めかしい時計を確認する。
「……なに!? まだ6時じゃねーか。たった4時間。……もう少し寝られると思ったのによ~」
彼が愚痴った丁度その時、客人を知らせるベルが突然鳴り響いた。
「な、なんだ? こんな時間にいったい誰だよ」
連続して何度も鳴らされるベルにイライラしながらも、玄関に向かいサンタクロースは扉を開ける。
「やっほ~! おっはよー」
朝も早くだというのに、満面の笑みで手を振っている女がそこにいた。アンナだ。肩まで伸びたセミロングの髪は赤茶色。活発で意思の強そうな瞳は大きく、小顔でとても可愛らしい顔立ちをしている。
アンナはサンタクロースの幼馴染で、昔から何かと世話を焼いていた。実家が洋菓子店ということもあり、彼にとってはありがたい存在なのだが――――。
「帰れ、俺は寝る。じゃな!」
イライラも相まってか、きつく言い放ち扉を閉めようとしたその時――
「ちょ~っと待った~!」
アンナは足で扉を押さえつけ、それ以上扉を閉まらなくする。
「なにすんだよ! 寝るっつってんだろ!」
「あのね! あんたに頼まれたもん持ってきたのに、その言い草はないでしょ!」
「ん? ……俺なにか頼んだっけ?」
「……え? ……覚えて、ないの?」
腕を組み、何かを思い出そうとするサンタクロース。首を傾げう~んと唸ってみるも、頼んだ物の正体が何か思い出せないようだ。
「これよこれ。ケーキ。あんた昨日の夜にLLサイズのケーキ注文したでしょ?」
そういってアンナは、ケーキの入った箱を持ち上げてサンタクロースに見せる。
「ケーキ……あ~、そう言えば。……って、え? LL? XLじゃなかったか?!」
「えっ? ……LLって言ってたけど」
「げっ! しまった! ルドルフがキレるかも……」
彼はどうやらサイズを間違えて注文してしまったらしい。顔を引きつらせてアンナを見返す。
「……あのトナカイ、まだケーキ食べてるの?」
彼女は厩舎の方を見やると、視線をサンタへ戻し呆れ顔で言った。
「まだって言うか、ケーキしか食べねえよ」
「ヘンなトナカイね」
「……否定はしねえよ」
2人揃ってケーキの箱を見つめる。すると彼は開き直ったような素振りで話を続けた。
「まあ、サンタのトナカイは変わりもんだからな。ところで用事はこれだけか?」
「あっ、そうそう。これもついでに持ってけって、お母さんが」
アンナは肩にかけていた袋から風呂敷包みを取り出すと、なにやら鼻腔をくすぐる良い香りが立ち上った。
「まさか弁当! そういや昨日の昼からなんにも食ってねえからよ、ちょうど腹減ってたとこなんだ。よし、上がれ上がれ」
「それじゃ、おじゃましま~す」
サンタはアンナを家に上げると、そのままリビングへと通す。
扉を開けた彼に続いてリビングへと足を踏み入れたアンナは唖然とした。リビングの床は手紙で溢れかえっており、散らかされた部屋を見た彼女は呆れた顔をしてサンタに言った。
「相っ変わらず散らかってんのね」
「しょうがねえだろ、これはよ。つうか去年より多いんだぜ? これ」
改めて手紙の多さを実感したサンタクロースは、ガックリと肩を落としてうな垂れている。
「お弁当置く場所、ないね」
「下で食べるか! 広げてよ」
「……そだね」
アンナは風呂敷を広げ座るスペースを確保すると、持ってきた弁当箱を開けて準備をする。
色とりどりに飾られた中身はとても可愛らしいものだった。
「なんか昔の遠足みたいだな! ってあれ? 今日のはなんか、妙に可愛らしいな」
「そ、そうかな?」
「おばさんもこんなの作るんだな。んじゃいっただっきまーっす」
ひょいと玉子焼きをつまみ上げ、口の中に放ったサンタクロースはそのとてつもない味に驚愕した。
「からーー!! んだこれ、塩の味しかしねーぞ」
「えっ! うそ!?」
彼女はそんなはずないと言った表情で、サンタが今しがた食べた玉子焼きをフォークで突き刺し、一口かじる。その瞬間、アンナの舌に広がったのは卵の味ではなく、ただ単に辛いだけの塩味だけだった。
「……ごめん、入れるの間違えちゃった」
アンナは玉子焼きを突き刺したままのフォークを持ち彼へ謝る。
「これ、まさかお前が作ったのか?」
「あっ?!」
サンタにそう聞かれ、アンナはまずったという顔をした。自分が朝早く起きて作ったことを内緒にし、母親が作ったことにしようとした照れ隠しが彼にばれてしまったのだ。
アンナは顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。
「まったく、慣れねえことするからだ。おばさんに頼めばよかったのによ」
彼の心無い一言を聞いたアンナは俯いたまま拳を握り、ゆっくりと顔を上げるとその目には薄っすらと涙が浮かんでいた。徐々に目を潤す水分が増えて今にも零れ落ちそうな涙を堪え、アンナはキッとサンタを睨むと声を張り上げる。
「なによそれ! あんたの為に作ってきたのに……、もう知らないっ!!」
弁当箱をリビングに残したまま、アンナは走って家から出て行った。あまりの迫力に何も言えず、彼はただ呆然とその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
「なんだよあいつ。てかこれ、俺が食うのか? ……」
他の品を一通り見て、サンタは少し苦い顔をした。
またさっきの玉子焼きのような味だったらどうしようか。意を決して次はフライドチキンに手を伸ばした。見た目は普通の骨付きフライドチキン。衣は美味しそうな狐色に揚がり、噛めばカリッとした食感がするであろうことは、見た目からもすぐに伝わってくる。香りもまあスパイスが効いていて悪くない。問題は味。
彼は思い切ってチキンの真ん中に噛り付いた。目を閉じてその味に集中し、ゆっくりと咀嚼していく。
「あれ、普通に美味いな」
食べたチキンはいたって普通で、玉子焼きのような刺激的な味ではなかった。他の品々も食べてみたところ、特に変わった味はしなかった。
「なんだ、玉子焼きだけ失敗したのか。それにしても泣くなんて、大げさな奴だな」
彼は弁当箱を持って立ち上がると窓の外を見る。もうアンナの姿はどこにも見当たらない。既に家にでも帰って店を手伝っている頃だろうか。サンタは手と口を動かしながら、雪の降る雪原を眺めていた。
「うん、まあまあ美味いじゃねえか」
いないアンナに向かって1人呟く。彼は心の中でアンナに感謝しつつ、残りの弁当を一人寂しく食べ進めるのだった。
そうして10分程が経ち、どうにか弁当を平らげたサンタは、箱を適当に風呂敷で包みテーブルの角に置く。そしてそのままクローゼットの前まで歩いていくと、その扉を左右に開き、中から人型のハンガーに掛けられたサンタスーツ一式を取り出した。
「弁当箱返さなきゃな。あ~めんどくせ。でもこいつ着てかねえと寒いしな」
ぶつぶつと文句を言いながら、彼は暖炉の前まで行くとパジャマを脱ぎ始める。
パジャマの上からでは分からなかったが、その肉体は引き締まり、筋骨隆々とまではいかないが程よい筋肉がついていた。いわゆる細マッチョな体系だ。
パジャマを脱ぎ終わった彼はサンタスーツへと着替えていく。
まず黒の長袖インナーシャツを着る。そして赤のスラックスを履き、次に赤のスーツをインナーの上に着た。赤い生地のスーツは左肩口から黒のラインが入り、黒のベルトと交わることで十字を表している。手首と裾、襟元はモコモコとしたファーのようなものが付いていて、それはスラックスの足首にも付いていた。スーツの裾の位置は股下あたりで、丈が若干長めに作られているようだ。
黒の靴下を履き準備が整ったサンタは、最後にハンガーの頭部分からサンタ帽を取り外すとそれを被る。円錐状のナイトキャップは上下に長く、その先には毛で作られたポンポンが付いていた。
準備を終えたサンタは机の風呂敷を手に取ると、そのまま玄関へ歩いていく。玄関の壁に設置されたシューズボックスの扉を開け、中から黒のブーツを取り出すとそれを無造作に床に放り、サンタはスリッパをブーツに履きかえた。
ドアを開けて外へ出たサンタは、一度厩舎を見やる。
「ルドルフの邪魔するのも悪りぃし、しゃあねえ。街までは歩いていくか」
彼は降る雪により、灯りがぼやけて見える街の方角を見て歩き出す。階段を下りると巨大なレターボックスの脇を通って道路へ出た。
クリスマスレターを届けに来る郵便屋の車には除雪機能が付いているため、街へと続く道路の雪は脇に除けられていた。早朝に来て、しばらく雪が降っていたためか、轍には薄っすらと雪化粧されている。
街へと続く1本道。その轍には1往復分の足跡が残されていた。家へと続く足跡は歩幅が狭く、街へと続く足跡は歩幅が広い。アンナは相当怒った様子だったのできっと全速で走って帰ったのだろう。
彼はその足跡を辿る様に、1歩1歩地面を踏みしめて歩く。寂しかった風景も街が近付くにつれ、徐々に明るさと暖かさを感じさせるものへと移り変わっていった。