第8話 はこのなかで
「それで……《荒使》が生まれるはずの繭からお前が現れた、と?」
何回もそう言っとるやんけ。
連行されたおれはそのまま檻のようなものの中に閉じ込められている。
そして不貞腐れているおれを前に不満そうにフルカノンが立っている。
お前はどこから現われた、何者だ、なぜあんなところに、他にもなんか似たような内容の問い掛けばかり。
おれがそもそも何も知らないのにずっとこの調子で質問攻めされていて頭がおかしくなりそうだった。
だがここは本当に異世界だというのを納得してしまった。
何せ大きな壁に囲まれて、中世ヨーロッパみたいに作られた町のど真ん中にある城みたいな建物――おれはそこへ連行されて、あれこれと聞かれているわけだ。
「ってかさっきの女の子はどうなった?」
おれが勝った《荒使》ラグリオンとかいうやつの身体の中から出て来た白髪の女の子だ。
「知る必要はない」
そしておれの質問にはこうやって答えてくれない。だからおれも面倒くさくなってその場に寝転がっていた。
だがこの世界については教えてもらえた。
ここは《まほうしょうじょ》と呼ばれる少女らが《荒使》と呼ばれる怪物と戦う世界。そんな《まほうしょうじょ》らは日々この城で腕を磨いている。
そう、《まほうしょうじょ》同士で戦い――最も強い《まほうしょうじょ》を決めているらしい。
戦うべき敵がいる世界で、味方同士で戦っている。競い合っている。
「それで、仮にお前が《荒使》でなかったとして……お前はここでどうやって生きていくつもりだ」
この異世界で独りで生きていくには何も持ち合わせていない。
「じゃあおれもここで《まほうしょうじょ》として戦わせてくれよ。《荒使》とかいうカスは全員処理してやんよ」
そもそも荒らしみたいな行動する時点であんなのはバケモノの扱いで当然だろう。元いた世界でもそんなことするやつは害虫みたいなもんだったしな。虫を処理するぐらい何とも思わない。
「威勢がいいな。しかしそれならなおさら《荒使》でないと証明するしかないな」
「どうすればいい?」
「力を示せばいい。強ければ何をしても許される世界だ」
「おお……いいね、ますます気に入った」
なにせゲーセンもそんな地獄みたいな場所だったからだ。
実際の暴力や犯罪行為は当然ご法度だが、ゲーム内ならどんな手を使っても許された。どんな手も――それは挑発や迷惑行為ではない。自分の用いる全てを目の前の格闘ゲームに注ぎ込むという意味でのことだ。
力を示せ――格上のプレイヤーにもいつか勝利し、認められる。そしていつしか自分がそんな格上たちと肩を並べて戦う。
そう、それだけだ。勝ったところで金が貰えるわけでもなく、世間に周知されるわけでもない。ただその一瞬のために、興奮と後悔を味わい続けたいだけだ。
勝てばどうだ見たかとふんぞり返り、負ければ次は殺すの精神だ。
そんなカスのコインの裏表でおれは戦っていた。
それをまた違う世界でも味わえる――大人になって、周囲から人が消えて、ゲーセンも潰れて、画面の向こう側でネット対戦でしか人と戦えなくなって、あの頃の若かった熱は完全に冷め切ってしまった。
もうあの熱を味わうことはできないと思っていた。
身体が若返って……心も若くなったのだろうか? ちょっとこの身体は若くなりすぎてるけど……でも、おれはフルカノンの言葉にとてつもなく魅了されている。
「じゃあ、フルカノンパイセンはさ……なんで戦ってんの?」
「ぱいせん? ……なんだその言い方――ふむ……」
そしてあごに指を置いて少し考えてから、
「お前はただ強いやつに勝ちたい――そうは、思わんか?」
「いいね、おれもそうだ。なら、なおさらおれを試してくれよ」
おれこのひと嫌いじゃないわ。
やっぱランクの高いやつは考えていることがいっしょだ。
「ふふ、自分のこともわからないくせに……やけに戦うことにこだわるのだな」
そしてパイセンが笑う。
「戦うことがおれにとってのいちばん楽しみだったからだよ」
それは、嘘偽りのないおれの本心だから。
頭は悪いし、何の才能もないし、社会人になっても何の手柄も立てられない。何かになりたいとも、何かをしたいとも、何の目標も無くて、生きる意味なんてないと思ってた。
けれど学校が終わって帰りに寄るゲーセンは、仕事が終わって帰りに寄るゲーセンが、世間のことすら知らないガキだったときでも、世間を知って目の前が真っ黒だった大人になったときでも――
おれにとってのあの異世界が何者でもないおれを、何者にもなれないおれを――少しだけ、違う誰かに変えてくれた気がしたから。
もうその世界に戻れないと思っていた。
ここなら、また……あの頃の熱を取り戻せるんじゃないかって。
「なぁ、ここでいちばん強いって証明できたらどうなるんだ?」
だから、ここで生きる目的はもう決まっている。
「最高の首輪を付けたものが……《荒使》の王が待つ樹海の果てに行くことが許される」
おれが目を醒ました繭があった森――樹海。
《荒使》にもいろんな姿の怪物がいるがそれを統べる王たる存在がいるらしい。
「ならおれがいちばんになってやるよ」
おれがいちばん強いって、ここで証明してやる。
「面白い……私もお前のことは気になっていた」
どうもおれのやる気に満ち溢れた顔を見て、パイセンはなんかおれに関心を抱いているようで、
「お? ええやん……じゃあ、今すぐ対戦おうや」
もう我慢ならない。こんな狭い箱に閉じ込められて、今すぐにでも誰でもいいから壊したい気分だ。
「まぁ、待て――対戦は同意をもってだ。一方的には決して成立しない」
その言葉を前に、おれは冷水をぶっかけられた気分だった。
筐体の向こう側に人がいなければ対戦は決して起こらない。無理やり対戦を迫り、座らせるような真似をおまえはしたか? これまで、どうだった?
したことないだろう?
「わるい、パイセンの言うとおりだ……」
「くくく……」
しかし、なぜだかパイセンは何度も笑っていた。なんやねん。
「騒がしかったと思えば、急に大人しくなるし……本当におもしろい小娘だ。」
「トリノだ。名前で呼んでくれ」
プレイヤーネームなんで本名じゃないけど、ずっと『お前』とか『小娘』って呼ばれるのもなんか嫌だった。ほんとは小娘じゃないけど……おっさんだけど。
「確かにそうだったな。ではトリノ……対戦相手は私が用意しよう」
「なぁ、一つだけいいか?」
「ん? まぁ、聞くだけならな」
「トレモってある?」
「とれも……?」
しまった。これは通じないようだ。
トレモは練習場の略称であり、おれたち格ゲーおじにとって最高の環境。二十四時間やれと言われれば別に誰にも頼まれずとも永遠に出来てしまう恐ろしい場所である。
ゲーセンでもときおり実装されているものもあった。まぁ、当時はコツコツ練習したくても乱入されてすぐ負けてしまったり――だからわざわざ朝早くに開店直後ゲームセンターへ行って人がいないときに練習してたんだけど。
「練習できるところ……みたいな?」
「ああ、修練場か。なら、そこを覗いてみろ」
そして檻の隅に見えるおれの小さな顔程度の小窓から外が見えた。
どうやら高いところにおれは閉じ込められていたようで景色を一望できた。すごい光景だ。漫画とかゲームでしか見たことの無いファンタジーな町並み。
しかし今はそんなことよりも、野球場みたいなバカでかい場所が見える。
そこで何人もの《まほうしょうじょ》がマネキンみたいな人形?に向かって、訓練している。《魔導技》っていう格ゲーでいうところの必殺技を出してる《まほうしょうじょ》もいる。
まじでまんまトレモである。練習用の木偶がいい味だしてる。
「おれも、あそこに連れていってほしいんだけど」
「ああ、かまわない」
「おれのこと《荒使》とか疑ってる割りにすんなり言うこときいてくれるんだな」
「興味が湧いた。もし《まほうしょうじょ》なら仲間にすればいいし、《荒使》なら私が消し飛ばせばいいだけだしな」
おっかないことを言っているが、まだ一人で動き回れるほど信頼を勝ち取っていないし、そもそもあそこまで行く方法がおれにはない。ってか迷う。引率が必要だ。
しかしフルカノンパイセンの第一印象は悪かったが、どうも考え方が同類なのがおれも気に入ってしまってそれ以上悪い気持ちを抱くことはなかった。
ここはお言葉に甘えて、パイセンに修練場とやらに連れて行ってもらおう。
「ついて来い。くれぐれも妙な真似は起こすなよ」
なら枷でもなんでもいいからつければいいのに。まぁ、妙な真似など起こす気はない。ここで一人で生きていく自信はない。信用を失うわけにはいかない。
ってかおれは早くトレモがしたい。自分の攻撃モーションとか発生フレームとか、もうなんでもいいからとにかく調べたい。もうそのことしか頭にない。
そしておれは立ち上がる。
ふと小さな窓の向こうで様々な《まほうしょうじょ》らが訓練をしているのだが、その中で端っこに項垂れるソアレが見えた気がした。
「……ん?」
そんなソアレに何人かの《まほうしょうじょ》が近づいて……。




