第5話 汝、屈伸煽りを×せよ<1>
「だ、だめだよ……トリノちゃん、逃げて……」
まだ動けずにその場でうずくまるソアレはおれに逃げるように懇願していた。
だがおれは、倒れるソアレの前に立ち――《荒使》に立ち向かっていた。
恐怖などない。
いや、おれの中にあるのは憤怒――それだけだった。
だからこれは八つ当たりだ。
いまからおれは、おまえを一方的に処理する。
「わかっててやってるだろ……その屈伸煽り――」
対人戦における精神の加害。
許されざる行動――法があれば処罰すべき行為。
対戦型のゲームをしているものなら誰もが知っているであろう最悪。
「おまえは、殺すよ……おれはそういうやつを、何人も殺してきた」
おれがどうして格闘ゲームにハマったか。
それはおれを舐めたやつを殺すためにだ。
初心者だったおれはボコられて、負ける度に煽られた。
だがそうやっておれを舐め腐ったやつらを復讐するためだけに強くなった。もちろんおれはしない。自身の質を落とすことなどなんの意味をなさない。
「だ、だめ、だよ……トリノちゃん、逃げて……」
ここが異世界だろう、どこだろうが関係ない。
このバケモノがなんであろうが、こいつは正々堂々と戦ったソアレの信念を冒涜した。なら裁かねばならない。おれが、いまここで。
「逃げる? ……荒らしプレイしてきたやつに一抜け? 《荒使》とは随分と素敵な市民権もらって良かったな。おれが今から剥奪してやるこのクソムシが」
ふつふつと湧き上がる怒りに、《荒使》などと大層な名前を持ったバケモノがケタケタと嗤っている。
「来いや、ガン待ちの永久凍土野郎。もう全部理解ってんねん。さっさと処理してやるからかかって来いや」
「と、トリノちゃん……なんだか、口調……おかしくない?」
怯えるソアレはとりあえず放置。今はただ目の前の対戦相手を殺すことだけを考えてる。
(ソアレはわかってないが)
おれがどうしてこんな自分の倍以上あるバケモノ相手に一切の恐怖を感じないのか、
(これは紛れもなく……格闘ゲームだ――)
どうにかできる。
どうにかしてみせる。
二十年間、培ったおれの知識と経験だけでどうにかできる。
(なら、おれがやることはただひとつ)
グっと腕に力を篭めて、
「殺す」
そうしてきた。
おれはいつでも、そうやって生き続けてきた。
勝つか負けるかの完全二択。
なら、おれ自身が操作キャラだ。
いつものように筐体に硬貨を入れて、スタートボタンを押す動作をすれば、
「ここが異世界なら愉しませてくれよ」
裸にマントなんて恥ずかしい姿をしていたおれの姿が銀の光に包まれていた。ソアレみたいになんか戦えるような恰好にしろってただそう念じただけだ。
自分でもここまで上手いこと展開してくれることに感謝しつつ、
「ほーん、ええやん。こっちの方が動きやすくてええわ」
そしておれを包む白銀をまるで片手でカーテンを乱暴に捲り上げるように払い除ければ身体を包む空気が変わった。
おれが選んだわけではない。
とりあえず目の前の《荒使》をぶっ飛ばしたいと願っただけだ。そんな純粋な怒りが、おれに祝福を与えてくれた。
やがて現実が剥がれ、空想を身に纏う。気付けばおれは見覚えのない服を着込んでいた。
それは銀色のコート。
鈍い銀は光を吸い込むような質感で、ただ単純で装飾らしい装飾など何一つない。
可愛らしいフリルのドレスからはあまりにも遠い《まほうしょうじょ》らしさなど微塵も感じられない無機質なほどに一色で構成されたものだった。
不釣り合いなほど丈が長く、膝下まで覆っている。幼女が着るにはあまりにも似合わない。だがこれでいい。これがいい。両手と両脛に赤い拘束具が見える。これもいい。すごくいい。
それで殴れと、蹴ろと声が聞こえてくるようだ。
そうさせてもらう。そうするためのものだろう?
ちらりと袖口を見れば、手首から指先にかけて黒い紋様が刻まれている。ジっと見れば微かに脈打つように光って見える。ふと無意識に手を握る。
(軽いな)
手甲が何で出来ているのかはわからないが、重さは全く感じられない。
そして布の裏地は黒く、わずかに翻ればその隙間から見える内側に刻まれた幾何学模様。表は一切手を加えていないのに、見えないところを洒落たデザインにしてるのはおもしろかった。
(おお~)
異世界で格闘ゲームをプレイできる。
こんなに嬉しいことはない。
おれはゲーセンで使っていたレバーとボタンを思い浮かべる。
レバーはどうやって動かしているか――
テンキー……これだ。
789
456
123
↑↑キーボードにもある、アレだ。
格ゲーを長くやっているやつほどこれで方向を伝えることができる魔法の数字。
そう――魔法だ。
「6……6……」
6は前へ進む。そして4は後ろへ。
8と念じればジャンプした。2と唱えればしゃがんでいる。
テンキーの数字の方向で自身を操作できる。
「まぁ、いつものことだもんな……」
それを無意識に、別に口に出さなくても思い通りに動かしていた。
「じゃあ、始めるか――」
俺の頭の中でレバーは『6』の方向に二回、瞬時に倒された。身体は前へと駆け抜ける。
疾走――そうダッシュだ。
格闘ゲームは前へ進む際に素早くレバーを二回倒せば走り出す。
歩くよりもずっと早く、そしておれは地に足を踏み込み勢いよく前進した。
確かにこれまで続けて来れた経験がある。ここまで培ってきた知識がある。おれはいつだって対戦が好きだ。
しかし、やはり、何も解らない状態から戦うのがいちばん大好きだ。
また一からだ。
これは俺にとって未見で、初見で、初体験の格闘ゲームだ。
そんなの楽しいに決まっている。
何もわからないところから始めて、少しずつ理解度を深める。
どんな理不尽を見せてくれる?
どんな択を見せてくれる? もっと教えてくれ。おれに見せてくれ。
次はもっと上手くやる。次はもっと巧くなる。敗北を教えてくれ。その後に二度とおれと対戦したくない――と、思わせるほどに破壊してやる。
「トリノちゃん!!」
ソアレの声。
コートの裾が、ひらりと揺れた。
「gaaaaaaaA!!!!」
《荒使》ラグリガンはおれがソアレと同じように突っ込んで来きたことで、それを迎撃するようにしゃがんだまま長い腕を伸ばしていた。
だがおれは既に飛んでいる。
『9』の方向へレバーを入れるように頭の中で意識すれば、斜め上に身をひるがえし、敵の巨大な二本の腕が空を切っている。
「それしかないんか? じゃあ、ジャンプから確定やけど……ええんやな?」
完全に攻撃を出し切った《荒使》ラグリガンは隙だらけだ。そのまますぐに次の行動に移ることはできない。よっておれの反撃は確定している。
(まだようわからんけど、基本的な流れでやればええやろ)
頭の中で浮かんだのは三つのボタンだ。様々な格闘ゲームがある中で、必要なボタンはその作品によって様々だ六つのボタンを使用するものもある。
だがどうも頭の中で浮かぶのは三つだけだった――かなりシンプルだが、それ故にわかりやすいのがありがたい。
弱攻撃、中攻撃、強攻撃――と、分けられている。出は早いが威力は低い弱攻撃。出も威力も普通の中攻撃。出は遅いが威力の高い強攻撃。
(んでジャンプした状態でも通常攻撃は出るから……)
相手の攻撃を回避したことで完全におれの攻撃は確定するのだから当然ここは強攻撃を押す。
「――――――nNNN????」
おれは飛んだまま両手を強く握り締めたまま、その両拳を振り下ろす。振り下ろした拳の軌道を虹色の光が追っていた。
バケモノの蟻のような顔にその拳が直撃し、悲鳴を上げる。
そのままおれは着地した。
これで終わりではない。
「そのまま……」
ジャンプ強攻撃がヒットしたことで《荒使》ラグリガンは大きく怯んだ。
そう、まだおれのターンは終わっていない。格闘ゲームはただ殴る蹴るを繰り返すゲームではない。
攻撃が当たったのなら、そこから連続技をぶち込むのが鉄則だ。
(とりあえず簡単なんでええか)
<しゃがみ弱攻撃→立ち弱攻撃→立ち中攻撃→しゃがみ中攻撃→立ち強攻撃→しゃがみ強攻撃……>
とりあえず弱中強と順番にボタンを押して、攻撃を続ける。おれは現世では格闘技をやってはいないし、運動能力もギリ平均だろう。
しかしおれの身体は幼女の姿でありながら右拳、左肘、回し蹴り……凄まじい速度で自分の何倍もあるであろう巨木のような怪物に連続で打撃をぶちかます。
反動すらなく、スムーズにおれの攻撃は突き刺さり、最後は足払いで《荒使》ラグリガンは大きく体勢を崩すどころか宙に浮いた。
(このまま……)
おれの頭のなかで↓↘→とレバーを動かし、そのままAボタンを押していた。
おれはまだ足払いをしたままの体勢だったというのに、そのままコマンド入力が成立すればいきなりモーションは右腕に光が集まっていた。
「あ、あれって……!!?」
おれの姿を見て、ソアレは目を見開いて驚いたような顔をしている。しかしおれはそんなソアレを置き去りにしたまま、
「フォトン・スロウッ!」
おれの口が動いて意思に反して勝手に技名を叫んだのは恥ずかしかったが――そんなおれの右手に集まった光の弾を野球のピッチャーみたく投げ放てば、見事に足払いをくらって浮いている《荒使》ラグリオンの顔面に直撃したのだった。




