第10話 ソアレ<2>
「トリノちゃん……だいじょうぶかなぁ……」
城へ戻り、修練場のすみっこでソアレは困っていた。
この城は《まほうしょうじょ》が集い、日々鍛錬を繰り返し、強くなるための場所だ。
ノリト……いやトリノのおかげで《荒使》は倒され、なんとかソアレも無事だった。
だがそこから囲むように現れた大勢の《まほうしょうじょ》と、この城で最も強いフルカノンが現れたことよって話は大きくなってしまった。
トリノは《荒使》が生まれるとされる繭から現われた女の子だった。しかしソアレたちと同じ言語を喋り、コミュニケーションも取れた。
それにいきなり襲い掛かって来ることもせず、むしろソアレにとっては命の恩人だ。
「わたしの、せいだよね……」
トリノは間違いなくあの場で全員と戦おうとしていた。
けれどフルカノンが、抵抗すればソアレを引退させると言った矢先に言うことを聞いていた。
ソアレは自分の無力さを呪った。
わたしがもっと強ければ――
けれどソアレは自身を呪うだけで結局、何もできずにここにいる。
(ああ……)
そして、ソアレに向かって近づいて来る《まほうしょうじょ》たちを見たとき、ソアレは諦めたように下を向いていた。
「お? こんなところに出来損ないの《まほうしょうじょ》がいるなぁ」
ソアラの前に卑下た視線で見下しているのは同じ《まほうしょうじょ》のスティルだった。
青いセミロングの髪――口元にピアス。パンクめいた真っ白な化粧に、ブカブカのセーターみたいな服に背中には大きな蜘蛛の巣が描かれていて《まほうしょうじょ》と呼ぶにはどこか異質すぎる衣装だ。
しかし最初は誰もが首輪は白色から始まるこの場所で、スティルの首輪は銀色だった。
ソアレとは住む世界が明らかに違う。彼女の強さがその銀の色で表現されている。
「あれぇ? 灰色から負け越すと真っ黒になるのかぁ? 黒色のままだとどうなるんだっけ??」
聞かなくてもわかっているのに――だからソアレは視線を逸らし、無言を徹した。
ソアレとスティルの力の差は歴然。首輪の色がそれを証明している。そしてソアレ自身が今もっとも最悪な状況であることも理解している。
「わたしは……」
「引退だろ?」
首輪の色が黒く染まった状態で一度も勝つことなく、何度も負け続ければ強制的に《まほうしょうじょ》を辞めることになる。この世界で必要な者は強者のみであり、弱者は戦うことすら許されない。
弱い者は戦っても意味がないと――そう、突き離される。
この世界の生きる者は誰もが魔力を持って生きている。
そんな中でも最も魔力を使いこなせる《まほう》という力を使える《しょうじょ》を《まほうしょうじょ》と呼ぶ。
そして更に《まほう》を極めたものは《才覚》と呼ぶ異能を所有している。それがどんなものなのか《まほうしょじょ》であるはずのソアレ自身は知る由もなく。
「出来損ないも、アタシみたいに《まほう》が使えたらなぁ。もってる剣を振り回してるだけじゃあ勝てないよなぁ?」
そう言ってスティルは指を差して笑えば、取り巻きの《まほうしょうじょ》たちも小馬鹿にしたように笑い始める。
「なんの、よう……?」
だがソアレはそんな批難を受け入れて、声を上げる。
弱いのは本当だから。
《まほう》も使えない。持っている小さな剣を振り回すことしか出来ない出来損ない。だから誰にも勝つことができないし、あと一回負ければ終わるところにいる。
「あーあ、でもその様子だとあと一回負けたら終わりって感じ? いい稼ぎだったんだけどなぁ……」
ドクン、とソアレの心臓が鳴った。
スティルを睨むように見るが、スティルは悪びれることなく話を続ける。
「ランクを上げるにはとにかく勝ち星を稼げばいいからさぁ……弱いやつをボコるだけで点数稼げるから――ソアレぇ~……おまえなんて呼ばれてるか知ってる?」
言うな――と、それはソアレ本人も知っているからこそギュっと下唇を噛み締めていた。
「ボーナスステージだってよぉ。おまえにぴったりの名前だなぁ~」
《まほうしょうじょ》として同じ道を歩み、ソアレは何度も戦った。しかし弱いとわかった瞬間に才能のあるスティルに目をつけられて何度も対戦に勧誘され、負けを重ねた。
白い首輪のまま勝つことなく負けを重ねいくとその首輪の色は少しずつ鈍くなり、灰色になって……そのまま黒く変色していく。
《荒使》ラグリガンとの戦いにも敗れたソアレは灰色だった部分が完全に黒く染まり、首輪の色は完全に黒く染まってしまった。
あと一回、なぜかわからない――だけど、あと一回負ければ終わるというのは、ソアレも何となく理解していた。
しかし、スティルはやりすぎだ。
「そうやってわたし以外の《まほうしょうじょ》にも同じことをしてるの?」
首輪のランクが低い《まほうしょうじょ》と軒並み対戦して、自身のランクを上げてスティルは銀色の地位にいる。
対戦はお互いの合意がなければ成立しない。しかし……、
「引退が危うくなったら他の《まほうしょうじょ》を紹介してわざと勝たせてやれば喜ぶんだよ」
それで、勝たせてやった礼としてまたスティルが対戦し、自身はポイントを稼ぐ。
「談合だよ、そんなの……」
立派な不正行為だ――だからソアレは幾度と無くスティルに助けてやろうかと言われても断り続けていた。
それ故に、弱いくせにスティルの提案を拒む出来損ないと周囲の《まほうしょうじょ》にまで嘲笑われ、
「何をしてもいいんだよ。せっかく助けてやるって言っても、断り続けるおまえが悪いんだよ」
「実力で負けるならいい……わたしが、弱いんだって――でも、そんなことしてまで勝ちたくない」
どれだけ弱くても、才能がなくても、出来損ないとわかっていても。
「……なら、どうする? 実力で、アタシに勝てんのか??」
「………………それは――」
どれだけ不正に蓄えた勝ち数でランクを上げたとしてもソアレとスティルとの力の差は大きく離れている。
「知ってるんだぜ、魔導技も使いもんにならねぇし……《才覚》もまだない――そんなやつが、アタシに勝てるわけないよなぁ???」
ソアレは別に何もできないわけではない。
本当は魔導技も使える。でも使い方がわからないのだ。どう使えばいいのかわからない性能――と、言うべきか。
(だって、だれも、なにも、おしえてくれないんだもん……)
師と呼べる者もおらず、教えを導いてくれる者もいない。調べようにも、どうしていいのかわからない。何もわからないのだ。
ここは文字通り弱肉強食の世界だ。
全て自分で見つけ、手にしなければならない。
コミュニティが存在し、それに属さなければ情報を得ることすら叶わない。村社会のような酷く狭い閉鎖的な空間が作り上げられている。
「おまえは、ここで終わりなんだよソアレ。ひとりぼっちの、むなしいソアレ」
「……やる」
「は?」
「対戦してやる」
しかし、ソアラは逃げなかった。
その眼には、まだ光が灯っている。
(わたしは本当に馬鹿だ。愚かにもほどがある)
けれど安い挑発、舐め腐った態度に見下したその視線。そうだ。何もかも……全てが気に入らない。
(だけど……負けたくない)
ソアレはそこで初めてスティルを真正面から捉えて、
「スティル、対戦して……わたしと、ここで――」
その真っ直ぐな視線にスティルが蛇のように舌を出して、
「いいぜぇ。でも、いいのかよ……負けたらもう終わりなんだぜ?」
「ここで逃げるぐらいなら……負けて、潔く《まほうしょうじょ》を辞めるよ」
才能がないのも解っているから。
ならば後悔の無い選択をする――それだけは譲れなかった。
「へぇ……おもしろそうな話してるな」
そして全てを受け入れようとしていたソアレの耳にそれは突然届いた。
「ちょっとおれも混ぜてくれよ」
見上げれば、そこには三日月みたいに歪んだ口をしたトリノがいた。




