第3話 静かな違和感
競技エリアを抜ける風が、少しだけ重く感じられた。
ユウタは走りながら、さっきから拭えない違和感を抱えていた。
ポイント通知も、観客の歓声も、確かに耳には入っている。
だが――頭の片隅に、あの黒い袋が引っかかっていた。
「なあ」
走行ペースを保ったまま、ユウタが口を開く。
「さっきのやつ……運営、やけに早く動いたよな」
ゴウは前を見たまま答える。
「確かに。
回収ドローンの到着、早すぎる」
カナエが、タブレットを操作しながら続けた。
「私も気になってる。
あの廃棄物、事前に“想定リスト”に近い」
「想定?」
ユウタが聞き返す。
「完全なイレギュラーなら、
運営は一度“競技停止”を挟むはず。
でも今回は――」
一瞬、言葉を切る。
「“協力要請”だった」
ゴウが、低く息を吐いた。
「つまり……」
「初めてじゃない可能性が高い」
三人の間に、短い沈黙が落ちた。
ブザー音。
チェックポイント通過。
ポイントは、わずかに加算される。
だが順位は、依然として中位。
「……追いつくには、普通に拾ってたら無理だな」
ユウタが言う。
「無理だ」
ゴウは即答した。
「でも、無理しない」
「分かってる」
ユウタは笑った。
少しだけ、肩の力を抜く。
「前なら、
『取り返さなきゃ』って焦ってた」
「今は?」
カナエが視線を上げる。
「……街を見てる」
その言葉に、二人は何も返さなかった。
だが否定もしなかった。
次のエリアに入った瞬間、
視界の端に、別のチームが映った。
揃った動き。
無駄のない回収。
観客の歓声が、一段大きくなる。
「あれ……」
ユウタが目を細める。
「上位チームだな」
ゴウが言う。
「《スリー・ノイズ》」
カナエが名前を告げた。
「今大会の優勝候補」
三人組の中央にいる少年が、
ちらりとこちらを見た。
一瞬だけ、視線が合う。
その目は、
競技者のものだった。
だが――どこか、冷たい。
「……見られたな」
ユウタが言う。
「気にするな」
ゴウはペースを変えない。
「今は、相手にしてる余裕はない」
だが、カナエは違った。
「覚えておこう」
タブレットに、チーム情報をメモする。
「彼ら、
さっきの路地の近くを通ってる」
ユウタの足が、一瞬だけ乱れた。
「……偶然?」
「分からない」
カナエは即答しなかった。
「でも、
“違法投棄”と“競技上位チーム”が
同じエリアに集中するのは、不自然」
ゴウが、静かに言う。
「因果があるかは別だ」
「うん」
カナエは頷く。
「でも、無視もしない」
再び、走り出す三人。
競技は続いている。
ポイントは、確かに重要だ。
だが――
それだけでは測れないものが、
少しずつ、輪郭を持ち始めていた。
ユウタは、胸の奥で思う。
(俺たち、
ただの参加者じゃなくなり始めてる)
それが良いのか、悪いのかは分からない。
ただ一つ、確かなのは――
もう、元の感覚では走れない、ということだった。
遠くで、また歓声が上がる。
順位表が更新される。
CLEAN RUNNERSの名前は、
まだ目立たない位置にある。
だがこの日、
彼らはまだ知らなかった。
競技の裏で動き始めた“流れ”が、
やがて街全体を巻き込み、
勝敗そのものの意味を変えていくことを。
――第3話・了




