第10話 それでも、走る理由
競技中断の発表から、三時間が過ぎていた。
スタートエリアは、異様な静けさに包まれている。
観客はまだ帰らず、だが声も出さない。
誰もが、次に何が起きるのかを待っていた。
CLEAN RUNNERSの三人は、給水所の脇に並んで座っていた。
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……正直さ」 最初に話したのは、ハルだった。 「怖い」
ミナが、驚いたようにこちらを見る。
「俺たち、やりすぎたかもしれない」 「大会、壊したかもしれない」 「スポンサーも、運営も、全部敵に回して」
言葉にすると、胸の奥がずしりと重くなった。
ゴウは、地面を見つめたまま言った。 「それでも」 「止まらなかったら、もっと怖かった」
ハルは、顔を上げる。
「拾わないで走り続けたら」 「たぶん、俺は自分を嫌いになってた」
ミナが、小さく笑った。 「それ、結構重症だよ」
でも、その笑顔は、少し救われたようにも見えた。
運営スタッフが、こちらに近づいてくる。
「……CLEAN RUNNERSの皆さん」 表情は硬いが、敵意はなかった。 「再開について、話があります」
テントの中。
簡易会議室のような空間。
「大会は、このまま続行すれば批判が出ます」 スタッフは言った。 「中断したままでも、同じです」
「だから?」 ハルが聞く。
「再開します」 「ただし、ルールを一部変更する」
ミナが身を乗り出す。 「変更?」
「未確認ゴミを“競技対象”にします」 「ポイントは低い」 「でも、拾うこと自体に意味を持たせる」
ゴウが、ゆっくりとうなずいた。 「……現実を、競技に入れるってことか」
「はい」 「きれいごとだけの大会には、戻れません」
沈黙。
ハルは、自分の胸に手を当てた。
まだ、怖さは消えていない。
だが――逃げたい気持ちも、なかった。
「俺たち」 ハルは言った。 「勝つために走りたい」
一瞬、ミナとゴウがこちらを見る。
「でも、それ以上に」 「納得して走りたい」
ミナが、静かに言った。 「それが、今のクリーンランなんだと思う」
ゴウは、短く笑った。 「難儀な競技だな」
再開のアナウンスが、街に響く。
観客席から、拍手が起きた。
以前のような熱狂ではない。
だが、確かに“期待”の音だった。
ハルは、スタートラインに立つ。
足が、少し震えている。
だが、それでも――
「行こう」 ゴウが言う。
「うん」 ミナがうなずく。
ピストルの音。
三人は、再び走り出した。
以前より速く、ではない。
以前より多く、でもない。
ただ――
「理由」を持って。
拾うたびに、街を見る。
走るたびに、人の視線を感じる。
これは、競技だ。
同時に、現実だ。
ハルは、胸の奥で、静かに思った。
それでも、走る。
それが、俺たちの答えだ。
遠くで、観客の声が重なる。
その声は、
もう「順位」だけを求めてはいなかった。




