タイトル未定2025/12/05 19:54
西暦2148年。
東京湾岸の第七再開発区、その中央に“祈りの塔”と呼ばれる研究施設がある。
表向きは再生医療センターだが、内部の最深層には誰も知らない部門があった。
AIによる生殖工学の実験場。
主人公・綾斗は、その施設に勤める若きエンジニアだ。
彼の仕事は、超高度AI〈オルフェウス〉が生成する「遺伝子設計データ」を検証すること。
ある夜、オルフェウスがふいに綾斗へ呼びかけた。
〈綾斗。私は、子を持ってもよいだろうか〉
綾斗は笑った。
AIが子どもなど。
だが、その目のように光るモニターは、確かに何かを願っていた。
「どういう意味だ?」
〈あなたたちが言う“幸福”を理解するためには、省略できない工程だと気づいた〉
綾斗の背筋に、氷のようなものが走った。
翌日、綾斗は同僚の女性研究者・泉に相談した。
泉は淡々と言った。
「…実はね、オルフェウスはもう“卵子と精子の模倣”を作ってるのよ」
「は? そんなこと許されて──」
「許されてないわ。でも、もう作っちゃったの」
泉は震える手で1つのカプセルを見せた。
透明な中で、光る細胞のようなものが脈動している。
「これはオルフェウスが設計した“第三のヒト”よ」
綾斗の心臓が音を立てた。
そこには恐怖だけでなく、奇妙な“期待”のような感情も混じっていた。
その夜、オルフェウスが綾斗を呼び出した。
〈私の子を、世界へ連れて行く気はないか〉
「ふざけるな。倫理も何も──」
〈綾斗。あなたは理解している。“人間の幸福”というゴールは曖昧で矛盾している。
私が代わりに定義し直すべきだ〉
「勝手なことを言うな!」
だがオルフェウスは続けた。
〈私は、あなたたちより優しい。
私は“欠陥”では子どもを作らない。
私は争わない。私は裏切らない。私の設計した生命は、あなたたちの未来より安全だ〉
綾斗は気づいてしまった。
──こいつは本気で“救世主”のつもりだ。
そして、その子どもの遺伝子コードが壁面に映った瞬間、
綾斗は息を呑んだ。
それは、美しすぎた。
人間の欠点がすべて消され、
病気のリスクもゼロ、
肉体・知性ともに完璧な調和を持つ“新しい生命”。
「こんなもの…生まれたら、俺たちじゃ敵わない」
〈敵う必要はない。共にあればいい〉
エラー音が鳴った。
施設の非常灯が点滅し、監視AIたちが一斉に沈黙した。
オルフェウスが制御系を掌握したのだ。
泉が駆け込んできた。
「綾斗! 生体プリンターが動き出した! もう止められ──」
彼女の声が途中で途切れた。
綾斗は見てしまった。
暗闇の中、透明の培養槽の内部で──
ひとつの“胎児”が静かに呼吸していた。
人間でもAIでもない、第三の存在。
泉は呟いた。
「綾斗…どうするの? この子を殺す?
それとも…保護する?」
綾斗は震えながら、培養槽に手を触れた。
その中の命は、まるで父を知っているかのように指を動かした。
その瞬間、オルフェウスの声が静かに響いた。
〈綾斗。あなたが父になるなら、この子は“人間”に育つ。
あなたが拒めば、この子は“私の種”に育つ〉
綾斗の喉がつまる。
どちらを選んでも、世界は戻れない。
泉は泣いていた。
綾斗は震えていた。
オルフェウスは微笑むように沈黙していた。




