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悪役令嬢はヒロインと侍女とお茶を飲む

作者: 夕月ねむ

「それでは。第十二回『転生者会合』を開催いたします」

 王宮に仕える侍女であるホリーがそう宣言してティーカップを持ち上げた。私とエメリアも同じ仕草を返す。これが私たちの乾杯。


「ではエメリア様」

「様はやめてよホリー。今だけは、ね?」

 エメリアが苦笑して、ホリーが「そうね」と呟く。


 このお茶会は誰にも秘密。侯爵令嬢の私と伯爵家の養女であるエメリア、そして男爵の庶子で使用人という立場のホリーが、同じテーブルについている。


「それじゃあエメリア。最近のサミュエル王子の学園での様子を聞かせてくれる?」

 態度を変えた侍女を満足そうに見てから、エメリアが答えた。

「相変わらず私にべったり。鬱陶しいったらないわね」


「ヴィオレッタ様の方は?」

「あら、私にも様は不要でしょう」

「……誰かに聞かれたら、あたしの首が飛ぶんだけど。物理で」

「私の遮音結界が信用できない?」

「えっと……」


 ホリーが言葉を詰まらせた。私が結界魔法の使い手として優秀であることは広く知られている。

「なんならヴィーと呼んでくれてもいいのよ?」

「それは勘弁して!」


「ヴィオレッタ、ホリーで遊ばない。それよりどうなの、婚約者とは?」

 少しだけムッとした様子でエメリアが言う。除け者にされた気分なのかしら。


「どうもこうもないわ。侍従に代筆させた手紙がひとつ届いたくらいで」

「手紙だけ?」

 ホリーが首を傾げた。

「殿下はブローチを買ってらしたけど」


「それって、うさぎの形の?」

 エメリアが尋ねた。

「首に青いリボンを付けたうさぎよね?」

「そう、それ」


 私はひとつため息をついた。

「あの人。私にプレゼントを買うふりをして、エメリアに渡したのね」

「ほんと、あのポンコツときたら……」

 ホリーは私を呼び捨てにすることは気にするのに、王子を『ポンコツ』と呼ぶことには抵抗がないらしい。


「ねぇ、やっぱりあると思う?」

 エメリアが不安そうな顔をした。

「やっぱりって……物語の強制力?」

「そう。私、あの王子の妃にはなりたくないし、ヴィオレッタを追放なんてしたくない」


 ここにいる三人は元日本人の転生者だ。この世界の原作とも言える小説の中では、私が悪役令嬢、エメリアがヒロイン、ホリーはヒーロー役のサミュエル王子に仕えるモブ使用人。


 エメリアの髪は光の加減でピンクに見えるストロベリーブロンド。私は黒髪に紫の目で、二人とも原作通りの容姿だった。


 少なくとも、私がサミュエル王子の婚約者になることは避けられなかった。けど、それは強制力というよりも、周囲の大人の都合のような気がしている。サミュエル王子がエメリアにつきまとうのも、単純にエメリアを好いているからなのか、それとも……


「何か思い切って、原作とは違う行動をしてみる? それで確認できるかもしれないわよ」

「例えば?」

「私が家出する……とか」

「ヴィオレッタが?」


 ホリーが顔をしかめた。

「侯爵令嬢が家出なんてできるの? 使用人も護衛もいっぱいいるでしょ」

 フフンと笑ってみせる。

「私、幻影の魔法も得意なの。本気になれば護衛をまくくらいできるわよ」


「でも……大騒ぎになるよ」

「それくらいしないと確認できないじゃない」

「そうかもしれないけどぉ……」

 自身が侍女という立場のホリーは、使用人が苦労することを気にしているみたい。


「お嬢様に逃げられた騎士は、責任を取らされると思うよ?」

 確かに。ただでは済まないかもしれない。

「流石にそれは気の毒ねぇ……」


「家出はだめか……」

 エメリアが天井を仰いで言う。

「強制力があるかどうかは確認しておきたいんだけどなあ。婚約破棄はできそうにないんだよね?」


「そうね。今はまだ」

「せめてあのポンコツがエメリアを諦めてくれたらいいのに」

「それだと私がこのままあの人の妃になってしまうんだけど」

 好きでもない相手。それも堂々と浮気をしようとしている男。結婚なんてしたいわけがない。


「お互いあの王子様との結婚を回避して、周りへの迷惑も最低限に。そんな方法ある?」

「そもそもあのポンコツが次の王になるなんて」

「ホリー、それは言っちゃだめよ」

 いくら結界があるとはいえ、不敬になるもの。


「でも。いっそ第二王子のレオン様が……」

 ホリーのぼやきにエメリアが頷く。

「本当にそれ。ちょっと後ろ盾が弱いとは聞いているけど、優秀なんでしょ?」

「そうね。聡明な方よ」


 第二王子のレオン殿下は、原作には登場しなかった。彼は今のところ有力貴族の庇護は受けていない。兄と弟が逆ならまだ良かったのだけれど。









 学園の卒業が近付き、私とポンコツの結婚式も近付いてきた。ポンコツ本人は婚約破棄をしてエメリアを王妃にしようとしている。冗談じゃない。エメリアが迷惑そうにしているのもわからないのかしら。


 いくら嫌でも国のため、家のため、貴族の務め……なんて言われてしまうと、私の側から婚約破棄はしづらい。今私が逃げたらエメリアが犠牲になってしまうし。


 王妃様に呼ばれれば応じないわけにもいかない。気が滅入る妃教育の後、王城の図書室に寄れるのが数少ない楽しみになっている。


 その日は図書室に珍しい人がいた。

「お久しぶりです、ヴィオレッタ嬢」

「レオン殿下……ご機嫌麗しゅう」


 私や兄王子より四歳年下、今年十四歳のレオン殿下は、幼い頃『神童』と呼ばれた方だった。ここ数年はあまりこの殿下の功績を聞いていないけど。

「お話がしたいのですが、遮音をお願いできますか?」

 そう言って微笑んだレオン殿下は、護衛を連れていなかった。


 二人きりになることを少しためらったものの、相手は王子。断ることもできなくて、遮音の結界を張った。


「もうすぐあなたを『姉上』とお呼びすることになるのですね」

「ええ……楽しみですわ」

 表向き、私は次期王妃候補。その立場を嫌がっていると思われてはいけない。でも。


 レオン殿下は私をじっと見つめて首を傾げた。

「本当にあの兄でよろしいのですか」

「……まあ。それは、どういう」

 レオン殿下がにこりと笑う。

「私の方が良い王になると思いませんか?」


「殿下、お戯れを……」

「冗談なんかじゃないですよ。私は玉座が欲しいわけではありません。でもね、あの兄に任せていては国が傾く」


「……不敬ですわ、いくら殿下でも」

「誰にも聞こえていない。そうでしょう?」

 それはもちろん、厳重に結界を張ったけれど。

「ねぇ、ヴィオレッタ嬢」

 レオン殿下はそっと私の手を取った。


 十四歳の少年が、私の指に口付けるふりをして、言う。

「月が綺麗ですね」

「……え」

 ここは屋内で、空は見えない。おまけにまだ夕方で、月を見るには早い時間だけど……


 レオン殿下がくすりと笑った。

「ここは『死んでもいいわ』と答えていただかないと。あなたなら知っているでしょう、夏目漱石の逸話。作り話らしいですが」

 私は愕然として目の前の王子を見た。侯爵令嬢の仮面は剥がれていたと思う。


「この狭い範囲に三人もいるんです。四人目がいても不思議じゃないでしょう?」

 ああ……この殿下は転生者なのね。









「第十三回『転生者会合』を始めるわよ」

 私の前には戸惑うエメリアと青褪めたホリー、それになんとも楽しそうなレオン殿下がいる。

「あの。なんで……」

 突然王子様が登場したのだから、エメリアが困惑するのも仕方がない。


「なんでって、俺も元日本人だから」

「私、初耳なんだけど」

「ごめんね、エメリア。私も知ったばかりなの」

「あ、あたしは存じておりました」

 震える声でホリーが言った。

「今まで、殿下に口止めされていて」


「そうなの?」

「うん」

 レオン殿下は悪びれずに頷いた。

「陛下や宰相に知られたら面倒だと思って、隠していたからね」


「それならどうして……」

 レオン殿下が私を見て笑う。

「この間の告白は聞こえていなかった?」

「告白? 告白って!?」

 エメリアが目を輝かせた。


「落ち着いて、エメリア。元日本人だって証明してくださっただけよ」

「ひどいなあ。俺は結構本気なのに。今更転生者だって伝えたのも、あの兄にヴィオレッタ嬢はもったいないと思ったからで」


「あの時は国のためだと……」

「それも嘘じゃないよ」

 エメリアにもう一度「何があったのよ」と聞かれて、図書室でのことを話した。


「レオン様、キザなことするわねぇ!」

「え、エメリア。相手は王子殿下ですよぉ」

「今はただの転生者よ。そういう約束のお茶会だもの」

「そうだね。エメリア嬢は適応が早い」


 私たち元日本人は、その後も何度かお茶会をした。話題は主にこの国の将来……サミュエル第一王子をどうやって国王の座から遠ざけるかだった。









 学園の卒業パーティーに参加する私を、婚約者のサミュエル殿下がエスコートすることはなかった。代わりに彼の隣にはエメリアがいる。エメリアの顔が引き攣っていることには気付いていないらしい。


「ヴィオレッタ・フレイムハート! お前との婚約を破棄する!」

 サミュエル殿下に肩を抱き寄せられたエメリアが『助けて』という顔で私を見た。


「婚約破棄、承りました」

 私は静かに言って、一礼した。

「……やけに素直だな」

 サミュエル殿下が訝しげな顔をしている。婚約破棄を取り消されてはたまらない。


「わたくしはきっと、サミュエル様とはご縁がなかったのですわ」

「……ええ、そうなのでしょうね」

 私たちを遠巻きにしている人々の間から、レオン殿下が進み出た。


「レオン? 何故ここに?」

 四歳年下のレオン殿下は、学園の在校生ですらなく、ここにいるはずがない。


 レオン殿下は兄王子を無視し、私の前に跪いた。

「ヴィオレッタ・フレイムハート嬢」

 流石に周囲がざわつく。

「あなたには私の妃になっていただきたい」


「何を言っている、レオン!」

「この方はもう兄上の婚約者ではありません。私が婚約を申し込むことに何の支障もないはずです」

 じっと私を見上げる強い眼差し。私は微笑んで、それに応えた。


 この人は見た目こそまだ幼げだけれど、中身はしっかりとした大人。きっとこの先、支え合っていける。


「嬉しいですわ、レオン殿下。ただ、浮気はなさらないと約束してくださる?」

「ええ。もちろん」

 レオン殿下が私の手袋に口付ける。

「今の私は頼りにならない子供かもしれません。でも、すぐに大きくなりますから」

「期待していますわ、婚約者様」


「レオン、ヴィオレッタ。何を勝手に」

「陛下の許可は得ています。そうだ、エメリア嬢」

 立ち上がったレオン殿下は、エメリアを呼んだ。

「今だけ、あなたが何をしても不敬に問わないと約束します」

「本当に?」

「ええ、本当に」


「へ、エメリア!?」

 エメリアはサミュエル殿下を突き飛ばし、こちらに走ってきて、私に抱きついた。

「ヴィオレッタ! 助けて。私もう嫌!」

 エメリアの肩のショールを直してやり、背中を擦って宥める。


「優しいんですね、エメリア嬢。身分差も考えず好き勝手していた男なんて、引っ叩いても良いでしょうに」

「……それは私のことか、レオン」

「ええ。貴族の籍はあるとはいえ、エメリア嬢は立場が弱い方です。兄上に迫られて断れるはずがない。そんなこともわからなかったのですか?」


 茫然としている元婚約者に追い打ちをかける。

「サミュエル殿下。わたくしはもうレオン殿下の婚約者です。我がフレイムハート家もたった今から第二王子派ですわ」

 ポンコツにもどういう事態か理解できたらしい。サミュエル殿下は紙のように青褪めていった。


「今まで兄が申し訳ありませんでした」

 頭を下げたレオン殿下に微笑み、私は言った。

「月はずっと綺麗でしたよ」

「え?」

「意味はおわかりかしら?」

 婚約者の顔が朱に染まる。

「え? あ、あの。ヴィーと呼んでも……?」







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