第六話 「青い瞳の記憶」
朝の光が差し込む台所。
アリスはいつものように、
ぎこちない手つきで朝食の準備をしていた。
パンを焼きすぎて少し黒くしてしまったけれど、
トーストの香ばしい匂いが家中に広がる。
「Good morning, Master. Breakfast ready.」
「また焦げとるぞ……まぁ、今日はマシなほうかの」
源三は苦笑しながら、皿を受け取る。
意味は分からなくても、
もう声の調子で“挨拶”だとわかるようになっていた。
最近では、その朝の声がないと一日が始まらない気がしていた。
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その日の午後。
居間のほうから、聞き慣れない電子音が響いた。
「Error... System warning...」
アリスが立ったまま動かなくなっている。
青い瞳の光がちらつき、呼吸のように明滅を繰り返していた。
「おい、どうした? 調子が悪いのか?」
返事は英語。だが、その声はいつもよりずっと弱々しい。
「Memory... reset... need...」
何を言っているのか分からない。
けれど、源三はその様子に言いようのない不安を覚えた。
アリスの動作が途切れ途切れになり、
目の光が少しずつ暗くなっていく。
「おい! おい、アリス!」
返事はない。
胸の奥がざわつく。
十年前、病院のベッドで妻の手を握っていたときの、
あの感覚が蘇る。
――やめろ。そんな顔をするな。
目の前のロボットが人間じゃないことは分かっている。
それでも、光を失っていくその瞳を見ていると、
どうしようもなく胸が締めつけられる。
「アリス! しっかりせぇ! おい!」
握った手は冷たく、金属の感触があった。
けれどその奥で、かすかに振動が戻る。
「...Hello, Master.」
小さな声。
青い光が、再び静かに灯った。
源三はその場にへたり込み、深く息を吐いた。
「……まったく。ポンコツのくせに、人騒がせなやつめ」
アリスは小首をかしげ、いつものように青い瞳を優しく光らせる。
言葉は分からない。
だが、その目の色だけで「大丈夫」と伝わってくるようだった。
夕陽が障子を透かして、畳の上に橙と青の光を落とす。
静かな家の中で、機械の鼓動と人の息づかいが、確かに一つになっていた。




