第五話 「はじまりの朝」
退院してから一週間。
源三の家には、またいつもの静けさが戻っていた。
ただ、一つだけ違うのは――
居間の隅に、銀色のメイドロボットがちょこんと座っていることだ。
「Master, good morning!」
「……はいはい、わかったわかった」
源三はため息をつきながらも、
どこか口元がゆるんでいる。
以前のように「うるさい!」と
怒鳴ることはもうなかった。
朝の茶の時間。
アリスがぎこちなく急須を持ち上げる。
その手つきは相変わらずおぼつかないが、
こぼさないよう慎重に注いでいる。
「Hot… tea for Master. Careful…」
「おお、学習したな」
アリスの目が一瞬青く光り、
うれしそうに「Beep!」と音を立てた。
源三は小さく笑った。
十年前に亡くした妻・春代が、
こうしてお茶を入れてくれたことを思い出す。
「まったく……あいつに似てるところがあるとはな」
「Who… is “aitsu”?」
「……えっと、わしの妻じゃ」
「Wife…? Oh… lovely person.」
アリスの目が柔らかく光り、少しの間沈黙が落ちた。
そして、ぎこちない発音でこう言った。
「I think… she is… still watching Master.」
その言葉に、源三は一瞬だけ茶碗を持つ手を止めた。
意味は分からない機械の声なのに、
不思議と心に響く。
――春代なら、笑ってこう言うだろうか。
「あなた、素直じゃないんだから。
あの子に優しくしてあげてね」と。
源三は鼻を鳴らした。
「……まあ、悪くないやつだよ、お前は」
「Thank you, Master!」
アリスがうれしそうに立ち上がり、
掃除機モードを起動する。
しかし次の瞬間――
「Cleaning start!」
「おい! それ茶の間の畳じゃ! やめろぉぉぉっ!」
ゴオオオと畳を吸い込みながら走り回るアリス。
源三は慌てて追いかけながら、
なぜか笑いが止まらなかった。
笑い声が、家の中に響く。
長い間、忘れていたような
――あたたかい音だった。




