第一話 「ポンコツ、やって来る」
静かな田舎町。瓦屋根の古い一軒家の縁側に、
田島源三(七十八歳)は腰を下ろしていた。
日課の茶をすする時間だ。
畑の向こうを走る電車の音を耳にしながら、
彼はぼそりと呟いた。
「まったく、今の世の中は何でも機械、機械じゃ……」
そんな独り言をかき消すように、門の前に軽トラックが止まった。
運転席から飛び出してきたのは孫娘のさやかだ。
都会の高校に通っているが、週末になるとよく遊びに来る。
「おじいちゃん!すごいの持ってきたよ!」
彼女が荷台のシートを外すと、
白い大きな箱が現れる。
段ボールに印刷された文字は英語だらけで、
源三にはチンプンカンプンだ。
「なんじゃこりゃ」
「家庭用メイドロボットだよ!
これからは家事もお掃除もバッチリ!」
源三の眉間に深いシワが寄った。
「馬鹿を言うな。わしは自分のことは自分でできる!」
「でもこの前だって、転んで茶碗割ったでしょ。もうお年なんだから」
反論しかけたが、孫の真剣な目に押されて口をつぐむ。
その間にさやかは箱を開け、銀色の髪のようなセンサーを持った人型ロボットを立ち上がらせた。
メイド服風のエプロンを着けているが、動作はぎこちない。
「Power on…… Hello! I am Maid-07, Alice! Nice to meet you, Master!」
朗らかな女性の声が縁側に響いた。
源三は目を丸くし、すぐに顔をしかめる。
「な、なんじゃこの外人は」
「英語しか話せないみたいなんだよね、この子……でも安かったから!」
「安かったからって……!」
源三は頭を抱えた。
だが次の瞬間、アリスと名乗ったロボットがぎこちない歩き方で庭に降り、竹ぼうきを掴んだ。
「Cleaning start!」
彼女(?)は勢いよく庭を掃き始めた――
が、砂利を跳ね飛ばし、縁側の茶碗に直撃。カランと音を立てて粉々になった。
「こらぁぁ! 何しとるんじゃ!」
「Sorry! Sorry, Master!!」
深々とお辞儀をするアリス。だが頭を下げすぎて、
センサー部が縁側の柱に「ゴンッ」と当たった。
「……やっぱりポンコツじゃないか!」
怒鳴りながらも、源三の胸の奥に妙な感情が芽生えていた。
このロボットは、確かに不器用でうるさい。
しかし、どこか憎めない。孫の思いやりを無下にするのも気が引ける。
源三は大きくため息をつき、湯呑みを置いた。
「……まあええ。今日一日だけ様子を見てやる」
「Great! Thank you, Master!!」
庭に響くぎこちない声と、頑固じいさんのうめき声。
奇妙な共同生活が、今まさに幕を開けようとしていた。