紅い瞳の少女は静かに微笑んだ
紅い瞳の少女
【あらすじ】
悪魔狩りを生業とする青年・拓海は、天使を名乗る美少女アカネと出会う。彼女との危険で甘美な共同生活が始まるが、アカネの愛情は次第に常軌を逸した形で表現されるようになる。愛撫と捕食の境界が曖昧になった時、拓海は彼女の真の正体と、自分が置かれた状況の恐ろしさを知ることになる。
【タグ】
#堕天使ヒロイン #ヤンデレ #現代ファンタジー #悪魔狩り #危険な恋愛 #カニバリズム #ダーク #異種間恋愛 #破滅的恋愛 #サイコホラー
深夜の渋谷。ネオンが織りなす光の帳の向こうで、異形たちが蠢いている。
私は瓦礫に紛れて潜む下級悪魔を、慣れ親しんだ銀のナイフで仕留めた。返り血が頬を濡らす。この仕事を始めて三年、もはや悪魔の血の匂いは日常と化していた。
「お疲れさま」
声に振り返ると、制服姿の少女が佇んでいた。年齢は十七、八といったところか。端正な顔立ちに似合わぬほど鮮烈な紅い瞳が、暗闇の中で妖しく光っている。
「悪魔が見えるのか、君は」
「ええ。私はアカネ。天使よ」少女は無垢な微笑みを浮かべた。「あなたのような人間がいるなんて、知らなかった」
天使。確かにそのような存在がいるという話は聞いたことがある。だが目の前の少女からは、聖なるものというより、どこか危険な気配を感じた。まるで美しい毒花のような。
「俺は拓海。別に正義感でやってるわけじゃない。ただの仕事だ」
「素敵。私も一緒に戦いたい」
アカネは私の腕に軽やかに腕を絡めた。制服越しに感じる柔らかな体温と、花のような甘い香り。だが同時に、氷のような冷たさも感じ取った。
それが始まりだった。
アカネとの共闘は、想像以上に効率的だった。彼女の戦闘能力は異常なほど高く、光の翼を展開して空中戦をこなし、聖剣で悪魔を瞬殺する。ただ、戦闘中の彼女の表情だけが気にかかった。敵を斬る瞬間に浮かべる、あの恍惚とした笑み。天使らしからぬ、何かを貪るような目つき。
「アカネ、君は本当に天使なのか?」
ある夜、コンビニ弁当を突きながら私は尋ねた。
「疑ってるの?」アカネは箸を止めて私を見つめた。「ひどいなあ、拓海くん」
その時の彼女の表情には、一瞬だけ何か別のものが宿った。まるで獲物を値踏みするような、冷徹な眼差し。だがすぐに無垢な微笑みに戻る。
「天使は人間を愛するものだろう?」
「もちろん。私、拓海くんのこと愛してる」
アカネは私の隣に座り直し、頬に軽くキスをした。唇は甘く、吐息は熱い。だがその奥に、何か苦いものを感じた。
日が経つにつれ、アカネの行動は徐々にエスカレートしていった。
朝起きると枕元に座っている。学校では窓の外から私を見つめている。夜は一緒にベッドで眠りたがる。最初は断っていたが、彼女の寂しそうな表情に負けて、ついに同じベッドで眠ることになった。
「拓海くんの寝顔、とても美しい」
深夜に目を覚ますと、アカネが私の顔を見つめていた。紅い瞳が暗闇の中で爛々と輝いている。
「眠れないのか?」
「拓海くんを見てると眠れないの。ずっと見ていたい」彼女は私の頬に手を添えた。「この肌も、この匂いも、全部私のもの」
彼女の指先が私の首筋をなぞる。爪が軽く食い込んで、小さな傷ができた。
「あ、傷つけちゃった。ごめんね」
アカネは私の首に顔を寄せ、舌で血を舐めとった。丁寧に、愛おしそうに、まるで高級料理を味わうように。
「拓海くんの血、とても甘い」
その囁きに、私は背筋に悪寒を覚えた。
三ヶ月が過ぎた頃、決定的な出来事が起きた。
その夜、私たちは廃ビルの屋上で巨大な悪魔と対峙していた。これまでで最強の敵。私のナイフでは歯が立たない。
「アカネ、頼む!」
だが彼女は動かなかった。ただ私を見つめている。
「アカネ?」
「拓海くん、怪我しちゃうかも」彼女は楽しそうに言った。「でも大丈夫。怪我したら、私が舐めて治してあげる」
悪魔の爪が私の胸を裂いた。激痛に倒れ込む私を見て、アカネは手を叩いて喜んだ。
「きれい!拓海くんの血、夜空に映えるね」
その瞬間、全てが繋がった。
「君は...」
「そう、私は堕天使アカネル」彼女はついに仮面を脱いだ。背中から生えた翼は漆黒に染まり、瞳は血のように赤く輝いている。「昔は天使だったの。でも人間を愛しすぎて、愛し方を間違えちゃった」
アカネルは片手で巨大悪魔の頭を握り潰した。まるで果物を潰すように、あっけなく。
「人間を守るために悪魔を殺していたら、いつの間にか殺すことの方が好きになっていた。そして気がついたの。人間を愛する最高の方法は、食べることだって」
彼女は私の元に歩いてきた。足音が妙に重い。
「拓海くん、怖い?」
私は首を振った。恐怖はあった。だが同時に、妙な納得感もあった。彼女の異常さは、最初から感じていたのだから。
「君が堕天使でも、俺の気持ちは変わらない」
アカネルは目を見開いた。
「本当?」
「本当だ。ただ、もうウソはつかないでくれ」
彼女は私に抱きついた。その体は氷のように冷たく、同時に炉のように熱かった。
「ありがとう、拓海くん。でも私、もう止められないかもしれない」アカネルは私の首筋に顔を埋めた。「拓海くんへの愛が、どんどん歪んでいく」
彼女の舌が私の首を這った。愛撫のような、下準備のような、曖昧な行為。
「最初は守りたかった。次に独占したくなった。そして今は...」
歯が軽く皮膚に触れる。
「食べたい」
私は彼女の頭を撫でた。
「でも我慢してるんだろう?」
「うん...でもいつまで我慢できるかな」
アカネルの牙が私の首筋に食い込んだ。痛みと快感の境界が曖昧になる。彼女は血を啜りながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
「美味しい...」
そのまま彼女は私を押し倒した。馬乗りになって、私の首筋を舐め回す。
「ねえ、少しだけなら食べてもいい?ちょっとだけ」
彼女の瞳が異様に輝いている。理性と本能の狭間で揺れているのが分かった。
「どこを?」
「ここ」アカネルは私の鎖骨を指でなぞった。「ここの肉、柔らかそう」
私は彼女の頬に手を添えた。
「俺が死んだら、君は一人になる」
「...そうね」アカネルは寂しそうに笑った。「でも拓海くんを食べれば、私の中でずっと生きていられる」
「それは愛じゃない」
「分かってる。でも止められない」
彼女の牙が再び私の首に触れた。今度はより深く。血が滴り落ちる。
「拓海くん、私を殺して」
「何?」
「このまま一緒にいたら、いつか我慢できなくなって、拓海くんを食べちゃう」アカネルは涙を流していた。「それなら今、拓海くんの手で殺されたい」
私は彼女を抱きしめた。
「殺さない。一緒に方法を探そう」
「でも—」
「君は俺を愛してくれてる。その愛情が歪んでいても、俺は嬉しい」
アカネルは私の胸で泣いた。堕天使の涙は、なぜか人間のそれより熱かった。
半年後。
私たちの関係は、綱渡りのような均衡を保っていた。アカネルは相変わらず私を食べたがり、私は相変わらずそれを受け入れていた。
「今日も血を飲ませて」
「ああ」
私は腕を差し出し、アカネルは慎重に牙を立てる。血を啜る彼女の表情は、至福に満ちている。
「拓海くんの血だけで我慢してる私、偉いでしょ?」
「偉いよ」
私は彼女の頭を撫でた。彼女の本能を抑え込むのは、私の存在だった。私がいる限り、アカネルは完全には堕ちない。私がいなくなれば、彼女は制御を失う。
この共依存的な関係が健全でないことは理解していた。だが同時に、これが私たちなりの愛の形でもあった。
「ねえ、拓海くん」
アカネルは血で濡れた唇で微笑んだ。
「私たち、きっと一緒に地獄に堕ちるのね」
「かもしれないな」
私は彼女にキスをした。血の味がする唇は、どんな甘い果実よりも美味だった。
愛と破滅が同義語になった世界で、私たちは今日も生きている。明日、彼女が私を食い殺すかもしれないと知りながら。
それでも構わないと思えるほど、私は彼女を愛していた。
アカネルの紅い瞳に映る私の姿は、きっと美味しそうに見えているのだろう。




