六章 3. 指揮官として
あらすじ
能力者がひしめく名門・蒼城学園。
そこに入学した綾瀬陽太には致命的な問題があった。
——能力が、何もない。
特別な力を持たない「無能力者」である陽太は、なぜかこの学園に「記録係」として入学を許される。
役割は、天才的な能力を持つ美少女たちの戦いを観察し、記録すること。
それだけ。
誰からも期待されず、ただ見ているだけの存在。
そんな彼が記録することになったのは、学園最強と名高い二人の少女だった。
倉田美咲—— 空間を支配する「絶対領域」の使い手
若林香織—— 万物を創造する「千変万化」の能力者
圧倒的な才能を持つ彼女たちの戦いを、陽太はただ見守り、記録していく。
しかし、学園を狙う謎の組織「虚無」の脅威が迫る中、
「最弱」であるはずの陽太の観察眼が、思わぬ力を発揮し始める。
見ることしかできない。
記録することしかできない。
でも——それこそが、誰にも真似できない彼だけの「才能」だった。
作品紹介
本作は「無能力者」の主人公が、圧倒的な才能を持つ美少女たちと共に成長していく学園異能バトル作品です。
- 能力を持たない主人公ならではの視点で描かれる異能バトル
- 最初は「ただの記録係」だった主人公が、徐々に重要な存在になっていく成長物語
- 二人のヒロインとの心温まる交流と、少しずつ深まっていく絆
- 「観察」と「記録」という地味な行為が、やがて戦局を左右する鍵となる展開
- 能力がなくても、誰かの役に立てることを証明していく主人公の奮闘
「見ること」の大切さ、「記録すること」の価値。
そして何より、能力がなくても誰かの力になれるということ。
最弱の少年と最強の少女たちが織りなす、新感覚の学園異能バトルストーリーをお楽しみください。
「全モニターを地下エリアに切り替えて」
陽太の指示で、画面が切り替わった。美咲と香織が苦戦している様子が映し出される。
『15時42分、地下エリアでの戦闘継続中。敵は特殊結界を使用し、能力を制限。美咲の「絶対領域」は展開範囲が1/3に低下。香織の「千変万化」も具現化速度が著しく低下』
陽太は素早く状況を分析した。
「地下構造のデータを」
すぐに3Dマップが表示される。陽太はそれを見ながら、脱出ルートを検討した。
「北東に非常階段があります。そこから…いや、待って」
陽太は過去の記録を確認した。「虚無」の撤退パターン、使用される経路。
「罠だ。非常階段には伏兵がいる」
「どうしてわかる?」
指揮官が尋ねる。
「過去3回の襲撃で、彼らは必ず退路に伏兵を置いています。パターンが同じです」
陽太は別のルートを探した。そして、見つけた。
「換気ダクト。Bの7」
「換気ダクト?」
「はい。構造上、結界の影響が薄い場所です」
陽太は通信士に指示した。
「美咲さんと香織さんに伝えてください。換気ダクトBの7から脱出を」
通信が試みられる。雑音の中から、かすかに美咲の声が聞こえた。
「…了解…信じる…」
二人が動き始めた。モニターで追跡する陽太。
「右です!その先を左!」
陽太は必死に誘導した。まるで自分がそこにいるかのように、地形を把握していく。
「ダメだ、ここから先は映像が取れない」
モニターが途切れる。地下深部は監視カメラの死角だった。
「どうする?」
陽太は決断した。
「現場に行きます」
「何?」
「最前線近くの観測点まで行かせてください。そこからなら、直接観察できます」
司令部がざわめいた。最前線は危険地帯だ。
「許可できない」
指揮官の一人が反対した。
「君には能力がない。危険すぎる」
しかし学園長が口を開いた。
「許可する」
「学園長!」
「彼の観察眼が必要だ。護衛をつける」
陽太は立ち上がった。観察記録用の装備を確認し、双眼鏡を手に取る。
「行ってきます」
走り出す陽太。能力はない。戦うことはできない。でも、見ることはできる。記録することはできる。そして、伝えることができる。
観測点は、戦闘が続く地下エリアを見下ろせる位置にあった。護衛の能力者たちと共に、陽太はそこに陣取った。
双眼鏡を構え、戦況を観察する。
「見えました。美咲さんと香織さん、Cブロックにいます」
陽太は通信機に向かって報告した。
「敵は…12名。いや、13名。物陰に一人隠れています」
詳細な観察結果が、司令部に送られる。それを基に、的確な指示が二人に伝えられた。
「敵の配置、分かりました」
美咲の声が通信から聞こえる。
「陽太くんの情報、助かる」
香織の声も続く。
陽太は観察を続けた。刻々と変わる戦況。敵の動き、二人の行動、地形の利用法。全てを把握し、記録し、伝える。
激戦が続く中、陽太はふと気づいた。
自分は今、確かに戦っている。剣を振るうことはできない。魔法を使うこともできない。でも、情報という武器で戦っている。
「僕には能力がない」
陽太は呟いた。
「戦うことはできない」
でも、それでいい。それが自分の役割なのだ。
「しかし、見ることはできる。記録することはできる」
双眼鏡を覗きながら、陽太は言葉を続けた。
「そして、伝えることができる。それが僕の役割だ」
初めて、心の底から自分の存在意義を理解した瞬間だった。
「綾瀬!」
司令部から緊急連絡が入る。
「『虚無』のリーダーらしき人物を確認した。座標を特定してくれ」
陽太は素早く双眼鏡を動かした。そして、見つけた。
「います。Dブロック、座標X-23、Y-45」
黒いローブを纏った人物。明らかに他の「虚無」メンバーとは違う存在感。
「間違いありません。行動パターン、護衛の配置、全てがリーダーを示しています」
「よし、倉田と若林に伝える」
しかし、それは容易な戦いではなかった。