エクストラエピソード 第七章:観察官の夏休み
「特別合宿の通達です」
藤堂先生の言葉に、教室がざわめいた。
七月の終わり、期末試験も終わって夏休みを目前に控えた時期。陽太は主席戦略観察官としての日常にも慣れ、美咲と香織の観察記録も順調に蓄積されていた。
「場所は、熱海にある学園専用の海浜訓練施設。温泉付きです」
その言葉に、女子生徒たちから歓声が上がった。
「今回の目的は二つ」藤堂先生は続けた。「一つは水中での能力使用訓練。もう一つは、温泉による能力回復効果の研究です」
陽太はペンを走らせながら、詳細をメモしていく。
「綾瀬」
突然名前を呼ばれ、陽太は顔を上げた。
「お前には特別任務がある」
教室の視線が一斉に陽太に集まる。
「水中での能力発動時の身体変化、及び温泉による回復効果の詳細な観察と記録。これが君の任務だ」
「は、はい」
陽太は頷いたが、内心では不安が募っていた。水中での観察ということは、つまり...。
「あー、楽しみ!」
隣の席で香織が伸びをした。
「海で泳げるんでしょ?新しい水着、買っちゃおうかな」
「訓練ですよ、香織」
美咲が冷静に注意するが、その頬もわずかに上気している。
「でも、温泉もあるんでしょ?いいなあ」
香織の言葉に、陽太は想像してしまった。水着姿の二人、そして温泉...。
「綾瀬くん?」
美咲の声で我に返る。
「大丈夫?顔が赤いけど」
「あ、いえ、なんでもないです」
陽太は慌てて否定したが、美咲は不思議そうに首を傾げた。
2
三日後、一行は熱海の訓練施設に到着した。
海岸線に面した広大な敷地に、訓練用のプールと宿泊施設、そして温泉が完備されている。夏の日差しが眩しく、潮風が心地良い。
「わあ、素敵!」
香織が歓声を上げた。確かに、リゾートホテルのような外観は、訓練施設というより避暑地のようだ。
「では、部屋割りを発表します」
引率の教員が言った。
「男子はA棟、女子はB棟です。綾瀬は...あれ?」
教員が首を傾げる。
「おかしいな。綾瀬の部屋がB棟になってる」
「B棟って、女子棟では?」
陽太が指摘すると、教員は慌てて書類を確認した。
「す、すみません。手違いのようです。とりあえず、部屋まで行ってみてください。203号室です」
不安を感じながらも、陽太は指定された部屋へ向かった。B棟の廊下を歩いていると、女子生徒たちの視線を感じる。
「203号室...ここか」
ドアをノックすると、中から声がした。
「はーい、どうぞ」
香織の声だ。陽太がドアを開けると...。
「きゃああああ!」
そこには、着替え中の香織がいた。上半身は下着姿で、慌ててタオルで隠そうとする。
「ご、ごめん!」
陽太が謝ろうとした瞬間、浴室のドアが開いた。
「香織、どうした...って、ええ!?」
出てきたのは美咲だった。しかも、バスタオル一枚の姿で。
「み、美咲さん!?」
「な、なんで陽太くんがここに!?」
美咲は真っ赤になってタオルを押さえた。しかし、その拍子にタオルがずり落ちそうになる。
「わわわ!」
「見ないで!」
陽太は反射的に後ろを向いたが、部屋の鏡に美咲の後ろ姿が映ってしまった。白い肌に、タオルから覗く曲線が...。
「す、すみません!部屋を間違えました!」
陽太は逃げるように部屋を飛び出した。廊下を走りながら、顔が燃えるように熱い。
「はあ、はあ...」
しばらく走って、ようやく男子棟にたどり着いた。正しい部屋番号を確認し、中に入る。
「なんてスタートだ...」
ベッドに倒れ込む陽太。しかし、脳裏には先ほどの光景が焼き付いていた。香織の下着姿、美咲のタオル姿...。
「ダメだ、集中しろ」
陽太は頭を振った。自分は観察官だ。私情を挟んではいけない。
3
翌朝、訓練が始まった。
屋外プールに集合した生徒たち。陽太は観察用の装備を整え、プールサイドで待機していた。
「では、各自水着に着替えて集合」
教官の指示で、生徒たちが更衣室へ向かう。陽太はノートを開き、観察の準備を始めた。
数分後、生徒たちが戻ってきた。そして...。
「お待たせ〜」
香織が現れた瞬間、陽太は息を呑んだ。
極小の花柄ビキニ。布面積が少なく、健康的に日焼けした肌が眩しい。胸元も、腰回りも、ギリギリのラインで...。
「ど、どう?似合う?」
香織がクルリと回って見せる。後ろ姿も、布が少なくて...。
「か、香織...それはちょっと...」
美咲の声で、陽太は視線を移した。そして、また驚く。
美咲は黒のビキニだった。普段の清楚なイメージからは想像できない、大胆なデザイン。スポーティーなカッティングだが、それがかえって彼女のスタイルの良さを際立たせている。
「動きやすさ重視よ」
美咲は恥ずかしそうに言った。確かに、能力を使う際の動きやすさは重要だが...。
「綾瀬くん、観察、始めてください」
教官の声で、陽太は我に返った。
「は、はい」
慌ててノートを開く。しかし、手が震えて上手く書けない。
『水着着用時の能力発動準備段階における身体変化の観察』
なんとかタイトルを書き込む。
「では、まず若林から。水中での具現化を」
「はい!」
香織がプールに入る。水に入る瞬間、ビキニがさらに身体に密着し...。
「ちょっと、見すぎ」
美咲の声で、陽太は慌てて視線をそらした。
「す、すみません。観察なので...」
「観察にしては、視線が...」
美咲は頬を赤らめながら言った。
水中で、香織が能力を発動する。「千変万化」の光が水を透過し、幻想的な光景を作り出した。
「水の抵抗により、具現化速度が15%低下」
陽太は必死に観察結果を記録する。しかし、目に入ってくるのは、水中で動く香織の身体のラインで...。
「次、倉田」
美咲がプールに入る。彼女の「絶対領域」が水中で展開されると、青い光が水を染めた。
「水圧により、領域の形状が変化...」
記録しながら、陽太は気づいた。能力使用時、美咲の身体に微妙な変化が起きている。筋肉の緊張、呼吸の変化、そして...。
「ん...」
美咲が小さく声を漏らした。水中での能力使用は、想像以上に負担が大きいようだ。その表情が、なぜか艶めいて見えて...。
「陽太くん、大丈夫?」
プールから上がった香織が、心配そうに声をかけてきた。
「鼻血出てない?」
「だ、大丈夫です」
陽太は慌てて鼻を押さえた。確かに、少し熱っぽい気がする。
4
昼休み、プールサイドで休憩していると、香織が近づいてきた。
「陽太くん、日焼け止め塗ってくれない?」
「え?」
「背中、自分じゃ塗れないんだもん」
香織は無邪気に言って、陽太の隣にうつ伏せになった。ビキニの紐が、今にも外れそうで...。
「わ、私は...」
「お願い〜。観察の一環ってことで」
確かに、能力使用時の皮膚の状態変化は重要な観察項目だ。陽太は意を決して、日焼け止めを手に取った。
「じゃあ、塗りますね」
香織の背中に触れる。滑らかな肌の感触に、手が震える。
「あ、くすぐったい」
香織が身をよじる。その動きで、ビキニの紐が少しずれた。
「ご、ごめん」
「ううん、大丈夫。もっとしっかり塗って」
言われるまま、陽太は日焼け止めを塗り続ける。肩甲骨のライン、腰のくびれ、そして...。
「私も」
突然、美咲が現れた。
「私も...観察のためなら、仕方ないわね」
美咲も陽太の隣に横になる。黒いビキニの背中が露わになった。
「え、ええと...」
陽太は困惑した。両手に日焼け止めをつけ、二人の背中に交互に塗っていく。
「んっ...」
美咲が小さく声を漏らす。敏感なのか、身体がピクッと反応した。
「あ、ごめんなさい。くすぐったくて...」
「い、いえ...」
陽太は必死に平静を装いながら、観察を続けた。
『能力者の皮膚は、一般人より体温が高い。特に能力使用後は、平均0.5度の上昇が見られる』
そんな観察結果を脳内でまとめながら、震える手で日焼け止めを塗り続ける。
「ねえ、陽太くん」
香織が顔を横に向けた。
「上手だね。気持ちいい」
その言葉に、陽太は手を止めそうになった。
「そ、そうですか?」
「うん。優しい手つきって言うか...」
「そうね」美咲も同意した。「丁寧で、いいと思う」
二人の言葉に、陽太の顔が真っ赤になる。観察官として冷静でいなければと思いつつ、意識してしまう自分がいた。
5
その夜、お楽しみの温泉タイムがやってきた。
「能力回復効果の測定のため、入浴前後でデータを取ります」
教官の説明を聞きながら、陽太は準備をする。
「男女で時間をずらして入浴。綾瀬は、それぞれの入浴後にデータを回収して分析すること」
「了解しました」
男子の入浴時間が先だった。陽太も温泉に入り、湯の成分を確認する。
「硫黄泉...能力回復には良さそうだ」
一人で入浴しながら、観察記録をまとめる。しかし、隣の女湯から声が聞こえてきた。
「あー、極楽〜」
香織の声だ。続いて、水音が聞こえる。
「本当ね。疲れが取れるわ」
美咲の声も聞こえてきた。どうやら、入浴時間が重なってしまったらしい。
仕切りは簡易的な竹垣だけ。声がはっきりと聞こえてくる。
「ねえ、美咲」
「なに?」
「今日の陽太くん、ずっと顔赤かったよね」
陽太はドキリとした。聞かれている。
「そうね...観察で緊張してたんじゃない?」
「そうかなあ。水着、ちょっと大胆すぎたかな」
「香織のは確かに...」
「美咲だって、いつもと違って大胆だったじゃん」
「あ、あれは動きやすさを重視して...」
竹垣の向こうで、二人が話し続ける。陽太は聞かないようにしようとしたが、どうしても耳に入ってきてしまう。
突然、強い風が吹いた。
バタン!
簡易的な竹垣の一部が倒れた。そして...。
「きゃっ!」
女湯が丸見えになってしまった。湯煙の向こうに、美咲と香織の姿が...。
「み、見ないで!」
美咲が慌てて湯に沈み込む。香織は手で胸を隠しながら、「きゃー!」と叫んだ。
陽太は反射的に目を閉じたが、一瞬見えてしまった光景が脳裏に焼き付いた。湯に濡れた二人の肌、湯気に包まれた身体の曲線...。
「す、すみません!」
陽太は目を閉じたまま、必死に謝った。
「竹垣が倒れて...わざとじゃないです!」
「わ、分かってる...でも、早く直して!」
美咲の声も震えている。
陽太は目を閉じたまま、手探りで竹垣を立て直そうとした。しかし、温泉の床は滑りやすく...。
「うわっ!」
足を滑らせ、陽太は湯の中に転倒した。水しぶきが上がり、またも悲鳴が響く。
「もう、陽太くん!」
「ご、ごめんなさい!」
なんとか竹垣を立て直し、陽太は這うようにして男湯に戻った。
心臓が激しく鼓動している。観察官として、冷静でいなければならないのに...。
6
温泉から上がった後、陽太は観察データをまとめていた。
『温泉入浴後、能力回復速度が通常の1.5倍に向上。特に硫黄泉は効果が高い』
真面目な観察記録を書きながらも、先ほどの光景が頭から離れない。
コンコン。
ドアをノックする音で、現実に引き戻された。
「綾瀬くん、います?」
美咲の声だった。陽太がドアを開けると、浴衣姿の美咲が立っていた。
「さっきは...その...」
美咲は俯きながら言った。温泉で見られたことを気にしているようだ。
「私こそ、すみませんでした。事故だったとはいえ...」
「わかってます。でも...」
美咲は顔を上げた。頬が赤く染まっている。
「観察記録には...書かないでよね?」
「も、もちろんです!」
陽太は慌てて首を振った。
そこへ、香織もやってきた。同じく浴衣姿で、髪がまだ少し濡れている。
「あ、美咲も来てたんだ」
「香織...」
「ねえ、せっかくだから三人で夜の海岸を散歩しない?」
香織の提案に、美咲も頷いた。
浴衣姿の二人と海岸を歩く。月明かりが波打ち際を照らし、ロマンチックな雰囲気だった。
「きれいね」
美咲が呟いた。
「うん。なんか、特別な感じ」
香織も同意する。
陽太は二人の横顔を見ながら、この瞬間を記憶に刻んだ。これも大切な観察記録...いや、思い出になるだろう。
7
翌日の午後、特別プログラムが組まれた。
「夜間の能力観察を行います」
教官が説明する。
「月光下での能力変化、特に水辺での現象を記録します」
日が沈み、月が昇ってきた頃、生徒たちは再び海岸に集合した。
今回も水着着用。月明かりの下で、香織と美咲の姿がより幻想的に見えた。
「じゃあ、始めましょう」
二人が波打ち際で能力を発動する。月光が能力の光と混じり合い、美しい情景を作り出した。
「月光下では、能力の光がより鮮明に...」
陽太が記録していると、突然大きな波が押し寄せた。
「きゃっ!」
香織が波に呑まれ、よろめく。そして...。
「あっ!」
波の衝撃で、香織のビキニのトップが外れてしまった。
「きゃー!」
香織は慌てて胸を手で隠す。外れたトップは波に流されていく。
「た、大変!」
陽太は反射的に海に飛び込み、流されたトップを追った。なんとか回収し、香織に渡す。
「あ、ありがとう...」
香織は真っ赤になりながら、背を向けてトップを着け直した。
その隣で、美咲も波をかぶってずぶ濡れになっていた。黒いビキニが水を含み、身体に張り付いている。月光に照らされた濡れた肌が...。
「寒いね...」
美咲が震えながら言った。確かに、夜の海風は冷たい。
「タオル、持ってきます」
陽太は急いでタオルを取りに行き、二人に渡した。
「ありがとう」
タオルで身体を拭く二人。その仕草さえも、月明かりの下では妙に色っぽく見えてしまう。
陽太は観察を続けながら、平常心を保つのに必死だった。
8
三日目の夜、学園主催の花火大会が開催された。
生徒たちは浴衣に着替え、海岸に集まった。陽太も、宿で借りた浴衣を着ている。
「陽太くん〜」
香織が手を振ってやってきた。赤い浴衣に、髪を高く結い上げている。しかし...。
「その浴衣、少し小さくない?」
陽太が指摘すると、香織は苦笑いした。
「サイズがこれしかなくて...ちょっときついかも」
確かに、丈が短く、座ると太ももが見えそうなくらいだ。帯もきつそうで、胸元が強調されている。
美咲もやってきた。紺色の浴衣だが、やはりサイズが小さめらしい。
「私も...これしかなくて」
動くたびに裾がはだけそうで、美咲は気にしている様子だった。
三人で花火を見る場所を探し、砂浜に座った。
「始まるね」
花火が打ち上がり始める。色とりどりの光が夜空を彩った。
「きれい...」
香織が見とれている。その横顔を、陽太はそっと見つめた。
「陽太くん」
突然、香織が陽太の手を握った。
「え?」
「なんか...こういうの、いいよね」
香織は花火を見ながら言った。その手は温かく、柔らかい。
反対側では、美咲も陽太に寄り添うように座っていた。肩が触れ合う距離で、美咲の体温を感じる。
「私たち、いいチームよね」
美咲が小さく呟いた。
「最初は、観察されるのが嫌だったけど...今は違う」
「うん」香織も同意した。「陽太くんがいてくれて、心強い」
二人の言葉に、陽太は胸が熱くなった。
「僕も...二人を観察できて、幸せです」
素直な気持ちを口にする。花火の光が、三人の顔を照らした。
「ねえ」
香織が言った。
「この帯、きつくて...ちょっと緩めてくれない?」
「え?」
「陽太くん、お願い」
香織は背中を向けた。陽太は恐る恐る、帯に手をかける。
「もう少し...あ、そこ」
帯を緩める際、浴衣の合わせ目が少し開いた。白い肌が月明かりに浮かび上がる。
「私も...」
美咲も遠慮がちに言った。
「私も、きついから...」
陽太は美咲の帯も調整した。指が震え、冷や汗が出る。
しかし、二人は無邪気に花火を楽しんでいる。信頼されているんだと思うと、緊張しつつも嬉しかった。
9
合宿最終日の前夜。
陽太は自室で、これまでの観察記録をまとめていた。水中での能力変化、温泉の効果、月光下での現象...。充実したデータが集まっている。
コンコン。
ドアをノックする音がした。時計を見ると、午後11時過ぎ。こんな時間に誰だろう?
ドアを開けると、香織と美咲が立っていた。二人ともパジャマ姿で...。
「ご、ごめんね。こんな時間に」
香織が申し訳なさそうに言った。パジャマはピンクの上下で、可愛らしいが露出も多い。
「明日で合宿も終わりでしょ?だから...」
美咲も言葉を続けた。白いシンプルなパジャマだが、薄手で透けそうだ。
「お話したくて」
二人は部屋に入ってきた。陽太は慌てた。
「え、でも、男子の部屋に...」
「ちょっとだけ」
香織がお願いするように言った。
結局、三人で部屋で話すことになった。ベッドに腰掛ける二人。パジャマ姿が妙に生々しい。
「この数日間、楽しかったね」
香織が言った。
「うん。普段の訓練とは違って」
美咲も頷く。
「陽太くんも、お疲れ様」
「観察、大変だったでしょ?」
二人の気遣いに、陽太は感謝した。
「いえ、貴重なデータが取れました」
「それだけ?」
香織が悪戯っぽく聞いた。
「他には...何も感じなかった?」
その質問に、陽太は詰まった。正直に言えば、観察以外のことばかり考えていた。二人の水着姿、温泉での出来事、浴衣姿...。
「あの...」
言葉を選んでいると、香織が身を乗り出した。
「ねえ、一緒に寝ちゃう?」
「は?」
陽太は耳を疑った。
「冗談よ」
香織は笑った。しかし、その目は真剣にも見えた。
「それは...ダメよ」
美咲が赤面しながら止めた。
「そうだよね」
香織も頷いたが、少し残念そうだった。
結局、二人は部屋に戻っていった。しかし、陽太の胸の鼓動は、なかなか収まらなかった。
10
最終日の朝。
陽太は早起きして、一人で露天風呂に向かった。まだ薄暗い時間帯で、誰もいない。
湯に浸かりながら、この数日間の観察記録を頭の中で整理する。得られたデータは予想以上に豊富だった。
「温泉の成分と能力回復の相関関係...」
呟きながら、新しい発見について考察する。特定の泉質が、能力の一時的増幅効果を持つ可能性がある。これは論文になりそうだ。
「おはよう」
突然、声がした。竹垣の向こう、女湯からだ。
「美咲さん?」
「ええ。早いのね」
続いて、水音がした。香織も来たらしい。
「陽太くんも早起きだね」
「ええ、最後にデータを整理しようと思って」
竹垣越しの会話。お互いの姿は見えないが、声ははっきりと聞こえる。
「ねえ」
香織が言った。
「この合宿、どうだった?」
「充実していました。貴重なデータが...」
「そうじゃなくて」
香織が遮った。
「私たちのこと、どう思った?」
難しい質問だった。観察官として答えるべきか、一人の男子として答えるべきか。
「正直に言うと...」
陽太は深呼吸した。
「ドキドキしっぱなしでした」
静寂が流れた。そして...。
「ふふっ」
美咲の笑い声が聞こえた。
「やっぱりね」
「陽太くんって、意外と可愛いところあるよね」
香織も笑った。
二人の反応に、陽太は恥ずかしくなった。しかし同時に、何か温かいものを感じた。
「でも」
美咲が真面目な声で言った。
「真摯に観察してくれて、ありがとう」
「うん。陽太くんだから、安心できた」
香織も同意した。
その言葉に、陽太は観察官としての誇りを新たにした。
11
帰りの電車。
合宿の疲れか、車内は静かだった。陽太は三人掛けの座席の真ん中に座っていた。
「ふあぁ...」
香織が大きなあくびをした。
「眠い...」
「私も...」
美咲も目をこすっている。二人とも、数日間の訓練で疲労が溜まっているようだ。
電車が動き出すと、香織がウトウトし始めた。そして...。
「すー...」
陽太の肩に、香織の頭がもたれかかってきた。
「あ...」
起こすべきか迷っていると、反対側からも重みを感じた。
「ん...」
美咲も、陽太の肩に寄りかかって眠り始めたのだ。
両側から二人に挟まれ、陽太は身動きが取れなくなった。柔らかな感触と、甘い香りに包まれる。
「これは...」
観察記録として書くべきか?いや、さすがにこれは...。
しかし、二人の寝顔を見ると、起こすのも忍びない。陽太はそのまま、二人の眠りを守ることにした。
窓の外を流れる景色を眺めながら、陽太は思った。
この数日間は、観察官として多くの発見があった。水中での能力変化、温泉の効果、月光の影響...。全て貴重なデータだ。
しかし、それ以上に大切なものもあった。美咲と香織との絆。信頼関係。そして...。
「ん...陽太くん...」
香織が寝言を言った。その声に、陽太の胸が高鳴る。
「もう少し...こうしていたいな...」
美咲も無意識に呟いた。
二人の言葉に、陽太は微笑んだ。これも、ある意味では観察記録かもしれない。ただし、心の中だけに留めておく、特別な記録として。
12
学園に到着すると、他の生徒たちは先に帰っていった。陽太は、観察データの提出があるため、職員室に向かった。
「お疲れ様でした」
藤堂先生が、資料を受け取った。
「かなり詳細なデータね。期待以上よ」
「ありがとうございます」
「でも...」
藤堂先生は、意味深な笑みを浮かべた。
「観察以外にも、色々あったんじゃない?」
「え?」
「若いんだから、当然よ」
先生は肩をすくめた。
「美咲と香織も、あなたのことを信頼しているみたいだし」
その言葉に、陽太は頬が熱くなるのを感じた。
職員室を出ると、美咲と香織が待っていた。
「やっと終わった?」
「データ提出、お疲れ様」
二人は普段の制服姿に戻っていた。それでも、この数日間の出来事が、まるで夢のように思える。
「あの...」
陽太が言いかけると、香織が遮った。
「内緒だよ?」
「え?」
「この合宿のこと。特別な思い出」
香織はウインクした。
「そうね」
美咲も頷いた。
「観察記録には載らない、私たちだけの秘密」
三人は顔を見合わせて、笑った。
夕陽が校舎を照らす中、陽太は確信した。
観察官としての仕事は、まだまだ続く。これからも、美咲と香織の成長を見守り、記録していく。
しかし、この夏の思い出は、特別な宝物として、心の中に大切にしまっておこう。
「また明日ね」
「うん、また明日」
三人は別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路についた。
陽太は記録ノートを抱えながら、夕焼け空を見上げた。
最弱記録係の夏休み。それは、かけがえのない経験となった。観察官として、そして一人の高校生として、忘れられない夏になったのだった。
完




