第4話:取引の始まり、村と兵の境界線
▶前回までのあらすじ
戦から命からがら逃れた義昌(湊)は、村人との交渉に臨む。
その日、俺はわずかな護衛を連れて村の集会所に姿を現した。
甲冑ではなく、汚れた着物姿。あえて武装を見せず、相手に威圧感を与えない格好を選んだ。
目の前には、農民たちが警戒心を隠しきれない顔で並んでいる。
若者は少なく、年老いた者と女たちが目立つ。戦によって男手を取られた村の現実が、静かにそこにあった。
「本日は、お話の時間を頂き感謝する」
俺はゆっくりと頭を下げた。武将としては異例の低姿勢。
ざわつきが広がる。隣に立つ千田兵庫が一歩前に出ようとするのを、俺は手で制した。
「我らは貴殿らの村を荒らすために来たのではない。兵を休ませる場所が必要だ。だが、それで村を滅ぼしては元も子もない」
農民のひとりが声を上げた。
「ならば、兵に穀を分けろと?」
「いや、取引をしたい。こちらには労働力がある。百人以上の男手を、収穫期に数日だけ貸そう。代わりに、我らの兵に三日分の食糧を分けてくれ」
「……信用していいのか?」
「働きぶりを見てから、報酬の米を減らすのも、断るのも、君たちの判断で構わない。ただ、信じて欲しい——これは“奪い取る”のではなく、“持ち寄る”提案だ」
沈黙が落ちた。
(さて、ここが勝負所だ)
俺は口を閉ざし、視線を下げた。圧をかけず、判断を委ねる姿勢を見せる。
現代で何度もやってきた、クライアントへの“待ち”の時間。
沈黙を恐れて言い訳を重ねるのは、交渉の敗北だ。
やがて、一人の老婆が静かに言った。
「……言葉だけなら、武士は幾らでも立派なことを言うてきた。だが、そのあと村は焼け、娘は攫われた」
どこかで聞いたような話だった。歴史の中に繰り返される、名もなき人々の痛み。
俺は立ち上がり、深く一礼した。
「それでも、俺は信じてほしい。過去がどうであれ、俺は“違う”と証明するつもりで来た」
そして、腰に差していた短刀を静かに外し、床に置いた。
「これは、武士の命。——俺は今日、それをここに預ける」
村人たちの表情が一斉に変わった。
千田が目を見開き、声を上げかけたが、俺はゆっくりと首を横に振った。
(武力では得られない信頼がある。ここでは、それを掴む)
「まずは、五人。信頼できる者に畑の案内を頼みたい。兵を送るのはそれからだ。互いに一歩ずつ、信じられるようになろう」
老婆が俺の顔をじっと見つめる。やがて、うなずいた。
「……ほんに、変わったお人じゃ。よかろう、信じてみようかの」
(信じてもらえたとは思わない。ただ、ほんのわずかな「試される猶予」を得ただけだ)
それでも、空気には微かな変化が生まれた。
俺はようやく、小さく息をついた。
(“取引”は成功した。あとは、成果を見せるだけだ)
——だがそのとき、村の外れから怒声が響いた。
俺は顔を上げた。
(……さて、最初の試練はもう少し先、と思ってたんだがな)
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これから毎日更新予定です。ぜひ、戦国を“最適解”で生き抜く義昌(湊)の物語を見守ってください。
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