第35話:決意の朝
静かな朝だった。
村の空気はどこか凛としていて、それでいて優しかった。
湊――いや、義昌は、いつもの小道を歩いていた。
ここで交わした言葉も、ここで誰かが泣いていた日も、すべてが少しずつ胸の中に残っている。
だから、決めたのだ。
「……もう、守ると決めたからには、迷わない」
道の先に、ひとりの少年がいた。
かつて義昌が命を救った子どもである庄吉だった。まだ幼さを残す顔に、ひと筋の汗を浮かべながら、薪を運んでいる。
「おう、義昌さま」
声をかけると、庄吉は屈託のない笑顔を浮かべた。
「旅の支度かい? 馬屋の準備は、もうできてるってよ」
「ありがとう、庄吉」
義昌は、少年の頭に手を置いた。かつて弱々しかった手足は、今や逞しさを帯びつつある。
「いってらっしゃい。……村のことは、任せといて」
言葉に込められたのは、村を守るという、静かな覚悟だった。
義昌はゆっくりと頷いた。
広場には、すでに数頭の馬と荷車が集められていた。
宇乃吉が、手を振りながら待っている。
「よう、お武家さま。ほら、あんたが出るとなりゃ、少しは格好つけなきゃなんねえだろ」
商人らしく陽気に笑いながら、布袋に詰め込んだ干し肉や薬草、酒の瓶まで揃えていた。
「馬も人数分、用意してある。武具もな。……ったく、損な役回りばっかり押し付けやがって」
「すまない」
「謝るくらいなら、ちゃんと帰ってこいよ。……そしたらまた、今度は商売の話でもしようぜ」
義昌は微笑んで、手を差し出した。
宇乃吉は一瞬きょとんとし、それからぶっきらぼうに握り返した。
村の外れにある小さな社の前――
その傍らで、村の老婆が仏前に手を合わせていた。
義昌は、静かに背後から頭を下げる。
「……まだ終わっちゃいません。俺は、この村の未来を守りに行ってきます」
老婆は何も言わなかった。ただ、ゆっくりと目を閉じ、再び手を合わせた。
祈りが、背中を押してくれる。
義昌は馬に乗り、手綱を握る。
その背には、十余名の若者たちがいた。かつて戦を知らなかった者たち――だが今は皆、己の意思でここにいる。
(俺は……もう、逃げない)
戦は近い。
だが、恐れよりも先に、守りたいものがある。
義昌は、空を見上げた。
深く吸い込んだ朝の空気が、胸に沁みる。
そして、彼は静かに告げた。
「行こう。俺たちの戦だ」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この『裏切りの最適解』は当初より、「戦国×合理×裏切り」を軸に描いてまいりましたが、話数を重ねる中で、当初の想定よりも展開が大幅に遅れてしまいました。
三方ヶ原の戦いを一つの大きな節目として描くはずが、気がつけば40話近く費やしてなお突入できていないという状況になっており、これは読者の方にとっても、作者にとっても理想的な形とは言えないと判断いたしました。
そのため、本作は一度ここで更新を終了し、全体構成を見直したうえで“完全な形でのリライト版”を投稿したいと考えています…それがいつかになるかは未定ですが。
なお、本作の今の形は35話の公開から1週間後に非公開とさせていただきます。
ブックマークやお気に入りをしてくださった皆様には心より感謝申し上げます。
最後に――
この作品を通じて、皆様の心に何かひとつでも残せたのなら、それ以上に嬉しいことはありません。
新たな形で、またお会いできる日を楽しみにしています。
――作者より




