第3話:戦の翌朝、数字で村を救う
▶前回までのあらすじ
木曽義昌として転生した湊は、敵味方も分からぬ中指揮を取る。
——翌朝。
火は消え、煙はまだ漂っていた。野営地には、すすで黒くなった甲冑と、静まり返った空気が残っている。
「……あれだけの混乱で、生き延びたのは奇跡だな」
俺は地図らしき和紙の巻物を広げ、膝を抱えるようにして座っていた。
周囲では傷を手当てされる兵や、亡骸の前で祈る者の姿が見える。
前日の夜、即興の撤退作戦は成功した。丘の地形を利用し、包囲を脱して山中へと逃れた木曽軍は、なんとか壊滅を免れた。
ただし被害は大きく、兵の多くが疲労しきっている。
「義昌様……いえ、失礼を。……こちらの報告書です」
千田兵庫がそっと差し出したのは、昨晩の損耗記録だった。
人数、負傷者、残った物資。地味だが重要なデータのかたまり。
俺はそれを受け取りながら、兵庫の一瞬の躊躇に気づいた。
(疲労のせいか、それとも戦の損耗に気落ちしているのか……)
「ありがとう。……これは助かる」
(数字を見れば、全部わかる。兵の疲労率、補給線の限界、今後の交渉材料——)
俺の目が数字の羅列をすべる。そこに“人間の限界”が、グラフのように浮かび上がってくる。
「この村……次の拠点にしようとしている場所、食料の備蓄は?」
「農家が二十軒、米の在庫は十俵程度と」
(……気のせいか? 少ない気がする。勘違いなら良いのだが……)
俺は報告書に目を落とし、もう一度頭の中で人数と在庫量を照らし合わせた。
(……いや、やっぱり足りない。二百人以上を養うには、どう考えても無理だ)
「このままでは、村も俺たちも共倒れだ」
「では、強制徴発を……」
「それをやって、何人が逃げて、何人が敵側に情報を流すと思う?」
俺の声は低かったが、明確だった。
千田ははっとして、口を閉じた。
「村を守るためには、村の人間の信用を得るしかない。兵の胃袋と一緒に、村の未来を計算するんだよ」
「……どうなさるおつもりで?」
俺は立ち上がり、地面に棒で図を書きはじめた。
農作物の収量と人手、今後の補給ルート、村の働き手の年齢分布。
(交渉なんて、うまくいく保証はない。下手を打てば、村に逃げられ、兵は飢え、俺たちは終わる。——だが、やるしかない)
「まずは村に“交渉”に行く。こっちは兵を休ませたい。向こうは収穫期を控えて人手が必要。だから——」
「……労働提供による物資交換、ですか?」
「ビジネスってのはな、持ってるものの交換から始まるんだ」
俺は自嘲気味に笑った。
(俺は、かつて搾取される側だった。でも、ここでは違う。俺がルールを作る)
小さな村、疲弊した兵、ぎりぎりの食料。
その中で俺は、戦をしない“取引”で、初めての勝利を狙おうとしていた。
「まずは、“食える兵”を作る。戦は、その先だ。」
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これから毎日更新予定です。ぜひ、戦国を“最適解”で生き抜く義昌(湊)の物語を見守ってください。
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