第25話:夜に溶けた声
▶前回までのあらすじ
仁兵衛の行動に揺れつつも、義昌は“裏切り”の背後にあった覚悟を受け取る。
重すぎる決断の火を継ぎ、今度は自分が村のために前に立つと誓う――。
夜の冷たさに、ようやく火の温もりが勝りはじめていた。
焚き火の残り火が、ちらちらと小さく踊る村の広場。
その傍らに、小さな背中がひとつ、ぽつんと佇んでいた。
「庄吉……?」
声をかけると、彼はゆっくりと振り返った。
焦点の合わない目が、どこか遠くを見つめている。
いつもの元気は影もなく、肩が夜風に揺れていた。
「……ねぇ、殿」
「どうした?」
庄吉は少し口を開き、何かを探すように宙を見つめてから、ぽつりと呟いた。
「俺……聞いちゃったんだ。前に、仁兵衛さんが……ぽつりと、言ったんだよ。
『俺にも、お前くらいの妹がいたんだ』って……」
「……妹?」
思わず聞き返していた。
仁兵衛がそんな話をした記憶はない。
いつも近くにいたはずなのに、一度も――。
「すぐに話を逸らしてたけど……なんか、忘れられなくて」
庄吉の声は小さいが、その奥には確かな熱があった。
焚き火の橙が、彼の頬を淡く照らす。
「それとね……少し前の話だけど、仁兵衛さんと慎吾さんが、詰所の裏で話してるのを見ちゃったんだ」
庄吉の声が震える。
「……“俺が失敗したら、妹がどうなるか……”って。
慎吾さん、ほんとに、泣きそうな顔でさ。
『お前にしか……頼めない』って、何度も、何度も頭を下げてた……」
その場面が、目に浮かぶようだった。
人目のない裏手で、慎吾が必死に頭を下げる。
仁兵衛が何も言わずに、それを黙って受け止めていた。
――そして。
「そしたら次の日、仁兵衛さん……いなくなった」
庄吉は膝を抱え、うつむいた。
火の音だけが、ぱち、ぱち、と静かに響いていた。
夜は冷たいはずなのに、彼の背中だけが、どこか熱を帯びているように見えた。
「もしかして……俺が、聞いちゃったから……」
その呟きに、俺はそっと膝をついて、目線を合わせた。
「庄吉。……お前のせいじゃないよ」
「……」
「仁兵衛は、自分の意志で動いたんだ。お前が見てたかなんて、関係ない。
……たぶん、あいつは最初から、覚悟してたんだよ」
庄吉の肩が、わずかに揺れた。
俺は、言葉を選びながら続ける。
「仁兵衛はさ、誰かのために動くやつだった。
昔、守れなかった人のことを……きっと、ずっと抱えてたんだと思う。
だから、慎吾の頼みを聞いた。それが、あいつの中で“正しい”と思えたから」
その言葉が、夜気にほどけていく。
「……でもな。お前が責任を感じる必要なんて、どこにもない。
仁兵衛が選んだ道は、仁兵衛のものだ。
お前は――ただ、それを知っただけだよ」
「……うん」
かすれた返事が、焚き火の揺らぎに吸い込まれていく。
俺は橙の火を見つめた。
揺れる光の奥に、仁兵衛の背中が見えた気がした。
(あいつは、もう一度……あのとき守れなかった“何か”に、向き合おうとしていた)
胸の奥が、少しだけ、あたたかくなった気がした。
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