第24話:受け継がれた火
▶前回までのあらすじ
仁兵衛は、真意を明かさぬまま村を去った。それは裏切りか、忠義か。
答えのないまま、義昌は“次”へ進む覚悟を決める――
広場の火は、すでに小さくなっていた。
朝露が冷たく地を濡らし、空はまだ灰色のまま。
俺は、仁兵衛が遺した火ばさみを手に取った。
煤の匂い。柄の先に、擦れたような指の跡。
文字――「すまん」。
(本当に、これで……よかったのか?)
村を裏切ったとも、守ったとも言い切れない。
けれど俺は、感じていた。
あの焚き火の前で、あいつが見せた目――
それは、すべてを呑み込み、なお歩もうとする者の覚悟だった。
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詰所に戻ると、宗次郎と新之助が待っていた。
「殿。今朝方、武田の使いが北の道を下っていったとの報せが入りました。村には寄らず、南の山道へ向かった模様です」
「……我らを避けた、か」
「おそらくは。昨夜の一件が、何らかの影響を与えた可能性もあります」
宗次郎は目を細めながら、俺を見た。
「仁兵衛の行動、やはり“抑止”だったと?」
俺は静かにうなずいた。
「そうだ。“武田よ、お前らも無傷では済まん”――そう伝えるために、帳簿を渡したんだ」
「……だが、それでは逆効果となる可能性もありますな。食料が尽きかけていると知られれば、かえって好機と見なされるかもしれない」
宗次郎の言葉に、俺は沈黙する。
(……それでも、仁兵衛は動いた。己の首を差し出してでも、この村に“何か”を残そうとした)
「……あいつの行動は、結果がすべてだ。もし今、武田が村を避けたというなら――その抑止は、成立したということになる」
「それは結果論にすぎません」
宗次郎の声に、責める色はなかった。
だがその冷静さは、俺の胸に鋭く突き刺さった。
「殿。あの男がしたことは、やはり裏切りです。意図がどうあれ、独断で帳簿を持ち出し、敵に渡した。それが許されるならば、秩序など意味をなさなくなる」
「……わかっている」
俺は目を伏せた。
(それでも、あの焚き火の前で――あいつは俺に何かを託した)
(自らの命を切り捨ててまで、守ろうとした“何か”が、そこにはあった)
---
その日の夕刻、広場には新たな焚き火が灯された。
集まったのは、主だった者たち――権六、兵庫、新之助、宗次郎、そして村の若い者たち。
俺は皆の前に立ち、言葉を絞り出した。
「仁兵衛は、もう戻らん。彼の行動が正しかったかどうか、それを今ここで断ずることはしない」
「だが、あの火の前で彼が遺した“覚悟”――それだけは、俺が受け取る」
ざわめきも、反論もなかった。
皆、ただ静かに焚き火を見つめていた。
(判断を誤れば、俺もまた、あいつと同じように……)
そう思いながらも、俺は前を向いた。
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【夜】
俺は見張り台に立っていた。
夜風が頬を撫でる。遠くで鹿の声がする。
(仁兵衛。お前の選んだ手段は、重すぎる)
(独断で帳簿を持ち出したこと。内容次第では、この村が攻められていたかもしれない)
(それでも、あの日の俺には決断できなかった)
だからこそ、あいつが動いたのだ。
自ら“罪”を背負ってでも、村を守ろうとした。
「次は……俺が前に出る」
呟いた言葉は、風にさらわれた。
だが火の気配だけは、たしかに俺の中に残っていた。
仁兵衛が遺したその火を、俺は――決して絶やさない。
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