第22話:信じたいという罪
▶前回までのあらすじ: 慎吾に帳簿盗難の疑いがかかる中、仁兵衛の行動に不審な点が現れ始める。義昌(湊)は、“信じたい”という想いと、“理”による決断の狭間で揺れていた。
朝焼けが、村の柵を紅く染めていた。
静寂の中、俺はひとり見張り台に立っていた。
吹きつける風が、木のきしむ音を連れてくる。
昨夜、宗次郎が告げた“戻る足跡”。
小屋の鍵が壊されていなかったこと。
そして、仁兵衛の曖昧な行動理由。
――すべてが、嫌な形で繋がっていた。
(あいつが“抜いた”と断じるには、証が足りない。
けれど、庇うには……理由が、見えない)
疑念が喉の奥で燻る。
火の番を遅らせて井戸に行っていたという仁兵衛の言葉。
夜の警戒を離れてまで水を汲みに行くのは、理由としてはあまりにも弱い。
(なぜだ……なぜ、お前は言い訳もせず、ただ沈黙する)
聞き出せばいい。問い詰めればいい。
だが、そうすれば――きっと、あいつは“すべてを飲み込む”。
その沈黙の奥に、何があるのか。
俺には、見通せない。
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詰所に戻ると、新之助が帳簿を抱えて待っていた。
「……権六殿の再点検、まとめました。やはり、抜かれた分は正確に“必要量”です。無闇に持ち出された形跡はありません」
「つまり、向こうの要求と合致していた、と」
「……はい」
言外の意味は伝わる。
これは、“村の中に協力者がいる”ということだ。
新之助は言いづらそうに、ひとこと添えた。
「仁兵衛殿は……真面目な方です。あの人が、裏でそんなことをするとは……思いたくありません」
俺はその言葉に、心の中でうなだれた。
「“思いたい”では、決断できない」
そう、自分に言い聞かせるように。
新之助は何も言わず、深く頭を下げて出ていった。
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昼過ぎ、集会所で緊急会議が開かれた。
権六、宗次郎、新之助、兵庫。そして俺。
「……このまま何もせずにいるわけにはいかん」
権六の声はいつになく厳しかった。
「内部に協力者がいるなら、また同じことが起きる。備蓄の抜き取りはまだいい。次は、命が狙われるかもしれん」
「慎吾の件との関連は?」と兵庫が問う。
宗次郎が答えた。
「“影”が動いた時間と、備蓄の消失時刻は一致していました。帳簿を持って出た誰かが、情報だけを渡し、戻ってきた可能性もある」
視線が、俺に集中する。
決断の時が迫っていた。
仁兵衛に問うべきか。沙汰を下すべきか。
(……決められない理由は、俺の“弱さ”だ)
信じたい。だけど、疑念がある。
そして、“この村を守る”という重責がある。
(情を優先すれば、誰かが死ぬ。理を優先すれば、誰かの信念が踏みにじられる)
そのどちらも、俺の中では“正しい”。
――だが、選ばなければならないのが、殿という役目だ。
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夕刻。
俺は広場の焚き火のそばで、ひとり佇んでいた。
やがて、足音が近づいた。仁兵衛だった。
無言で立つ俺に、軽く頭を下げる。
「火、足しますか」
「ああ……頼む」
そう言ったが、視線は合わせなかった。
火ばさみで薪を組むその手は、変わらず器用で丁寧だった。
この手で、どれだけ村を支えてきたか――俺は知っている。
だからこそ、決められない。
この男を“裏切り者”として処すには、根拠が足りない。
だが、“信じる”には、あまりに説明が足りない。
仁兵衛は、静かに呟いた。
「……殿。俺のこと、疑っておられますか」
俺は答えなかった。
代わりに、ただ火の揺らぎを見ていた。
(答えられない。疑っている。けれど、断じられない)
この葛藤こそが、“信じたいという罪”なのだ。
これからは【週一更新】で、じっくり描いていきます。
金曜のお楽しみにしていただけたら嬉しいです!




