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第21話:戻る足跡

▶前回までのあらすじ

義昌(湊)の元に届いた、宗次郎の報告――そこには、かつて村を去った慎吾の影があった。



朝霧が薄く立ち込める広場に、緊張が走っていた。


 備蓄小屋に忍び込んだ者がいる。盗まれたのは――帳簿だった。


 物資そのものではない。

 だが、数字こそがこの村の命綱だ。量、配分、備え。それらすべてを記録した帳面。


 それが消えたということは、村の命を握られたに等しい。


「鍵は……壊されておらん」


 宗次郎の声が、やけに冷静だった。


「開けられた。中からな」


 湊は、胸の内に鈍いものを感じていた。

 この村で鍵を扱える者は限られている。兵でも数名、村人に至ってはもっと少ない。


 これは、内部の犯行だ。


「他に気になる点は?」


「……入口の土が乱れていた。誰かが、外からではなく“戻る”ように歩いた痕跡がある」


 湊は頷いた。


(戻る……誰かが、中の情報を持ち出して、それを持って、戻ってきた)


 それは、まるで“盗みではなく、報告”だ。

 武田方への報告――。


 思い浮かぶ顔が、あった。

 慎吾。


 そして、もう一人。


 仁兵衛。


 あの日の夜。会議を“こっそり聞いていた”はずの仁兵衛。

 その行動を咎めはしなかった。

 だが――


(……見逃したのは、失策だったか)


「……権六。念のため、備蓄小屋の見張りを増やしておけ。今後、出入りにも目を光らせるように」


「心得た」


 命じながらも、胸の奥に残るざらつきが消えない。


---


 その夜、焚き火の前。

 仁兵衛は、湊の前で黙っていた。


「……で。お前が見張りから外れていたのは、なぜだ?」


 湊の声は静かだった。

 怒りも、疑いも、露骨には出さない。ただ、真っ直ぐだった。


 仁兵衛は、少し俯いた。


「……火の番が遅くなってて。水を汲みに、井戸の方まで」


 言い訳としては、薄い。

 だが、その顔に“嘘をついている”という気配は見えない。


「偶然、だと?」


「……はい」


 短く、だが力なく頷く。


(だが、それだけか?)


 湊は、視線を焚き火に落とす。

 赤く燃える炎の奥に、揺れる何かを感じていた。


---


 一方、宗次郎は静かに詰所に戻りながら、独り言のように呟いていた。


「“戻る足跡”……それはつまり、敵が内にいるということだ」


 顔には出さなかったが、疑念は確実に深まっていた。


(敵が外にいるなら、対処はできる。だが、内側にいるなら――)


 宗次郎の拳が、静かに震えていた。


---


 夜更け。

 仁兵衛は一人、外れの柵に腰掛けていた。

 その手には、丸められた小さな布。

 何度も指先で触れた跡がある。


「……慎吾。お前、何をしてるんだよ」


 ぽつりと、呟いた。


 誰にも聞かせるつもりはなかった。

 けれど、抑えきれずに言葉が漏れた。


(……俺が、見逃したのか。

 それとも、信じてたから、見ないふりをしたのか)


 風が、冷たく吹き抜ける。


 そのとき、遠くの闇の中で、ひときわ鋭い鳥の声が響いた。


 仁兵衛は、顔を上げる。


 目の前にあるのは、広がる闇と、うっすら白む東の空だった。


 自分の“選んだこと”が、村の明日をどう変えてしまうのか。

 その答えは、まだ見えない。


(……殿。もし、あんたが本当に全部見通してるなら。

 それでも俺を信じてくれるなら。


 どうか、もう一度――俺のこと、叱ってくれ)


 その言葉は、夜の闇に溶けていった。


 月は隠れ、雲が低く垂れ込めていた。


『裏切りの最適解』を楽しんでくださっている皆さまへ。

いつも本当にありがとうございます!


これまで毎日投稿で進めてきましたが、今後は【毎週金曜日の週一更新】に変更させていただきます。


理由はひとつ。「もっと書きたい物語が、いくつもある」からです。


『最適解』を描くことが嫌になったわけではありません。ただ、自分の中で今、どうしても書いておきたい物語たちが次々に浮かんでくる。

だからこそ、無理に更新を詰め込むより、それぞれの物語と丁寧に向き合う時間を持たせていただきたいと思いました。


もちろん『最適解』は、最後まできちんと描くつもりです。

更新は少しゆっくりになりますが、読むたび心が動く作品を目指して、これからも全力で描いていきます。


そしていつか、新たな物語たちもご紹介できる日が来たら、そちらにも目を向けていただけたら嬉しいです。


これからも、よろしくお願いいたします!


――シロノとその弟子

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