第20話:影はすでに、傍に
▶前回までのあらすじ
村の門前に倒れていた謎の男は、焼き払われた村からの逃亡者だった。義昌(湊)は迫る脅威に備え、村全体の再編を決断する。
――夜明け直前、仄暗い空気が村を包んでいた。
詰所に灯された火の揺らぎが、義昌の横顔を淡く照らす。
「……動きが妙に早い。それが昨夜の感想か?」
「はい」
静かに答えたのは、宗次郎だった。冷静な目が、焚き火越しに義昌を見据えている。
「村を迂回するように、あえて姿を見せずに移動する影がありました。気配は一つだけ……足跡も、風で消えていましたが」
「――人間の動き、か?」
「獣ではありません。間違いなく、“こちらの存在を認識している者”の動きでした」
義昌は小さく目を細める。
(慎吾……なのか? それとも――)
「その“影”は、お前を避けたか?」
「ええ。まるで、こちらの見張りの配置を知っているかのように」
一瞬、室内の空気が冷たくなる。
(俺たちの動きが、読まれている? それとも――誰かが、外からこちらを“見ている”だけか)
宗次郎は言葉を選びながら、続けた。
「……あの夜、慎吾と名乗った男。あの男の目は、俺も見ました。あれが嘘をつける目だとは、どうしても思えませんでした」
義昌は、ゆっくりと頷いた。
「だが、信じたい気持ちが、判断を曇らせることもある」
「……それは、承知しています」
宗次郎の声音に、一瞬だけ迷いが滲んだ。
「ですが、もし奴が“こちら側”に戻ろうとしているのなら――見過ごすのも、また惜しいかと」
義昌は、返事をしなかった。ただ静かに立ち上がり、開いた扉の向こう、薄明の空を見上げた。
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その頃、村の外れ。枯れ枝が一本、静かに折れた。
風はなかった。
それでも、森の中に微かな気配が流れていた。
――そこに、ひとつの影があった。
男は、ぴくりとも動かず、ただ遠くの村を眺めていた。
火の灯る小屋、動く人影、交わされる言葉。
それを、声を出さずに、ただ見つめていた。
(あそこに、戻れるのか? いや……“戻っていい”人間なのか)
男は、唇を噛む。
木々の陰に身を潜め、身じろぎ一つしないまま、ただ目だけを、真っ直ぐに。
――あの夜、自分を解き放ってくれた男の、目を思い出していた。
(あの目を……今の俺は、正面から見られない)
そして、もう一人の男――仁兵衛の言葉も、耳に残っていた。
『……あんたが、本当に戻ってくるつもりなら。俺は、迎える側でいたい』
その言葉が、刺さった。
痛みでもあり、希望でもあった。
(だからこそ……俺は、戻る理由を、今はまだ……見つけられない)
影は立ち上がり、風もない森の奥へと静かに消えていった。
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「宗次郎、気配の報告、他の班にも共有しておけ。権六と兵庫には特に警戒を」
「承知」
義昌は、思案を巡らせながら、ふと口を開いた。
「……戻ってくる者を信じるか、それとも“敵”として割り切るか。難しい判断だな」
宗次郎は応えない。ただ、そっと目を伏せた。
その視線の先には、地図の上に置かれた小石があった。
“北の森”を示す場所に、ひとつだけ。
そこに、まだ名もない“影”がいた。
『裏切りの最適解』を楽しんでくださっている皆さまへ。
いつも本当にありがとうございます!
これまで毎日投稿で進めてきましたが、今後は【毎週金曜日の週一更新】に変更させていただきます。
理由はひとつ。「もっと書きたい物語が、いくつもある」からです。
『最適解』を描くことが嫌になったわけではありません。ただ、自分の中で今、どうしても書いておきたい物語たちが次々に浮かんでくる。
だからこそ、無理に更新を詰め込むより、それぞれの物語と丁寧に向き合う時間を持たせていただきたいと思いました。
もちろん『最適解』は、最後まできちんと描くつもりです。
更新は少しゆっくりになりますが、読むたび心が動く作品を目指して、これからも全力で描いていきます。
そしていつか、新たな物語たちもご紹介できる日が来たら、そちらにも目を向けていただけたら嬉しいです。
これからも、よろしくお願いいたします!
――シロノとその弟子




