第19話:芽吹く絆、揺らめく影
▶前回までのあらすじ
門前に倒れていた謎の男。その証言から、近隣の村が既に襲われていたことが発覚。義昌(湊)は、忍び寄る脅威に備えて動き出す。
風が強い朝だった。
広場に並ぶ者たちの髪が揺れ、空気にはぴんと張りつめた気配が漂っていた。 昨夜、義昌の指示で配置が見直された村の各所には、緊張した面持ちの兵と村人が立っていた。
徴発班の新之助は、炊き出し場の前で荷物をまとめていた。 その背後で、庄吉が重い袋をよろけながら運ぼうとし、バランスを崩した。
「あぶねっ……!」
仁兵衛がすっと手を伸ばし、肩を支えた。
「……気ぃつけろよ。腰、痛めるぞ」
「あ、ありがと……!」
庄吉が照れたように笑った。
少し前まで、どこかぎこちなかった二人の間に、わずかながらも言葉が交わされていた。 それは、義昌の描いた「生きる道」が、彼らの心に根を張り始めた証でもあった。
「新之助殿、これ積み終わりました!」
庄吉が駆け寄ってくる。
「ああ、ありがとうな。……って、手、冷たっ!」
新之助が笑いながら庄吉の手を触ると、思わず眉をしかめた。
「霜焼けひどくなってるじゃねぇか。薪、ちゃんとあっためて使えよ」
「うん、でも、皆の方が寒いと思って……」
言いかけた庄吉に、新之助はぽんと頭を軽く叩いた。
「そういうとこ、お前の姉ちゃんに似てんな」
「……そう?」
「ああ。優しすぎると、損するぞ」
そう言って、少し照れたように目を逸らした。 庄吉は嬉しそうに笑った。
その日、徴発班は山の中腹にある物資保管小屋へ向かった。 物資の補充と、武田兵への引き渡し準備のためだ。
仁兵衛は途中まで荷を運び、その後別の指示で村に戻っていた。日が傾きかけた頃、再び村の入口付近で庄吉と鉢合わせた。
「……なあ、庄吉」
「うん?」
「この前……お前が薬草のこと、五助に教わってたの、見てた。……すげぇな」
「え?」
「俺、小せぇ頃からこんなことしかできなくてよ。槍の稽古も苦手だし、力もねぇ。 でも、ああいうの、すげぇって思ったんだ。お前、ちゃんと“誰かの役に立ってる”って感じがした」
庄吉は、一瞬驚いた顔をした後、ゆっくりと首を振った。
「僕も……仁兵衛さんのこと、すごいって思ってたよ。いつもみんなの前に立って、黙って動いてて……格好良いなって」
「……そうか」
仁兵衛は少し面食らったような顔をして、それから噛みしめるように小さく笑った。
「そっか。……ありがとな」
その夜、焚き火を囲んで、防衛と徴発の主だった者たちによる密談が行われていた。
参加していたのは、義昌、兵庫、新之助、そして権六。
「……慎吾。あいつが、敵に戻る可能性……否めないだろう」
義昌の低い声が、炎の揺らぎに溶けた。
慎吾――かつて、義昌に命を救われた男。今は村を離れ、行方も知れない。
仁兵衛は、物陰でその言葉を聞いていた。偶然通りがかったのではない。夜遅くまで話し合う声に気付き、気がかりになって耳を傾けてしまったのだ。
胸の奥が、ざらついた。
あのとき、義昌に命を救われた男が、敵に戻るかもしれない。
それが“裏切り”なのか、“生きるための選択”なのか――自分にはまだ、分からなかった。
そのころ。
村の外れ、北の山道の奥。
見張りの宗次郎が、草むらの向こうに微かな“気配”を感じていた。
「……誰だ?」
返事はない。
風に揺れる枝葉の奥――一瞬、闇が動いたような錯覚。
宗次郎は慌てて視線を巡らせたが、そこには何もなかった。
「気のせい……じゃねぇ、よな……」
その背後、枝の影から誰かが去っていった。 音もなく、気配もなく。
夜の闇に溶けるように消えた“影”の存在に、まだ宗次郎以外誰も気づいていなかった。
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