第18話:砕かれし静寂、忍び寄る牙
▶前回までのあらすじ 義昌(湊)は、薬草の調合に向き合う庄吉たちの姿を見て、守るべき“命の種”が村に根付き始めていることを確信する。
夜明け前、村は深い靄に包まれていた。
その白さを裂くように、見張り番の叫びが響いた。
「門の外に、倒れた兵がいます!」
義昌はすぐに駆け寄ろうとするが、腕を伸ばして権六がそれを制した。
「どこの者とも知れぬ者に、いきなり駆け寄るな」
「……ああ、すまん」
慎重に近づき、刀を携えたまま様子を見る。
倒れていたのは若い男。袴は泥まみれで、息は浅く、額から血を流していた。
「武田の兵か? ……いや、違う」
衣の作りが粗い。村の者でも、木曽の兵でもない。野武士か、それとも……。
兵庫がしゃがみ込んで脈をとる。
「容体は悪いが……今夜は、何とか持ちそうだ」
「助けるか?」と仁兵衛が問う。
「放っておく選択肢もあるが、見殺しにして得られる信頼もない」
義昌は短く命じた。
「屋根のある小屋へ。だが、見張りをつけろ」
数刻後。
目覚めた男は、食事を運んだおみつの姿に怯え、荒い息をついた。
「ここは……どこだ」
「木曽の村です。あなたは門の外で倒れていて……」
「“木曽”……」
男の目が細くなる。
義昌はその反応を見逃さず、すぐに部屋に入った。
「名を、名乗れるか」
男は黙ったまま、食器に目を落とす。
義昌は続ける。
「お主を責めてはいない。だが、黙っておけば、誤解を招くだけだ」
「……三州の村を、襲われた」
男はぽつりと呟いた。
「三州の村? どこのことだい?」
おみつの素朴な問いかけに、男は顔を伏せる。
「峠を越えた先、村の名も、今ではもう……。火が上がって、皆、逃げ惑って……」
兵たちが集まる。
義昌は、静かに問いかけた。
「……なぜ、そんな話を、お前が知っている?」
男の肩がびくりと震える。
言葉の裏に、“お前はその村にいたのか、それとも――”という疑念が滲んでいた。
「逃げた。俺だけ、逃げた……!」
男が叫ぶように言った。
「兵の群れが来て、子供も女も関係なく……。俺は、怖くなって……!」
兵庫が、呟いた。
「……始まってるのか」
火の粉が、ここにも近づいている――その予感。
義昌は、手に力を込めた。
「兵庫、すぐに見張りの配置を見直せ。仁兵衛、外との連絡路を抑えろ」
「はっ」
「権六と宗次郎は防衛班を再編してくれ。新之助は五助と共に、村人たちに最低限の退避訓練を」
「了解だ」
「はい」
すぐさま広場に緊急の指示が飛ぶ。 村の者たちは、戸惑いながらも動いた。 数日前よりも早く、正確に、迷いなく。
夜。 焚き火を囲みながら、義昌は五助に問う。
「どう見た?」
「襲われた村ってのが本当なら、行軍の足がこっちに向いてるってことだろう。 昨日から、山道沿いの斥候が倍に増えてる。獣道の奥にも見張りを立ててるって報告があった 動きが妙に早ぇ……行き当たりばったりじゃねえ。“狙って動いてる”感じだ」
その言葉に、兵庫がうなずいた。
「偵察も増えてるしな。……情報が漏れている可能性も、ある」
「だが、俺たちはもう――無力ではない」
義昌はゆっくりと立ち上がり、夜空を見上げた。
雲の切れ間から、一つだけ星が覗いていた。
「準備は整えてきた。信頼も、力も、少しずつ芽吹いている」
その手で、刀の柄を静かに握る。
(この村は、もうただの“辺境”じゃない)
(ここで、命の根を繋ぐ者たちがいる限り――俺は戦う)
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