表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/35

第17話:願いの根、芽吹くとき

▶前回までのあらすじ

寒さが深まる中、防衛班を率いる老兵・権六は、村を脅かす武田の動きを静かに監視していた。かつて守られた背中に憧れた少年が、今は“盾”として誰かを守る立場に――。村を守る覚悟を胸に、静かに槍を握る。

 夜明け前の村に、白い靄が立ち込めていた。

 その中を、足音が走る。


「おばあ、朝の薬草取りに行ってくる!」


 弾ける声。

 村の端にある薬草小屋では、老女が眉をひそめていた。


「みつ……まだ暗い。おまえ一人では危ねぇ」


「うん。でも庄吉も来るって! 今日はおばあに怒られないように、ちゃんと覚えるから」


 くるりと振り返った少女の名は、おみつ。

 庄吉の姉であり、薬の知恵袋“うめ”の孫娘だった。


 小柄であどけない顔立ちだが、その瞳には静かな意志がある。

 母代わりだった姉が攫われた後、ずっと祖母を支えてきた。


「ったく……あの子も、ようやく薬の重さを知るようになってきたが……」


 うめは、溜息をつきつつも、その背中に目を細めた。


---


 裏山のふもと。

 朝の冷気が木々の間を吹き抜けるなか、庄吉が震えながら草むらを覗いていた。


「うぅ……しもやけで指が痛ぇ……。あ、これ!」


 小さな指が、薬草の茎をちぎろうと伸びる。


「だめっ!」


 おみつがすかさず止めた。


「それ、触ると手がかぶれるから」


 庄吉は慌てて手を引っ込めた。


「す、すまん……」


「ううん、間に合ってよかった!」


 おみつの声は鋭かったが、そこに怒気はない。

 本当に大事なものを守りたいという必死さだけがにじんでいた。


---


 一方、薬草小屋では、うめが干した葉を選別していた。

 そこへ、義昌が静かに現れる。


「……うめ殿」


「なんだい、殿様がこんな朝っぱらから。風邪でもひいたかい?」


「いや、違う。ただ……おみつたちの姿を見て、ふと考えたことがある」


 うめは手を止め、義昌を見た。


「薬を選ぶのは、難しいものだな。見た目が似ていても、効き目は正反対だ」


「当たり前さ。毒にも薬にもなる。それを選ぶのが“覚悟”ってもんさ」


 義昌は小さく頷く。


「俺も、今はその覚悟を問われてる気がする。何を信じ、何を選び、どう使うか。

 それを誤れば、人も村も、あっという間に壊れる」


「ふふ、いい顔になってきたね、殿様も」


 うめは笑い、ふと薬籠の奥に目をやった。


「道具は揃ってても、使う人の手が震えてちゃ、薬にはならない。

 だがね……本当に必要なときには、震えた手でも、誰かを救えることがあるんだよ」


---


 そのころ、裏山の採取現場では、ちょっとした騒ぎが起きていた。


「みつ、これ、何だったっけ……?」


 庄吉が、見慣れない草を手にしていた。


「それは……たぶん……」


 おみつが言葉に詰まった瞬間――


「それ、根っこに少し苦みがあって、煎じても色が濁らないなら“カワホウセン”だ。

 傷の炎症に効くけど、摂りすぎると胃を壊す」


 突然、声が割り込んできた。


 二人が振り返ると、そこに立っていたのは五助だった。


「五助おじ!」


「おう、婆さまに薬のことでガミガミ言われたくなきゃ、よーく覚えとけよ。

 薬は人を救うが、使い方を誤れば、刃より恐ろしい」


 冗談めかして笑う五助。

 だが、その目には真剣な色があった。


「おまえらがいま覚えてることが、いずれ誰かの命を救うかもしれねぇんだ。

 だからな……薬草だけじゃねぇ。気持ちの種も、大事に育てろ」


 庄吉とおみつは、静かに頷いた。


 それは、誰かに言われたからではない。

 “守るべきもの”が自分たちにもあると、少しずつ理解してきたからだった。


---


 昼、薬草小屋に戻った二人は、うめの前に座り、採取した草を丁寧に広げた。


「今日は、量も種類も合ってるな」


 うめは無愛想なまま言った。

 だがその目は、わずかに和らいでいた。


 庄吉が、おそるおそる尋ねる。


「おばあ、これで……わし、役に立てるかな」


「足りねぇ」


 即答だった。


 だが、次の言葉は違っていた。


「けど、その気持ちは……薬になる」


 その瞬間、庄吉の瞳が大きく開いた。


 隣で、おみつがにっこり笑った。


---


 その夜、義昌は焚き火の前で、兵たちと対話していた。

 新之助、兵庫、仁兵衛、権六、そして五助。


「……薬の調合も、村の防衛も、似ている気がする」


 そう呟くと、五助が笑った。


「量を間違えれば、毒になるってか」


「必要なのは、力じゃない。状況に応じた“匙加減”だ」


 火の粉が舞い、静かな夜風にさらわれていく。


 義昌は、夜空を見上げた。

 そこには、かすかに輝く星と、遠くに忍び寄るような雲があった。


「……あの子は、いつか誰かの“命の薬”になるかもしれないな」


 義昌のその言葉に、誰もが焚き火を見つめたまま、深く頷いた。


(まだ、全てが不安定だ。だが……)


(芽吹いた願いが、根を張り始めている)


(それなら、俺も――この手で守り抜く)


 拳を静かに握る。

 薬のように、静かに、確かに効いてくる信頼の重みを胸に抱いて。


 願いの根は、確かにこの地に息づき始めていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

できるだけ毎日更新を目指して進めています。

ぜひ、戦国を“最適解”で生き抜く義昌(湊)の物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。

コメントやリアクションが何よりの励みになりますので、よければ一言でも感想をいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ