第14話:動き出す村、揺らぐ心
▶前回までのあらすじ
武田からの伝令が村を襲う。従属か滅亡か――冷たい決断が迫られる。
朝の冷気が、村全体を包み込んでいた。
地面には白く霜が降り、踏みしめるたびにザクザクと音を立てる。
広場には、村人たちと兵たちが静かに集まっていた。
吐く息は白く、どの顔にも緊張と不安が滲んでいる。
俺――義昌は、彼らをゆっくりと見渡した。
「これより、村を守るための体制を作る。
戦と村の暮らし、両方を守るために動く」
誰一人、声を上げない。
だが、その沈黙は絶望ではなかった。
ほんのかすかに、期待と覚悟が混じっている。
「兵たちは二班に分ける」
俺の声が、静かに霜を溶かすように広がる。
【徴発班】――新之助がまとめ役だ。武田への対応と、物資運搬を担当する。五助、お前は補佐に就け」
「はいっ!」
「補佐なら……やらせてもらいます」
「【防衛班】――権六が指揮を執る。村の警戒と、外敵の迎撃を担ってもらう。宗次郎、お前は補佐に就け」
「おうよ。背中は預けとけや」
「心得た」
「村人たちは、重蔵を中心に生活班を組んでもらう。
食糧管理、農作業、避難準備、全てが重要だ」
「……承知しました」
重蔵が、低く深く頭を下げた。
老婆たちは、霜の降りた朝にかじかむ手で、編み籠を修理している。
子供たちは、小さな手で道具を運び、震える指で縄を結んでいた。
老いも若きも、女も男も、ここで生きようと必死だ。
(だが、まだ油断するな)
(いずれ、これらの手が、鍬ではなく槍を握る日が来るかもしれない――)
そんな予感が、冷たい空気よりも重く、胸にのしかかった。
そのときだった。
広場の外から、粗雑な笑い声が聞こえてきた。
数人の武田の徴発兵が、村の女性たちに絡んでいる。
「おう、そこの女。器量がいいなぁ。
今夜、わしらの相手でもしてみろや!」
「こんな村に埋もれさせるには惜しいぜ?」
女たちは顔を強張らせ、震えながらも必死に頭を下げた。
だが、誰も声を荒げない。
耐えるしかないことを、皆、わかっていた。
新之助が、思わず半歩前へ出た。
拳を握り、顔を真っ赤にしながら、唇を噛みしめる。
(まずい)
俺はすぐに一歩、前に出た。
「――待て」
静かに、低く告げる。
新之助がはっと我に返り、その場に立ち尽くす。
俺は、静かに歩み寄った。
怒鳴らず、剣も抜かず、ただ無言の圧を纏って。
武田兵と正面から視線を交わす。
「村の者を侮ることは、我ら全員を侮ることと心得よ」
声は低く、だが鋼のように冷たかった。
一瞬、空気が凍りつく。
だが、武田兵は鼻で笑った。
「へっ……口だけは達者だな、小領主風情が」
挑発。
ざらりとした空気が、全身に絡みつく。
(……まずい。
こいつらが本気で暴れたら、今の俺たちでは抑えきれない)
冷や汗が、背中を伝う。
それでも、俺は動かない。
ただ、静かに、じっと相手を睨み返す。
睨み合い。
小さな火花が散るような緊張が、広場を包む。
やがて、武田兵は舌打ちし、不満げに顔をそむけた。
「チッ……つまらねえ」
連れの兵たちを引き連れ、重い足音を立てながら去っていった。
女たちは震えながらも、深々と頭を下げた。
誰も泣かなかった。
必死に、必死に、耐えていた。
(守るべきものが、ここにある)
拳を、そっと握りしめる。
その夜。
小さな焚き火を囲みながら、
新之助たち若い兵たちは、黙々と傷んだ装備の手入れをしていた。
誰も、昼間のことを口にしなかった。
だが、心には刻み込まれたはずだ。
この村を守るとは、ただ戦うだけではない。
屈辱にも、冷たさにも、耐える強さがいるのだと。
空を見上げる。
重い雲が、低く垂れ込めている。
冷たい風が吹き、
遠くから、戦の匂いが運ばれてきた気がした。
(……進み始めた)
(けれど、進むたびに、選べる道は狭まっていく)
(本当に、これでいいのか。……正しい道を選べているのか)
刀の柄に、そっと手を添える。
(それでも、進むしかない)
(生き延びるために――)
火の粉が、ひとつ、夜空へと消えた。
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