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第13話:脅威の足音

▶前回までのあらすじ

厳しい冬の朝、村と兵たちが小さな絆を育み始める。

――昼前。


凍える空気を裂くように、村の外れから乾いた馬蹄の音が響いた。


一拍遅れて、広場に緊張が走る。

作業していた村人たちも、槍を手にしていた兵たちも、動きを止めた。


音は、重かった。

まるで、避けられぬ運命が迫ってくるような、そんな鈍い響きだった。


義昌は、兵庫や仁兵衛たちと共に、すぐさま集会所へ向かった。

到着すると、数名の兵たちが集まり、皆が警戒した面持ちで立ち尽くしていた。


馬上の客人――武田からの使者だった。


黒と赤を基調とした裃をまとい、眉一つ動かさぬ無表情。

その背後には、重々しい甲冑姿の護衛兵たちが控えている。


空気が、一瞬で凍りついた。


使者はゆっくりと馬を降り、広場の真ん中へ進み出た。

剥き出しの威圧感。こちらを、ただの駒としか見ていない冷たい目だった。


「木曽義昌殿に伝令申し上げる」


使者は、義昌をじっと見据えたまま、低く告げた。


「来たる戦に向け、木曽口の守りを固めよとの御達し。

また、村人らを兵糧運搬に徴発する許可も、賜っている」


一言一言が、重く響いた。

それは「命令」であり、同時に「警告」だった。


(……やはり、来たか)


湯水のように人も食糧も使い潰す。

これが、“今の”武田のやり方か……。


俺がなる前の義昌――その記憶が言っている。

信玄公の頃なら、こんな振る舞いは許されなかったと。

昔の“御館様の武田”とは、もう別物なのだ。


従わねば、即座に潰される。

だが、唯々諾々と従えば、村は干上がり、死ぬ。

どちらに転んでも、苦しい選択肢しかない。


「承知つかまつった」


義昌は深く頭を下げた。

ここで逆らえば、話す間もなく潰される。今は、従うふりをするしかない。


使者は一礼し、無言で踵を返す。

護衛たちを引き連れ、砂煙を巻き上げながら村を去っていった。


誰一人、声をかける者はいなかった。

ただ、背中を遠くまで見送るしかなかった。


静寂だけが、広場に残った。


村人たちは俯きながらそっと動き出す。

兵士たちも顔を見合わせ、緊張を滲ませながら小さく頷き合った。


誰もが理解していた。

俺たちは、巨大な力に呑まれつつある。


兵庫が、低い声で問いかけた。


「……義昌様、どうなさるおつもりで?」


仁兵衛も、無言でこちらを見ている。

その視線には、不安と、だがかすかな期待も宿っていた。


義昌は静かに空を見上げた。


(……本当に、ふざけた話だ)

(あいつら、俺たちが裏切ったと勘違いして、散々攻め立てたくせに。今さら兵を出せだと? どの口が言う)


内心に小さな怒りが渦巻く。

だが、それを顔に出しても、状況は変わらない。

今は、堪えねばならない。


「まずは、村を守る」


義昌は静かに答えた。


「徴発には応じる。ただし、こちらもただ差し出すだけでは終わらせない」


「……具体的には?」


兵庫が問う。


義昌は、視線を村の広場に巡らせた。

荷を運ぶ者、薪を抱える子供たち、道具を直す老婆たち。

――守るべき命たちが、確かにそこにある。


(“信頼を軸に村をまとめる”という合理主義で始めたはずだった。だが――)


(理だけで割り切る覚悟だった。だが――)


(今は、守りたい顔が、ここにある)


「兵を分け、村の防衛と作物の確保を続ける。

同時に、徴発される物資の量を管理し、無駄な消耗を防ぐ」


「つまり……戦の支度と、内政を同時に?」


「そうだ」


兵たちの間に、どよめきが走った。

だが、誰も否定はしなかった。

それしか、生き延びる道はない。


(……情に傾けば、冷静さを失う危険もある)


(それでも、守りたいと思った)


北の空を見上げる。

昨日よりもさらに濃い、灰色の雲が広がっていた。

冷たい風が、湿った土と鉄の匂いを運んでくる。


(昔と同じ“武田”の名を掲げていても、中身はもう別物だ。……これが、“今の武田”ってやつなのか)


それでも、義昌は静かに刀の柄に手を添えた。


(進もう)


(どれほど苦しくても、進むしかない)


(……けど、たまにわからなくなる。俺は、本当に正しい選択をしているのか)


(答えは、誰にもわからない)


▶ 作者X開設中:https://x.com/shirono_deshi

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