第11話:進むための痛み
▶前回までのあらすじ
盗みの罪に義昌が下した裁き。それは、痛みを伴う“規律”の証明だった。
朝靄の中、村には静かな空気が漂っていた。
三郎への裁きから一夜。
村人たちも兵士たちも、どこかぎこちないながらも、いつも通りの作業に戻り始めていた。
しかし、その空気の底には、明らかな変化があった。
(……壊れなかった)
俺は、広場を静かに見渡す。
裏切り者を罰するという最悪の出来事を経ても、村も兵たちも、まだここにいる。
誰一人、逃げ出すことなく。
決して絆が深まったとは言えない。
だが、断ち切れなかった。
その事実だけで、十分だ。
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「義昌様」
背後から声をかけられた。
振り返ると、兵庫が立っていた。
いつもの無骨な表情だが、その瞳には確かな光が宿っている。
「昨日の沙汰……よく響きました」
兵庫は、深々と頭を下げた。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が微かに震えた。
(……伝わったか)
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そこへ、仁兵衛も現れる。
「俺も……言葉が下手で、うまく伝えられねぇけど」
仁兵衛は、戸惑いながら拳を握りしめる。
「義昌様が……俺たちを見捨てずにいてくださって、ありがたかったです」
その声には、偽りがなかった。
村人たちの中にも、遠巻きにこちらを見ながら、わずかに頭を下げる者たちがいる。
完全な信頼ではない。
まだ、警戒も不安も、消えたわけではない。
だが――
小さな火種のようなものが、確かに芽生え始めているのを感じた。
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そのとき、兵士の一人が駆け戻ってきた。
「義昌様! 本城より文が届いております!」
訝しみながら、俺はそれを受け取る。
簡素な小紙を、戦時の文式でそっけなく畳んである。
記された名を見て、わずかに目を見開いた。
──真理。
(ああ、いたな……政略で迎えた“義昌の妻”)
(……だが、こうして文をもらうと、不思議なもんだ。湊としての俺も……少しだけ、胸が痛む)
封を解き、目を通した瞬間、言いようのない痛みが走った。
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義昌様
寒さ厳しき折、いかがお過ごしでしょうか。
このところ、御館様との間柄にも不穏な噂が立ち、
我らも日々、心安らかならぬ時を過ごしております。
未だご帰城の折もなく、御身の無事を案ずるばかりにございます。
些細なことでも結構にございます、
どうか、そちらのご様子をお知らせくださいますよう。
このような文を差し上げる無礼、お詫び申し上げます。
しかしながら、義昌様のお身を思わぬ日は一日もございません。
寒さ厳しき折、どうかご自愛くださいますよう。
真理
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(……俺は、あの娘に何を返してきただろうか)
静かに文を畳み、懐にしまう。
今は、目の前の村を守ることだけを考えろ。
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北の空を見上げる。
灰色の雲が、遠く山に低く垂れこめる。
冷たい風が、湿った土の香りを運んできた。
(……戦の匂いだ)
外では、俺たちを呑み込まんとする激しい潮流が近づいている。
だが――
今の俺たちなら、耐えられる。
(けれど、奇跡に頼らず、生き抜くための備えが要る)
(信じるだけでは守れない。備え、守る意志がなければ、いずれすべてを失う)
(――人を、物を、命を守る準備を。今のうちに)
痛みを知り、痛みを受け入れ、それでも前を向いて歩むことができるはずだ。
俺は静かに刀の柄に手を渡し、遠くの空を見据えた。
(進もう)
(どれほど苦しくても、進むしかない)
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ぜひ、戦国を“最適解”で生き抜く義昌(湊)の物語を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。
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