罪深き食欲
私はお湯を貰う為、急いで食堂に向かった。食堂はジルやレオナール達とお昼を食べたから覚えてる。まだ人が居るかな?夕食から時間が経ってるからなぁ。
チラリとキッチンを覗く。居た!!助かった〜!!給仕の男性に声を掛ける。
「すみません!お湯を出来るだけ沢山貰えますか?」
「えっ??」
「あ、いや…。そ、それに入れて下さい!!」
私は目についた釜を指差し、お湯を入れてもらった。
「ありがとうございます!!これ、後で返します!」
チャポッ チャポッと音を立てながら、混浴風呂に戻った。
「戻りました!!」
扉を開けると、コルセットに苦労していた。
「どこ行ってたんだ!!」
「お湯を貰ってきました!手伝います。」
私はコルセットの紐をギュッと縛り上げる。
「うっんああ///」
「変な声出さないで下さい///!!」
「苦しい…。つらいっ!!……女は大変だ。」
「そうですね。そう思うなら弄ばずに、敬って下さい。」
「弄んだ覚えはない。」
「そんなだから、入れ替わったんじゃないですか?」
「なっ!早く元に戻らねば耐えられん!」
「ですね!」
着替えを済ませたアネットを椅子に座らせた。
「ここに仰け反って下さい。」
「こう、か?」
桶にお湯を移し、美容室の様にアネットの頭にお湯を少しずつ掛けシャンプーする。
「上手いな…。ああ~気持ちいい〜」
「良かったです。」
この世界に来る前――
幼少期は祖母と何時も一緒だった。母は仕事が忙しく、世話を焼いてくれていたのは祖母だった。その祖母に異変が起き始めたのは私が中学1年の冬。
「今日は、さっちゃんの好きなコロッケ!!」
「えっ?…そうなんだ!美味しそう!!」
このメニューはもう3日目。カレーの3日目は聞いたことあるけど、コロッケは…。揚げ物続くのキツイ。しかも、土日部活のお弁当作ってくれるけど、同じコロッケが入っている。多分この時には、、、そうだったんだ。もっと前から、見て見ぬふりをしていたのかもしれない。ずっと元気で優しい祖母だと思いたかった。
物忘れは日に日に酷くなって、遂に高校入学した時にはちょっとした事で足を痛め、介護が必要になっていた。デイサービスのお金を稼ぐ為に、母はより一層仕事に励んでいた。ご飯、掃除、お風呂、トイレ…。私は出来る限りを祖母に尽くした⋯つもり。そうして私を忘れた祖母に“い·た·い!!”“味が薄い”と言われながら、気持ちの整理ができないまま、こじらせた風邪で祖母は呆気なくこの世を去った。
もう、過ぎたこと…。でも私にしてくれた事を思えば、もっとやってあげられたのではないかと、時折込み上げるものがある。
「終わりました。」
タオルで包み込み優しく水気を取る。
「ありがとう。久々にさっぱりした!!」
「寒かったでしょう?」
「次はお湯を沸かして入ろう!」
「そうですね。ところで、1人ずつ入るなら、目を瞑れば良いのでは?」
「そう…だな…。薄々気づいていた…。」
一瞬の沈黙が流れ、笑いが込み上げる。止められず笑うと、アネットも笑った。
「ハハハッッ!!何だよっ!お前が変なこと言うから目隠しして入ったんだろう!?」
「そんな事言ったって、レナルド様だって目隠ししてお風呂に入ったじゃないですか!!」
豪快に笑うアネットに、レナルドの面影が見えた気がした。こんなに明るく笑うんだ⋯可愛いな。⋯?可愛い!?私、今男としてアネットを可愛いって思ったのか?それとも、レナルドを可愛いって思っ⋯⋯いやいやいや!!口に出したら怒るに決まってる!心にしまっておこう。
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あれから5日。
授業の合間にアネットの秘密部屋に行き、ダンスレッスン。お風呂は混浴風呂を綺麗にし、先生や他の生徒にバレないよう使っている。
そして、アネットと話し合い決め事を作った。
1.お風呂は混浴風呂に入りに来る事。
2.授業成績を下げない事。
3.元に戻る為の策を考え、思い付いたら共有する事。
…つまり、私の守らなければならない3カ条ということだ。
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食堂でやっとのお昼ご飯。今日のメニューはビーフシチューにパン、サラダ等豪華なレストラン級だ。流石貴族の通う学園だな。
「疲れたぁーーーーー」
長いテーブルに並んで座る。隣はジル。アベルとレオナールは向かいに座る。皆食べる仕草は貴族らしい上品さがある。
「最近忙しそうだね〜!授業終わったら直ぐどこか行っちゃうし。」
「俺もアベルのお陰で見てみろ!これ!眼鏡が割れたんだ…。」
「あぁ~ダンスパーティーまであと7日だもんね。レオナールも大変だね。」
「それにしても、よく食べるな。」
アベルが私の食べる姿を見て、ニカッと笑う。
「しっかり食べて、体力つけないと!」
女だった時より食べないと、体が男だからかより多くのエネルギーが必要になってると思う。というより、食べなきゃ授業とダンスレッスンなんてやってられない!!
「女と遊ぶ為には必要なことだろうな。」
どこから聞いていたのか、私の後ろに立っているアルフレッド。
「アルフレッド!食べないの?!」
「ああ。コイツと一緒のテーブルなんて御免だ。飯が不味くなる。」
「もう〜!!頑固なんだから!」
ジルの問いかけにいつもの如くキツイ台詞を吐き、アルフレッドはスタスタと食堂を去ってしまった。
アルフレッドが食堂を後にして直ぐ、ガシャーーンッ!!!と急に大きな音が食堂に響き渡る。音がした方を見ると3人ほどの女の子と、転んだと思われる女の子が1人。よく見ると、転んだ子はアネットだ。
心配そうにジルは見つめている。
「またやってるよ…。」
「“また”ってどういう事?」
「アネット嬢は平民出身なんだ。ベルトラン子爵に養子に迎えられてこの学園に入学したんだ。だから、入学当初から目を付けられている。」
レオナールが説明してくれるけど、それより⋯
「今まで見て見ぬふりしてたのか?!」
「俺達が口を挟めば、事が大きくなるだけだからな。現に、お前がアネット嬢を庇い、ロザリー嬢に謝らせた噂は広まってるぞ?先日も乗馬で怪我したアネット嬢を抱えて行っただろう?」
アベルは「まぁまぁ。」と言いながら、シチューに入ったお肉を頬張る。
「それとこれとは話が別だろ!?」
「だとしても、手を差し出すのは半端にするもんじゃない。俺達みたいな階級も上で、まして、男はな。」
レオナールもどうすることも出来ないというように目を伏せる。
「でも…。」
分かってる。頭では理解できるし、以前の世界でもそういうものだ。だからって見て見ぬふりは出来ない!
「あら、どうなさったの?」
「スカートが長くていらっしゃるからよ?」
「寧ろ、お御足が短いのではなくて?」
クスクスと意地悪に笑う3人は、以前ロザリー嬢の取り巻きに居た3人だ。
キッと睨みつけてるアネットはレナルドの圧がある。
「なんて目つきなのかしら!!」
「生意気にも睨みつけるなんて!!」
「そこまでにするんだ。」
私は男として間に割って入る。
「レナルド様!これは⋯」
「懲りないようだな。」
「アネット嬢は勝手に転んだ挙げ句、睨みつけて⋯」
「説明は結構だ。聞きたくない。」
「えっ!その…」
「俺様の言葉が聞こえなかったか?黙れと言っているんだ。」
「ッッッ!!」
今回ばかりは目に余る。足を引っ掛けて転ばされた事は裾に跡がついているから分かる。アネット、いやレナルドはそんなドジを踏むタイプでは無いし、ちゃんと女性らしく振る舞おうと努力しているのを、私は知っている。
そっとしゃがみ、アネットを立たせる。
『何故来た?!』
『見て見ぬふりなんて出来ません。』
『放っておけ。』
『嫌です。』
「こんな事して自分の品位を下げたい奴らが多いようだな。行くぞ。」
アネットの肩を抱き寄せ、自分がいたテーブルに座らせる。
そうこうしていると、清掃担当らしき使用人が直ぐに掃除をしてくれた。
「ありがとうございます。」と声を掛け私も席へ戻った。
ジルが驚いた表情で私を見ている。
「レナルド、どうしちゃったの〜?」
「別に。放っておけなかっただけだ。」
「レナルド様、ありがとうございました。」
ぎこちなくアネットとして礼をするレナルド。
「いえ。」
爽やか笑顔で返事をする。後で何言われるか内心ドキドキしてる。
すると、席を離れていたアベルが戻って来た。
「食事を持ってこさせた。食べ損ねていただろう?」
「アベル様お気遣い感謝します。」
「小さいから舐められるんだ。沢山食べて大きくなれ。」
「子供じゃないんだから!!女性との接触が少ないもので、無礼お許しください。」
アベルにレオナールがツッコむ。
ふふふっと女性らしく笑い「大丈夫ですわ。」と可憐な微笑みを向ける。
その場の男どもの顔が赤らむ。何だかモヤッとする…。なんだろう?この気持ち…。
「アネット嬢、ごめんなさい。僕、知っていたのに。ほんとにごめんなさい。」
少しの沈黙の後、ジルは真剣な眼差しでアネットに謝る。
「俺達もあの令嬢達と同じだな。許して欲しいとは言わない。悪かった。」
レオナールとアベルも続く。
「謝らないで下さいませ。皆様のお手を煩わせぬよう、沢山食べて力をつけますわ!!」
遠回しに“関わるな”と言われている気がする…。
然し、健気で頑張り屋な令嬢を見事に演じているレナルド。女の子でも人誑しだな。
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穏やかな太陽が降り注ぐ昼下がり。ジルとレオナールに中庭でのお茶会に誘われた。
テーブルにクロエ様がいる⋯という事は、アルフレッドも勿論一緒。不機嫌そうだが、空気を乱さぬよう座ることは許された。
「レナルド、アネット嬢は一緒じゃないの?」
「ゴフォッ!!ゲホッゲホッ。エッ?何で!?」
「大丈夫か? 最近いつも一緒にいるじゃないか。」
「そ、そうか?」
確かに授業の合間も、終わってもダンスレッスン。間近に迫って来たダンスパーティーに備えて、衣装の相談等色々と一緒にいる事が多かったかもしれない。
「珍しいよね!レナルドが特定の女の子だけに構うなんて。」
「そうだな。まさか、やっと本気なのか?」
ジルもレオナールも興味津々で聞いてくる。
「そんなんじゃ⋯」
口に出して思った。今までのレナルドを知る人から見れば、アネット嬢を弄ぶレナルドにしか見えないんだろう。然し、今はチャラ男どころか、男でも無い。今の私の行動がレナルドの印象になるのなら、体を借りている以上はチャラ男を演じるよりも、誠実なレナルドの内面を知ってもらう方が良いに決まってる!!
ちょっと横暴だけど、意志が強くて…意外と真面目で…。あの時のレナルド⋯
「可愛かったな⋯」
【!?!?】
「あっ!いやっ!?違うぞ!?そういう意味じゃ⋯」
「そうだったのか!!」
「本物の恋かぁ。やっと春が来たんだね!!」
「こいつが長続きするのか見ものだな。」
⋯やってしまったぁ。。。
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月夜で明るい宿舎の部屋に、アルフレッドは今日も居ない。この世界に来てから一度も寝ている姿を見ていない。
静まり返った部屋に、お腹の虫がなく。
「お腹すいたな…おやつも食べたのに。男の体ってほんと、燃費悪い。」
私はそーっと食堂へ向かった。皆寝静まっていて、廊下は数少ない明かりが灯る。
少し開いている食堂の扉。不思議に思いながらも、扉を開けるとギィーと音が立ち『しーー!!』思わず自分で出した音に慌ててしまった。
『誰も居ないよね?』
抜き足差し足、キッチンへ近づくと何かが動いた!!
『ひっ!何?⋯誰かいますかー?!』小声で呼び掛ける。これで返事されても、怖いんだけど⋯
暗がりに見えた顔に私は驚いた。
「レナルド!?」「アルフレッド!?」
『しーーーー!!!お前、こんな所で何やってるんだ!?』
『アルフレッドこそ、キッチンへ何しに来たんだよ!?』
『俺は⋯稽古終わりに小腹が空いて⋯』
『稽古!?こんな時間まで!?』
『ああ。お前と違って鍛錬は怠らない。』
『はいはい。そうですか。そうですか。だからってこんな時間までやってたら、体壊すぞ。』
「余計なお世話だ!」
『しーーーーー!!!』
ガタン!!と音がして身を小さくした。
『誰!?』
『悪い。俺がぶつかった…。』
『アルフレッド!!びっくりさせるなよ!!というか、何してる!?』
食材を漁り、葉っぱみたいなのをモシャモシャ食べてるアルフレッド。うさぎ かっ!!!
『・・・』
キョロキョロとキッチンを見回せば、ある程度の食材が揃ってる。貴族だから料理はできなくて当たり前か。ましてや、アルフレッドはこの国の王太子だった。しょうがない。
『ちょっと貸してみろ。』
アルフレッドがモシャモシャ食べていた野菜はキャベツだった。よく洗い千切りにしておく。食在庫からハムのブロックを取り出しカット。ほんのり下味をつける。
バットに小麦粉、卵、パン粉を出して順にハムに付ける。揚げ油は少なめで、揚げ焼き。パチパチと揚げ音が食欲を唆る!
揚げている間、パンにマヨネーズを⋯って無い!マジか…。作るか。卵黄とレモン汁、塩を混ぜ、オリーブオイルを少しずつ混ぜ味見。うんっ!キュー○ーとは違うけど、良い感じ。
そうこうしていると、カツの揚げ上がり!白パンにバターを少し塗って、マスタード、マヨネーズを塗っておく。
お昼のビーフシチューの残りを温めカツに掛ける。さっきのパンに千切りキャベツとカツを挟む。
『完成。どうぞ。』
作ってる様子をじっと見ていたアルフレッドに差し出す。
『良いのか?これはなんだ?』
『ハムカツサンド。』
恐る恐る齧ったアルフレッドは、驚いた表情を浮かべたかと思えば、にんまりと笑った。
『美味しい!!!』
『それは良かった。』
パクパクと食べるアルフレッドは初めて見た。こんな幸せそうに食べてくれるのは嬉しい。
『お前の分はあるのか?』
『ああ。大丈夫だよ。』
私の分を心配する辺りは、普段のキツく当たるのとは真逆で優しい口調。自分もカツサンドを食べる。おっ!なかなか美味しく出来てる!
『お前にそんな特技があったとはな。』
『ま、まあな。』
どうしよう。中身が違うから出来ることであって、レナルド本人に戻った時困るよな…。
「なんの匂いだ?⋯誰か居るのかー⋯?いないな。食堂は良い匂いだなぁ!」
見回りの先生だった。咄嗟にしゃがみセーフ。消灯時間はとっくに過ぎているから、見つかったら、また呼び出しを食らう羽目になる!そんな事になれば、レナルドに怒られるだろうな。
『そろそろ行こうか。』
私はちゃちゃっと片付ける。見回りの先生に見つかる前に、さっさと帰ろうとアルフレッドに声を掛けた。
『。。。ふぅ。ふふっふふふ⋯』
『どうした!?』
アルフレッドの様子がおかしい。ヘラヘラ笑って、足取りもふらついてる…もしかして…酔ってる!?いや、アルコールなんて…あっ!ビーフシチューの赤ワイン!?んな馬鹿なッ!
『アルフレッド!しっかりしろ!!部屋へ戻るぞ!!』
立ち上がろうと肩を支えると、ガバっと抱きつかれ倒れ込んだ。こ⋯これは…マズイ/////!
『ん〜♡』
こいつ、キスしようとしてる!?
酔っ払いのキス魔かよぉおおおおお!!!