不穏な森
眉間にシワが寄ったまま眠りに落ちたアネットをホテルの部屋に残し、ランタン片手にまだ薄月が浮かぶ知らない街を闊歩する。
砂地の道は狩猟の街ならでは、だな。
基本移動は馬か牛で、たくさんの荷車が行き交う道は民家に隣接している。その為、砂地の方が蹄音軽減等に都合が良いのだろう。
ホテルから暫く歩くと、古びた看板に“ラトリエ・キュイラス”の文字。ココだ。
「何方かいらっしゃいますかー?」
呼び掛ける店内は、まだ朝日が昇ってない上に、沢山の獣の皮がぶら下がっており暗い店内。鼻の奥がツンとするような獣臭さと、鉄の匂いに埃っぽさが相まって独特の匂いが充満している。
「御免下さーい!何方か⋯」
「ふぁ〜〜い。⋯こんな朝早くに⋯んん〜どちらさん?」
店の奥の階段から降りてきたのは、若い女性の声。
「てっきり、お爺さんが出てくるものだと⋯」
「悪かったわね、女で。アタシが直すのが気に入らないなら他当たんな。」
ポロリと口から出た言葉で、とても怒らせてしまったようだ。
「すみません。他意はないのです。寧ろ女性の方が余計に嬉しいです。」
「はぁあ?ざけんな!ナンパするならもっと都会に行け!」
嗚呼、間違えた。
「そういうことではなく、、作って頂きたいものが⋯」
「知るか!アンタみたいなヤツの相手をしている暇はない!さっさと帰んな。」
「いやっあのっ!!そうではなくて⋯!待っ!!」
「くっそぉ!力強いッ⋯帰れッッ!!この変態ッッ!!」
ぐいぐいと店外へと押し出され、扉を閉められそうになるのを抉じ開ける様に手で扉を掴みながら、必死でつま先を突っ込み抗っていると、中から老翁の声がした。
「やめんか!お客さんに失礼じゃろ。」
「師匠!だって⋯また女って⋯」
「お前さんが言い始めたんじゃろ?自分でそう思っておるからじゃ。職人としての自覚が足りん!⋯すまんな。コチラで話を聞こう。」
中へ入れてくれた“師匠”と呼ばれた老翁は、とても背が小さく白髪の好々爺に見えた。
「お客さんにとんだ無礼を。申し訳ない。ほら!お前さんも謝るんじゃ!」
「ぅ゙っ⋯。すみません⋯でした。」
頭が上がらないという事は、この好々爺がここの店主か。師匠と言っていたから、彼女は弟子若しくは孫なのだろう。
「いえいえ、こちらこそ気分を害するようなことを言ってしまい申し訳なかった。許して頂けるなら、一つ頼みがあって⋯引き受けて頂けないだろうか?お代はきちんとお支払いします。」
「勿論お受け致します。で、その頼みとは何でしょう?弓袋から狩猟服の修理まで何でもお受け致しますよ。」
老翁に話しても良いかな?変な顔されるだろうか?この時代のナプキンの概念すら無い人達に話して伝わるだろうか?でも、いつか誰かが発明したんだから、今だって良いよね!?
「その⋯女性のパンツを作って頂きたくて⋯」
唖然とした顔の2人を見て、第一声を大きく間違えたことを理解した。
「やっぱりコイツは変態だ!師匠!」
「違います!」
「これっ!サラや!⋯すまないねぇ。ここは狩猟道具の補修がほとんどで、その⋯お客さんが云うんは、クチュリエールに頼んだ方が良いと思うんじゃが⋯。」
「そうさ!アンタみたいな貴族が頼むようなとこじゃない。この辺じゃあやってる店もないから、王都の中心街に有名なとこがあると聞いた事がある。そこに行け!この変態!」
すんなり聞いてもらえる筈もなく、名をサラというらしい弟子には相当嫌われてしまった。
しかし、こっちも引き下がれない。アネットが今必要としている物だ。
「訳あって時間が無いんだ。頼む!この通りだ!」
必死に頭を下げるしか無かった。できる確証も無い物だけど、今頼れるのは此処しかない。
「⋯分かりました。」
「本当か!?」
「師匠!!」
「サラ、お前さんは静かにしておれ。型紙を作るとこからじゃで、少し時間がかかるぞ?」
「無理を承知の上だが、日の出までに作ってほしいんだ。」
「無茶言うな!幾ら師匠でも女性の⋯パンツ⋯///なんて、作ったこと無いんだ!今型紙から作るって、時間掛かるって聞いただろ!」
激昂するサラをスルーして、私は傍にあった紙にざっくりとしたナプキンの形を描いた。
「サイズはこの位で、吸水性があり、肌に優しい⋯そう、綿が良いんだが。これを幾つか欲しい。」
「初めて見る形じゃな⋯。複数とはどういう事じゃ?」
「パンツの中にこれを入れたい。だから、この部分だけを使い捨てにしたいんだ。」
タンポンや月経カップはハードルが高いからな。この時代、衛生的にも使い捨てがベストだ。
「何言ってるの?使い捨て!?下着を!?⋯やっぱり貴族なのね。」
驚きと呆れ顔のサラを無視して師匠に続きを話す。
「パンツ本体はピッタリとしたのが良いんだが、こんなのは出来るか?」
「難しいのぉ。詳しい寸法は分かるか?」
寸法⋯流石にアネットのヒップサイズは⋯
「分からない。そこを何とか!」
そこまで話して、私はサラと目が合った。淡く灯るランタンのみで、暗かった店内に目が慣れた事で、サラの容姿が見えるようになった。小柄な体格に赤みがかった長髪で、アネットと背格好がよく似ている⋯。
「なっなによッッ/////!どこ見てんのよ/////!!!」
「採寸を⋯」
「/////はぁ~!?/////嫌よ!!師匠〜!!!」
「お前さんが手伝ってくれると助かるねぇ。」
「師匠〜!!!」
めちゃくちゃごねているが、時間が無い!勘で作るよりも、確実な方法を取りたい。
「すごく失礼なことを言って申し訳ありません。サラさん、力を貸して下さい。俺の大事な人の為なんだ。ひいては世の女性の為になるんだ!」
必死のお願いに渋々応じてくれた。
「/////⋯いいわ。但し!私が作る!!(///私のサイズ知られるとかあり得ないんだから///) アンタはここで待ってて。」
大雑把にポニーテールに括る姿は、職人の姿だった。
それからは、製図したり、綿を薄い布に詰めたり、紐を作ったり、、サラと師匠の連携であれよあれよと出来上がっていく。
「出来たわよ。こんなでいいかしら?」
「言われた通り綿を詰めて上から縫ったが、歪な形じゃな。一応この部分はずれぬようにしたんじゃが⋯」
吸収パットに紐が付いて腰に結べる様になっており、ズレない工夫が施されている。パンツ本体は見たことあるハイウエストショーツタイプ!紐まで隠れるし漏れにくい。
「完璧です!凄い!!!」
朝焼けで店内に光が差し込んで来た。そろそろ時間だ。
「お代はこれで足りるだろうか?」
「こんなに!?多過ぎじゃよ。」
「無理を言ってすまなかった。その詫びも込めて受け取ってくれ。」
「勿論受け取ります!師匠はお人好し過ぎます!これでも足りないくらいだわ!」
「そうか、ではこれも。ありがとう!サラさん!本当に助かった!!」
私は身に着けていた、宝石付きのクラバット・ピンをサラに握らせた。
「/////ちょっ!離しなさいよっ!分かったから/////」
「では、世話になった!本当にありがとう!」
私は急ぎホテルへと戻り、アネットに生理用品を渡し直ぐにアベル達と狩りへ向かった。
―――――
我が国ヴェルクードの東側。
山々が連なり、数多くの種が生息する原生林が今も残るこの地は、先人達が谷を切り拓き村を築いた。
綺麗で大きな川や山の恵みを資源とし、国境近くであるにも関わらず、安定した暮らしが根付いていた。それも、切り立った山々が国境になっているお陰なのだろう。標高が高く簡単には登れないが、強い城壁の役割を果たしている。
ヴァリルヴォン領地内に建てられた伯爵の別宅に、アネット達は案内されていた。狩猟の見学が出来る様に森の中にあるものの、館内は清潔でお茶会もでき、小さなホールまである。
「「ようこそお越し下さいました!ご挨拶申し上げます。」」
ハキハキとした可愛らしいよく似た少女2人はご令嬢達に挨拶する。
「わたくし、ヴァリルヴォン伯爵の長女、マリー・グリエットと申します。」
「同じく次女ネリー・グリエットです。兄がいつもお世話になっております。」
マリーとネリーはアベルの妹達で、双子らしい。歳は10歳くらいだろうか。背伸びしたぎこちないカーテシーと、天使の様な笑顔に
「「「可愛いぃいい♡♡♡」」」
と思わず声が出る令嬢達は、狩猟見学そっちのけで小さい天使2人を愛でながら、お茶会を開くのだった。
―――
同時刻――
馬を伴って森に集合したアベル、レナルド、アルフレッド、ルシアン。それと数人の護衛。王家の紋章が付いた剣を携えた護衛達は、森の中で散り散りとなり殿下達を見守り狩りのサポートをする。
「やぁ。揃ったようだね。」
艷やかな短髪、切れ長の瞳には吸い込まれそうな深いブルーの瞳、高い鼻と鋭い顎のラインに白い肌。フィリップ殿下は黒毛の馬に乗り弓を携えて、我々を見下ろす。
アルフレッドとは違う威圧感に、男達は自然と片膝をつき礼を尽くす。
「フィリップ殿下。この度、お招き頂き有難うございます。同行できること大変光栄に存じます。」
アベルが挨拶をする姿は、まさに騎士だ。腰に剣を提げ、普段とは違う狩猟の為のタイトな服は、鍛え上げた筋肉を強調させる。
「そんなに畏まらないで。頭を上げて?アベル。兄さん達との狩猟大会はすごく楽しみにしてたんだ。今日は沢山のお嬢様方にも観覧して貰えて俺は嬉しいよ。やっぱり観覧は多いに越したことはない。やり甲斐があるだろう?レナルド。」
私!?ここは無難に⋯
「はっ。わたくしもご一緒できる事楽しみにしておりました。」
「そう言えば、落馬して記憶障害があると聞いたけど、もう大丈夫なのかい?」
「記憶自体は戻っていませんが、皆に支えられて日常生活は何も問題ありません。」
「そうか。良かった。」
にっこり笑うフィリップ殿下は妖艶で美しい!
「さぁ、始めようか!」
森に放たれた猟犬を追い馬を走らせる。
フィリップ殿下とアルフレッドが並び、私とアベル、ルシアンが後を追う。
角笛の音が響く。
「二手に分かれよう。兄さんは川沿いに回り込んで!」
「では、殿下には俺とトラントゥール子爵がお供します。」
スピードを上げ、アベルとルシアンがフィリップ殿下と共に森に消えてゆく。
「遅れる。行くぞ。」
アルフレッドが方向を変え、登り坂に向かいを馬を走らせる。
これは⋯チャンス!クロエ様の留学を認めさせて、レナルドとの友情を再認させなければ!
風切音が耳を塞ぎ、地を蹴り進む振動だけが体を伝う。
川沿いの道と言っても、切り立った崖の下に川が流れてる為、馬が少しでも足を滑らせれば共に崖下へと叩きつけられるだろう。
そんな道を猛スピードで駆け抜けるアルフレッド。見ているこっちが怖いくらい。心臓に悪い奴だ。
アルフレッドが手で合図する。
「近い。彼処だ。」
騎乗したまま弓を構える。遠くに見えたのは雄鹿。息を殺し木々に隠れながらジリジリと近付く。
「お前が射れるのか?」
怪訝な顔のアルフレッド。
「ああ。この為に乗馬も弓も練習したんだ。」
「意外だな。てっきり“当たり前だ”と言うと思っていた。お前の口から“練習”なんて言葉が聞けるとは。」
「アルフレッドだって、散々練習してるじゃないか。いつ寝てるのか分からないぐらい。(そのおかげでこんな事に⋯)」
「それは⋯お前に守られる自分が許せなかったんだ。」
「えっ!?」
思わず有らぬ方向に弓を放ってしまった。
雄鹿近くの草むらに弓が刺さり、音に驚いた雄鹿は逃げてしまった。
「おいっ!何してる!?」
「いや、びっくりして⋯」
「それはこっちの台詞だ!お前のせいで雄鹿が逃げてしまった。追うぞ!!」
「ああ。すまない。」
再び捜索しながら、森の中を駆ける。
「いたぞ!!」
直ぐに馬を降り、弓を構えるアルフレッドは息を殺して真剣な眼差しで雄鹿を狙う。
私は馬上から辺りを見渡すと、きらりと草の中が光った。アレは⋯暗殺!?まさか王族を狙って!?
ヒュンッと音を立て、矢は放たれた。
アルフレッドが射った矢は雄鹿のお尻を捕らえた。
と同時に、悪意の矢は私の右肩に突き刺さっていた。
「レナルド!!」
振り返ったアルフレッドが気づいて、見たこと無い顔をして駆け寄ってくる。
私は馬上から崩れ落ちた。声も出せなかった。鏃が肉をえぐって神経を貫いているのが、ドクンドクンと刻む鼓動でよく分かる。痛みと流れていく血で、意識が朦朧としてくる。
「おい、大丈夫か!しっかりしろ!誰か!誰か来てくれ!」
木にもたれかけさせてくれたアルフレッドが周囲に助けを求めるが、人の声は広い森の中では葉擦れ音に掻き消される。
「待ってろ。応援を呼んでくる。」
レナルドは立ち行くアルフレッドの腕を掴んだ。すると背後に再び光った矢がアルフレッドの頬を掠り、もたれている木に突き刺さった。
「!?」
「狙われてるのは、、、アルフレッド、、だと、思う、、ウゥッ」
「喋らなくていい。一旦、隠れよう。」
アルフレッドは川へと降りられそうな場所を探した。
アルフレッドはレナルドを担ぎ、背丈程あろうかという崖を滑るように川辺へと降りた。
アルフレッドとレナルドは、川辺の崖の窪みに身を隠した。
「少し痛いぞ。」
「ア゙ァ゙ッッ!!」
アルフレッドが私の右肩に刺さった矢を引き抜き、切り裂いた服でたすき掛けのように止血する。
じわりと染みる鮮血を、アルフレッドが悲しそうな顔をして抑える。
「そんな顔⋯⋯するなよ⋯。大丈夫⋯だから⋯⋯。」
ぎゅっと抑え止血するアルフレッドの手に、私はそっと左手を重ねた。
「大丈夫なもんか!また、レナルドがッ!俺のせいでッ⋯!」
悔しがるアルフレッドが新鮮で、なんだか可愛く思えてしまう。
何処からか名前を呼ぶ声が聞こえた。アベルとフィリップ殿下の声だ。助かったぁ。もうアルフレッドも狙われないだろう。
安心したら、なんだか頭がぼーっとして⋯
「レナルド!!」




