狩猟大会前夜
午前中から馬車に揺られ、日が傾き始め空には薄月が浮かぶ。
「今日はこの辺りで泊まろう。」
着いた先は、ヴァリルヴォン手前に位置するシャスヴィルという街。ヴァリルヴォンに一番近い街で、その立地を生かして遠方から来る狩人の為の宿泊施設や馬房も多く、弓から鷹や猟犬等の狩りの全てが揃う、正しく狩人の街。
一つのホテルの前に私達の馬車は止まる。
路面に面した外観は白っぽい石造りに、蔦が外壁の半分ほどを覆い、沢山の窓にはバルコニーがついているように見える。
中に入ると外観とは違い、綺麗な内装に天井まで吹き抜けのロビー、手摺りのアイアン装飾がお洒落な大きな螺旋階段が目を引く。
「荷はお預かり致します。ごゆるりとお過ごし下さいませ。」
受付を済ませたアベルにぽいっと部屋の鍵を投げられた。
「お前の部屋はこれな!誰かの部屋に行こうなんて思うなよ!?」
「行くかよ!!/////」
何処までもチャラ男がついて回る。
何故こんな事を言われるのかというと⋯
「ご心配には及びません。しっかりと鍵は致しますわ。」
「ご一緒出来て嬉しいですわ!!わたくしぃはぁ⋯お部屋にぃ⋯来て頂いてもぉ⋯構いませんわ/////」
「お兄様が良いなんて...。ルシアン様の方が100倍、いや1000倍良いに決まってますわ!!」
「あら。学園ではレナルドは結構人気よ?最近は特に⋯ね?」
「⋯各々でゆっくり過ごすと良い。では。」
私はそれだけを言ってぱたりと部屋のドアを締め、鍵をかけた。
アネット、ロザリー嬢、妹のアメリー、クロエ様の4人の女性陣が一緒にいるのだ。
「どうしてこんな事に⋯。」
○*゜。○*゜。
遡ること2週間前。
「招待人数が足りない⋯。」
ジルに『フィリップ殿下は賑やかなのが好きなんだ。招待客は多いほうが良いよ!』と言われ、もう1人の招待客を探している。断られたアネットにもう一度頼んでみる?いや、いっそのこと、レオナールを誘うか?
嗚呼〜招待客って難しい!!
「どうしたの?難しい顔して。」
「いや、招待客を⋯」
「それの事なんだけど⋯ね、あの⋯ん〜と、ごめん!行けなくなった⋯。」
「え?マジ⋯?」
「本当にごめん!すっごくすっごく行きたかったんだけど、急にパパの社交会に行かなきゃいけなくなって⋯。だから、ごめん!」
ジルのうるうるした瞳に私は弱い。
「そうか。大丈夫だ。ジルも大変だな。」
「本当にごめんね。気をつけて行ってきてね!」
⋯これで、招待客探しが振り出しに戻った。
どうしたら良いのぉ!?
―――――
「アネット、いや、レナルド様!この通りです!狩猟大会見に来てください!!」
私は土下座した。
「嫌だと言っただろう!?それに、ジルが来てくれるんだろ?それで良いじゃないか。」
「それが⋯」
ジルが来なくなったこと、ルシアンが参加しアメリーが見に来ること、中々会えないアルフレッドが参加する等、今までの経緯を洗い浚い話した。
「成る程。だから自分だけ招待客が居ないのは困る⋯と。」
「はい。」
「⋯行ってやる。」
「本当に!?」
「アメリーが観覧するならば⋯。その、ルシアンという男も気になるしな。」
「ありがとうございます!!」
1人はなんとかなった〜!しかも、アネットに来てもらえるのは嬉しい!って、私が喜んでどうする!
それに⋯家族に会わせたかったのが本音だ。
身体が入れ替わってから、レナルドは家族に会っていない。アネット嬢として振る舞うレナルドは、学園宿舎でずっと過ごしている。先のダンスパーティーのドレスは、レナルドの名でブノワに手紙を出し、自分で手配していた。(あの時は急に女性物のドレスが届いて、新手のストーカーかとビックリした。)
レナルドの実家にアネット嬢を招待するという手段もあったが、まるで自分の家のように振る舞うようで、気が引けて出来なかった。
折角訪れた機会、アメリーに会わせるチャンス!兄としては嫌われているけど、今の状態なら友達になれるかもしれないし!
で、もう1人は⋯
狩猟大会まで1週間を切ったある日、ロザリー嬢とジルと私はクロエ様に誘われ、中庭の静かな薔薇の庭園でお茶会をしている。
「お口に合いませんか?」
「ぼふぉっ!!⋯⋯いえいえ!美味しいです。」
招待客の事で頭がいっぱいの私は、クロエ様の呼び掛けに驚いて、盛大に咽せてしまった。スコーンに口の水分を持っていかれ、ゴクゴクと紅茶で流し込んでから、クロエ様に笑顔で答える。
「今日はアルフレッド様はいらっしゃらないのですね。」
「アルフレッドは市場調査中らしいよ。今度はパヴェルネ通りで貴婦人が狙われたって。」
クロエ様の横にアルフレッドが居ないことを不思議がるロザリー嬢に、ジルは説明をする。
流石、メーヴェルト侯爵家嫡男ジル・セリーヌ。ヴェルクードの各地に不動産を持ち、貴族を集めてはパーティーを開催して情報収集をする事で、あらゆる方面に伝手を持つメーヴェルト家。ゴシップから外交機密に至るまで掴んだ情報は星の数...。ジルの父メーヴェルト侯爵は、その柔らかな笑みの裏に貴族の信用と弱みを閉じ込めた“情報の金庫番”とも言われている。
「噂には聞きましたわ。近頃は傷害事件もあると⋯。嗚呼レナルド様、恐ろしいですわ!」
ロザリー嬢が私の腕にくっつく。何ともわざとらしい。
「では、クロエ様もアルフレッド様にお会いになっておられないのですか?」
「いいえ。狩猟大会に参加されるとのことで、先日アルフレッドから招待状を受け取ったわ。」
「行かれるのですね!!羨ましい⋯!」
「あら?レナルドから招待されていないの?」
視線が私に集まる。
クロエ様!?余分なことを言わないで〜!観覧に呼んだら、勝手にライバル視してるロザリー嬢と、アネットが鉢合わせする事になっちゃう!面倒な事になる気しかしないんだから、回避しなくちゃ。
「ご令妹をお誘いになられたと⋯」
「そ、そうなんだ!だからお断りを⋯」
すかさず私は口を挟んだ。が、ジルが覆い被せる。
「だったら!僕の代わりに行ってくれる?」「ジル様それはどういう事ですか?」
ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!その話しないでぇええ⋯
「実は、僕も観覧する予定だったんだけどね、パパの社交会に呼ばれちゃって⋯。ロザリー嬢が代わりに観覧してくれるなら、レナルドも嬉しいと思う!ねっ!レナルド!」
『ねっ!レナルド!(キラリン笑顔)』じゃないよ!
頭フル回転で断る理由を探したが、そう簡単に名前も語彙も出て来ず、、、
「⋯そう⋯だな。」
この言葉しか出てこなかった。
極端に表情が明るくなるロザリー嬢。
「宜しいのですか!?レナルド様のご勇姿をこの目で観られるなんて/////。⋯わたくし、精一杯応援致しますわ!!!」
「あ、ありがとう。」
こうして、令嬢達に囲まれることになったのだった。
○*゜。○*゜。
「何も起こらないといいけど…。」
荷を置き、ホテルの部屋をくるりと見て回る。素泊まりの様な造りで、腰窓からは向かいの建物の屋根がオレンジに染まっているのが見えた。
きぃっと音を立て窓を開けると、やはり下から見た通り、小さなバルコニーにアイアン装飾の手すりが付いており、下を覗けば馬車で通って来た道が見えた。
ひゅぅうっと強い風が蔦を揺らし、不気味な寒気がしてそっと窓を閉じた。
部屋の中は小さな猫足バスタブのシャワールーム、大きい収納とベッドだけの部屋と、小さめのテーブルと2脚椅子が置かれただけの殺風景な3部屋に分かれていた。
コンコンッとドアを叩く音。
ドアを開けると、立っていたのはアネットだった。凄く機嫌が悪そうだ。
「飯、食べに行こう、、だそうです。」
男の口調交じりでとても窮屈そうだった。
「準備するのでロビーで待っていて下さい。」
「⋯その前に、ちょっと良いでしょうか?」
「⋯?どうぞ。」
アネットは部屋に入り、ドアを閉じた。
「大事な話がある。座ってくれるか?」
「はい。」
いつにも増して険しい顔つきのアネットは、ドカッと椅子に座りレナルドである事を態度で示す。腕を組み背凭れに体を預ける。
コレは⋯私何かしただろうか?怒られる気がする。
「⋯な、なんでしょうか?」
「良いか?よく聞け。今回の狩猟大会、気を付けろ。」
「何か理由があるんですか?」
「⋯いや、ハッキリとは憶えてないんだが、前にもあった気がして⋯。何か大事なことを忘れている気がするんだ。」
「大事なこと⋯。アルフレッド様と関係が⋯?」
「分からない⋯。ウッ!!」
お腹を押さえて蹲るアネット。苦しそうに吐息が漏れる。
「大丈夫ですか?お腹が痛いんですか?」
「だ、大丈夫だ。うぅ⋯、偶にこんな事があるんだ。」
「取り敢えず、横になってください!!」
肩を貸してベッドに寝かせ、額を手で触るが熱はないようだ。
「⋯アネットの記憶を夢に見るんだ。時折俺の様子を見ていた様だった。それが何を意味しているのか⋯。うぅ⋯!!」
「今はいいですから、休んで下さい。」
ふと見ると、足首に垂れてきた血が付いているのが見えた。これは⋯
「生理ですね?何日目ですか?」
「ううぅ、、何がだ?」
「今月の、経血が出た日から何日目ですか?」
「ふ、二日目⋯だと思う。」
「一番辛い時じゃないですか!何で計算して予定組まないんですか!こんな山奥まで大変なのに⋯。」
「計算⋯?これしきの事ッ、、なんてことッ⋯無い。」
凄く痛そう。あの痛みは分かる。キリギリと下腹内部をフォークで削られる様な、予期せぬ嫌な痛み。握り潰される様な苦しさ。生理の重さは女性でも個人差があるから、一概には言えないが辛いものに変わりない。
この世界に来て身体が男性になり、すっかり忘れていた。レナルドは男から女になったんだから、初めてで対処のしようがなかっただろう。今まで何で気づいてあげられなかったんだ!!私の馬鹿!
「冷やすのは良くないから⋯湯たんぽ⋯あっ、着替えもいるし⋯⋯ナプキン⋯は無いよな。だったら⋯⋯」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?痛ッイタタタ...」
「気にせず休んでいて下さい。ちょっと出てきます!部屋の鍵下さい。」
「何する気だ?」
「変な事はしないですから。」
不服そうな顔のアネットにホテルの部屋の鍵貰い、着替えを取りに行った。
緊急事態とはいえ、アネットの部屋にレナルドが入ったと誰かに見られたら、良からぬ誤解をされかねない。慎重に周囲を警戒し、見られないようササッと侵入した。
「ふぅ~気付かれてない。えーっと着替え着替え⋯」
鞄を開けると、仄かに香る花の匂い。少しすっきりとしたシトラス系の香りだ。いつもののアネットの匂い///
いかんいかん!着替え!!探さないと!
2つある鞄両方開けてみたが、所謂パンツが見当たらず、昔何処かで聞いた“この時代はパンツ履いてないんだって”という言葉が脳裏を過った。
まさか⋯ね。あのパーティーの時も、クロエ様が襲ってきた時も⋯⋯履いてなかったの!?
アネットの『スースーする』って言葉に『我慢して下さい』って返した私って⋯変態野郎じゃんか!!!
しょうがなく数少ない着替えの中から、下着とパニエを持っていくことにした。
パンツとナプキンは作れるのか?現代のものと同じでなくても作らなきゃ。この街に布屋さんあるかな?
コソコソとアネットの部屋を出て、急いでアネットの元へ向かった。
「レナルド様!一緒にお食事へ行きませんか?⋯???⋯お手に持っているソレは⋯」
「ロザリー嬢!!何でもありません。俺は食事は大丈夫だ。今日は明日の為に体を休めるよ。」
背後から声を掛けられ、ビックリした〜!思わず背中に隠したが、パニエと下着を見られたら、、、終わるッ!!アネットの立場も危うくなる!
「そうですか。では、おやすみなさいませ。」
「ああ。ロザリー嬢も良い夜を。おやすみ。」
「はい!/////」
セーーーーーーーーフ!!!!そそくさと部屋に戻ると、痛みで唸るアネットの声が聞こえた。
「気にしなくて良い⋯変に思われてもいけないから⋯お前だけでも⋯食事に行け。」
「食事は断りました。それより、着替えここに置きますね。ナプキンの代わりにこの布を折りたたんで、股に挟んでから細長い布で押さえるように股から腰に巻いていて下さい。あとは⋯」
私がタオルにしようと持って来た布を、切って長くした。(勿論未使用!新品!)ふんどしって役に立つな⋯。
「何でそこまでする?皆同じだ。我慢すれば良い。」
「我慢するくらいなら、よくなるように改善しなきゃ。そうやって文明が発達するんだから。怖いなら“これが最先端だ”って胸張れば良い。レナルドの特技でしょ?」
「勝手に特技にするな。でも、一理ある。」
「はい!じゃあ大人しく寝てて下さい。」
もう一度部屋を出ようとドアに向かうと、「何処へ行く?」と言うので、「ちょっとそこまでっ!」と言い残し部屋を出た。
先ずは湯たんぽ、それと食事か。朝イチで布屋に行こう。場所は聞いておかないと。
「すまないが、お湯をこれに入れてくれないか?湯たんぽにしたくて。あと、お粥⋯いや、103にルームサービスを頼めるだろうか?」
ホテルのボーイに声を掛けた。一瞬キョトンとした顔をされたが、直ぐに爽やかな笑顔で応対してくれた。
「かしこまりました。お湯はコチラでよろしいでしょうか?ルームサービスは後ほどお部屋にお持ちします。」
「それと、この近くに布屋はあるか?」
「布屋⋯ですか?布屋はありませんが、ハンター達の破れた服などの修理をしてくれる、ラトリエ・キュイラスと言う店があります。」
「そうか、ありがとう。あっこれを。」
私がチップを渡すと、深々と礼をして去っていった。私は湯たんぽを手に部屋へと戻った。
未だに蹲り痛みに耐えるアネットは、苦味走った顔で我慢していた。この痛みばかりは鎮痛剤でしか抑えられない。この世界にロキ○ニンもバ○ァリンルナも無いし、薬師として活躍出来るほどの知識も持ち合わせていない。だから⋯
「これを抱いて下さい。湯が入ってるので温かいですよ。」
「ううぅ、、、」
暫くすると、ルームサービスが届いた。
食べられるかなと思ったが、アネットの表情にそんな余裕は無さそうだった。
私はベッドの傍に椅子を置き、そっとアネットのお腹を擦った。
「馬鹿ッ/////何してる!?/////」
「何もしません。痛いの痛いの飛んでけーってやるだけです。」
「子供じゃないんだ。いいっ!!」
「意地張らないでください。小さい時、祖母がこうしてくれたんです。痛いの痛いの飛んでけーって。畳に布団を引いてくれて、湯たんぽとお粥を作ってくれて。忙しい母の代わりに一緒にいてくれた。あの当時は心強くて嬉しかった。」
「愛されていたんだな。」
「そうですね。」
「帰ったら喜ぶだろうな。」
「⋯亡くなっているので。」
こう言うと必ず皆、驚いた顔から同情と困惑の表情になる。そんな顔して欲しいわけじゃないけど、どう説明したらいいのか分からない。
単に『そうですね』と返せば困らせないんだろうけど、嘘をつくようで嫌なのだ。まだ生きているかのように言うのは、簡単だ。そうしない理由は“既に死んだ人”だと自分に言い聞かせているんだと思う。
アネットにも同じ顔をさせてしまうと思ったが、違った。
「それは⋯もう帰りたくないと言いたいのか?」
「そんな事はありません!」
「それなら良い。お前がいると俺は俺の体に戻れないことになるからな。」
「ホントに自己中⋯」
「悪いか?なんだ、同情してほしかったのか
?フフッ。意外と寂しがり屋なんだな。」
「違います!」
私の頭をくしゃくしゃっと撫でたアネットは優しく笑った。
「大丈夫だ。愛された記憶があれば、何処にいても寂しくないだろう?記憶としてお前に刻まれて、こうして人にも与えられるその愛情は、お前を独りにしない為のおばあさんからの遺産だと思うぞ。」
そっか。貰ってばっかりだったなぁ。なのに⋯
「⋯恩返し出来なかった。」
「お前のおばあさんは、そんなに恩着せがましい奴なのか?でなけりゃ恩だと思ってお前に愛を与えた訳じゃないさ。ただ与えただけだ。今のお前が俺の腹を撫でるように。」
自然と笑みが零れた。心の何処か、ずっとつっかえていた物が流れたような気がした。
「そうですね。撫でたくて撫でてます。」
「変な言い方するな/////」
「痛いの、痛いの、飛んでけ〜」
私はアネットが眠りにつくまでお腹を撫で続けたのだった。




