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新たな試練

 あれから早5日―。

 アルフレッドとの対話を試みること十数回⋯。声を掛けただけで睨まれる。遠くから手を振るも無視。後をつけて機会を伺うも巻かれる。

 学園内は広いし、元々嫌われている以上捕まえるのは至難の業。考えを巡らせた私は、学園寮が同室である事を思い出し、(アルフレッドは滅多に部屋にいたことが無いので忘れてた。)アルフレッドが剣の鍛錬から寮部屋に帰るまで起きていようと意気込んだ。


 ⋯気付いた時にはアルフレッドはベッドで寝ていた。

『やっちまった!!私が先に寝落ちしてどうする!!』


 今度は朝なら大丈夫だろうと、何度も早起きした。が、タイミングが合わない。

『アルフレッド⋯早起きし過ぎだよ!年寄りか!』


 ―――――


「無理だ。アルフレッドが捕まえられない。アベルはアルフレッドと運動してるんだろ?」


 仕方なくアベルに相談することにした。アベルはアルフレッドと同様に鍛錬を欠かさない。聞くところによると、一緒に剣術をやっていることもあるらしい。練習場所やタイミングさえ分かれば、あとは突撃すれば良い。


「俺も最近は手合わせしていない。ん〜そうだな〜約束しているわけではないからなぁ。俺も毎朝走るがコースが違うんだろう。⋯あっそうだ!今度狩猟大会があるんだ。確かアルフレッドも参加するぞ。お前も参加するか?」


 狩猟大会か⋯。動物を狩る?撃つってことだよね?怖っ!!アルフレッドと交渉する為にそこ迄する?でも、云うてもアルフレッドは王族。学園と王宮を行き来している為、最近は授業に出席しないことも屡々。忘れてたけど、並の人間が簡単に会える相手ではないのだ。


「参加する!教えてくれ。」

「よし!じゃあ早速練習するか!」


 ―――――


 連れて行かれたのは、馬舎だった。


「馬に乗って狩るのか?」

「そうか、覚えていないのか。馬に乗って猟犬を追いかけるんだ。今回は第2王子であらせられるフィリップ殿下が主催だからな。結構大規模なんだ。場所はヴァリルヴォン領地内の自然公園みたいな所だ。」


 ヴァリルヴォンはアベルの父が治める領地。山岳地帯で自然豊かなところだと聞いた。銃の練習だったらどうしようかと思ったけど、乗馬ならなんとかなるだろう。。。



 アベルに続き、私も馬を走らせるが⋯

「ま、待ってくれ!!うぉぅおおおぉおぉおおおお!?!?!?!?」


 は、速いぃいい!!ひぃいいい!!こんなスピードで馬に乗れるわけ無い!それと、、、アソコが痛い!!馬の蹄が地を蹴る度に、金属バットで打ち付けられてるんじゃないかという痛みが襲う。コレ⋯男じゃ死んじゃうよぉ〜!


「ハッハッハッ!序の口だ!本番はこんな平坦な道では無いぞ?山中は舗装などしていない獣道だ。その中で笛の合図で一斉に走り出す猟犬を追いかける。見失ったら迷子になるぞ!」


 馬鹿なの!?誰がこんなもん遊びにしたんだよ!アベルは平気な顔をして、私を猛スピードで追い抜いて行く。乗馬やってる内にアソコも鍛えられるんだろうか?そう言えば見た事ある。海外のおバカ映像で、“アソコを鍛える男”みたいな。って言ってる場合か!!


「ま、待ってくれ…⋯待って下さい!!」



 目線の先には、きらきらと風に揺れる水面が見えた。着いた先は小さな湖のある開けた場所。先に着いたアベルは馬に水を飲ませ、艷やかな鬣を撫でている。私は馬から降りて息を整える。

 此処もサンクテール学園の敷地内。走って来た道はピスト・キャヴァリエールと呼ばれる広葉樹林の乗馬コース。学園内には用途別に道が幾つかあるらしい。


 この道は植樹したのか整備されていて、多少の勾配はあるものの走りやすい道だった⋯け・ど!!


「そんなんじゃ、置いていかれてしまうぞ。幾ら自然公園だと言ったって、広大な森の中では何が起こるか分からんからな。レナルド、昔よりも基礎体力が足りないのか?俺と一緒に走るか?」

「い、いい。ゼェーハァー⋯ゼェー⋯ハァー⋯…」

「そうか!では明日から走り込みだ!」

「エッ!?」


 “いい”ってその“良い”じゃない!!NOぉおおおお!


「明日の早朝、フォレ・ド・フルミの入口で待ってるぞ。」

「は⋯はい。」


 断れなかった。絶対、筋肉痛になるよぉ~!!


 ―――――


 フォレ・ド・フルミ⋯蟻の森。複数の道に空間が所々付いた、正に蟻の巣の様になっている事から名が付いた学園内の広葉樹林。それぞれの空間は剣術練習場や弓の練習場、湖など各練習場や広場があるらしい。


 翌朝、子鹿のように震える足を引き摺って、フォレ・ド・フルミの入口で待っているとアベルがやって来て豪快に笑う。


「ハッハッハッ!あれだけの乗馬で筋肉痛とは⋯レナルド、余程の運動不足だな!これは、シゴキ甲斐がありそうだ!」

「あ、足⋯ガクガクなんだ⋯手加減を⋯」

「それじゃあ先ずは、柔軟からだな!その状態では怪我をするかもしれんからな。」


 くるりと背中合わせになりパシッと両腕を組んだかと思えば、思いっきり背中を反らされた。


「い゙だだだだだっっ!!!!!」

「ハッハッハッ!カチコチじゃないか!」


 足だけじゃなくて背中も痛いんだって〜!!アベルの方が少し背が高くて、私の足が浮いている。男の全体重を持ち上げられるほどの力があるんだ。


「ハァ⋯ハァ⋯⋯お、降ろして⋯くれ⋯⋯」

「では次!真似しろ!」


 次から次へと柔軟体操をさせられ、夏のラジオ体操よりもハードだ。


「今から走るぞ!ついて来い!」

「これから!?」


 アベルの体力舐めてたな…。私は既に汗をびっしょり掻いているのに、アベルはものともせずニカッと笑ってる。

 早朝の涼しい森の中をアベルに続きランニング。昨日とは違うこの道は、少し登り坂。硬い土をしっかりと踏み締め、肺に早朝のひやりとした空気を通わせる。まだ薄暗い森の中は静かで、リズミカルな足音と鳥の囀りだけが響いている。



「着いたぞ。」


 吐息交じりのアベルの声に顔を上げると、目の前に広がる地平線には、太陽が顔を覗かせ山の稜線がくっきりと浮かぶ。まだ眠りについている街に降り注がんとする光線は、抗えない強さで今日の始まりを告げる。


「綺麗⋯」

 零れるように出た言葉だった。


「そうだろう?この景色を見せてやりたかったんだ。」

 真っ直ぐに地平線を見つめるアベルは、意外にもロマンチストなのかもしれない。


「お前が目を覚まさないと聞いた時、此処で願ったんだ。一度でいいからレナルドとこの景色を見たいと。何でも一人で出来る奴なのは知っている。だから、今までお前とはこんな風に走ったり乗馬なんて、したこと無かったからな。この景色を一人で見ることが普通だったのに、あの時、お前に見せていない事を悔やんだんだ。⋯本当に元気になって良かった。」


 照れ臭そうにするアベル。武骨でストレートなアベルらしい優しさは、じんわりと心を包む。

 アベルにとってレナルドは凄く大切な友人なんだと実感した。と同時に心が締め付けるように痛かった。私はレナルドの皮を被った偽物だ。



 この景色を見ているのはレナルドではない。

 アベルが待っていたのは以前のレナルド。

 私がアベルの優しさを受け取ってはいけない。


「アベルは意外とロマンチストなんだな。そういう台詞は女の子が喜ぶぞ。」


 茶化してしまった。


「なっ!/////⋯皆には秘密にしろよ!?ったく、女子に言うのはレナルド、お前の専売特許だろ。」


 ゲラゲラ笑うアベルを真っ直ぐ見ることができない。必ずレナルドに伝えるから。必ず元に戻るから。ごめん。ごめんアベル。ごめん、レナルド。



 私もこの朝日に願えば叶うのだろうか?


『この身体をレナルドに返してください。』


 オレンジから青へと輝きを増す天は、遠くまで澄んでいた。




「そろそろ帰るか!」

 アベルの声で再び震える足⋯。


 忘れてた⋯来た道帰るんだったぁぁあああ!!!


 ―――――


 朝はランニングで体力強化。夕方は狩猟の方法である、弓の練習も始めた。

 夕陽で長く伸びる影が2つ。遠くの木に括り付けられた的に向かって弓を引く。


「うぐぐぐっ!」

「そんなんでは、飛ばないぞ!」


 勿論教えてくれるのはアベル。腕の太さが(レナルド)の倍あるんじゃないかという筋肉バカは、教え方は下手くそで中々上手くいかない。


「“こう”だ!!“こう”!もっと“こう”!」

「すまない。“こう!”だけじゃ分からない⋯。」

「あ゙ぁ〜じれったい奴め!」


 私の持っている弓を背後から、抱きつくようにして私の手を掴み弓を構える。


「ちょっ///何してる!?///」

「分からないなら、“こう”するしかないだろう?」


 ひゃぁああああ!顔近い!アベルの厚い胸が背中に当たる。太い腕に浮き上がる血管。耳に掛かる吐息。しっかりと掴まれた手はもう逃げられない⋯


「どうした!?レナルド!しっかりしろ!」



 不意打ちの胸キュンイベントに、レナルドであることを忘れ我も失った。


 ―――――


 それから毎日来たる狩猟大会に向け、練習に明け暮れた。


 相変わらずアルフレッドには中々会えず、私の体だけがムキムキになっていった。


 教室では、日に日に体格が良くなってゆく私に、ジルが不思議そうに肩をツンツンする。


「レナルド、最近大きくなった気がする〜!」

「アベルと筋トレしてるからな。狩猟大会に出ようと思って。」

「えー!あのフィリップ殿下主催の狩猟大会に出るの!?何で!?」

「アルフレッドが出席するんだ。アルフレッドにはちょっと話があってな。だけど、中々タイミングが合わなくて、アベルに相談したら提案してくれたんだ。」

「あ~最近、情勢が良くないからね。先月は、何処かの貴族がならず者に襲われた事件があったらしいし。エトロワールからの移民も増えてきて事件も頻発してるから、第1王子としてアルフレッドも駆り出されてるんじゃないかな?僕も学園で顔見ない事が増えた気がする。」

「そ、そうなんだ⋯。」


 “貴族が襲われた事件”って私の事じゃない!?一応、その貴族が誰なのかはまだ分かっていないようだけど、大ごとになってしまったみたい。小さな出来事だと思っていたけど、ちゃんと国王の耳に届くのか。国内紛争も暴動も無いし、こういう所がこの国(ヴェルクード)が平和である理由なのかもしれない。

 それの調査・管理に駆り出される…。やはり王子とは大変なんだな。ごめんよアルフレッド。イキった私が原因です。


「レナルドが参加するなら、見に行こうかなぁ〜。」

「観覧出来るのか?」

「そうだよ?フィリップ殿下はいつも友人を招待するんだよ。観覧席があって、出場する人も2人なら招待出来る筈だよ!⋯⋯僕、行ってもいい?」


 そんなキラキラした瞳で見つめられると、断れない!!ジル可愛い!!


「ああ。勿論だ。」

 にやけ顔を出さぬよう気持ちを抑えつけて、承諾した。

 やったぁ!と無邪気に喜ぶジルは子犬のようだ。


「もう1人は誰にするの?」

「もう1人⋯。」


 ―――――


「と言うことで、アネット嬢来るか?」

「また余分なことをしているんですね。」


 学園内での会話はアネットとして振る舞う為、顔は笑ってる。だけど、絶対に怒っている。


「行きませんわ。」

「何で!?」

「私、レナルド様を振った筈なのですが、どうして行かなくてはいけないのか、分かりませんわ。」

「それはそれ、これはこれ。で、来ませんか?」

「あの!私が行ってはいけませんか?」


 話を聞いていたのか、ロザリー嬢が話し掛けてきた。


「ロザリー嬢。狩猟大会ですし、けして危なくない訳ではありません。それに、この様な野蛮な遊びをお見せするわけには⋯。」

「アネット様は良くて、私はいけないのですか?」


 御尤も。傍から見たらそうなんだけど、アネットの中身はレナルドだから、野蛮云々なんて関係無いんだよね〜。それに、アルフレッドやアベル達との接点を増やせるんじゃ無いかと思って、誘ったんだけど⋯仕方ない。


「あぁ〜そうだ!妹!妹のアメリーを誘ったんだった!忘れていたよ!すまない。この話は忘れてくれないか?」

「そう⋯ですか。既に妹さんを誘われていたのでしたら、仕方がありませんわ。またの機会があれば、是非次は私を誘って下さいませ。いつでもお待ちしておりますわ!」

「ありがとう。覚えておくよ。」


 ロザリー嬢は納得して去って行った。

 咄嗟にアメリーの名前を出したけど⋯素直にアメリーを誘って来てくれるのか⋯?


 ―――――


 実家からの使いでサンクテール学園に来たアメリー。“使い”と言いつつ、今期より入学したルシアンに会いに来たのだろう。


 一通の手紙をアメリーから受け取った私は、恐る恐る狩猟大会に誘ってみた。


「行く筈ありませんわ!何故私がお兄様の応援に、山の中まで行かなくてはいけないのです?!」


 ですよね~。アネット(レナルド)よりもアメリーの方が難しいかも知れない。


「そこをなんとか!」

「嫌ですわ!」


「なんの話をしているんですか?アメリーは怒っていても可愛いけど、お義兄さんには優しくしなきゃ。ね?」


 頼み込んでいる姿をルシアンに見られてしまった。私の天敵ルシアン・トラントゥール。兄妹仲を引き裂く美少年悪魔め!

 アメリーはルシアンに窘められて、頬を赤らめる。


「ルシアン様///!お会い出来て嬉しいですわ///!」

「僕も顔が見れて元気が出たよ。」

「何かあったのですか?まさかお兄様に意地悪でもされたのですか!?」

「いえいえ、そんな事はありません。ただ、入学してから周りが騒がしくて。でもアメリーの顔を見られて、疲れが吹っ飛びました。」


 そりゃそうだ。入学試験成績一位で美形の男の噂話、その本人だ。私がムキムキになる間、この男はその秀才ぶりで周囲の人に持て囃されていた。


「ところで、何処か行くのですか?」

「お兄様が狩猟大会に参加するのです。その応援をしろと言うのです。」

「その狩猟大会とはフィリップ殿下主催のですか?」

「そうだが、何故それを?」


 一通の封筒を取り出したルシアンは、封蝋の印を見せる。


「僕もフィリップ殿下より招待状を頂いたのです。」

「参加するのか!?」

「はい。殿下に招待状を頂いた以上、参加しないわけには...。僕もアメリーに見に来てもらいたいな。」

「はい!行きます!勿論行きますわ!」


 ルシアン、わざと私に見せつけてるの!?断られた私の目の前で招待するなんて、つくづく気に食わない奴。

 ムカつくけど、今ルシアンに怒ったり感情を出したら、余計にアメリーとの軋轢が深くなる。ここは大人の余裕を見せなければ!!


「そうだったのか。では、狩猟大会当日楽しみにしているよ。」

「はい!僕もアメリーの為に頑張らなくちゃ。」


 気障な笑顔でアメリーの頭をそっと撫でるルシアンに、はにかむアメリーは嬉しそう。普通、兄の前でイチャつく奴があるか?(って、まだルシアンの兄になってない!婚約だけなんだから!)


 引き剥がしたい気持ちをぐっと堪えて、ルシアンにアメリーを託して寮へと戻った。


「ルシアン。アメリーを学園の入口まで送ってくれ。“頼んだぞ。”」


 ちょっぴり語気が強かった気もするが、良く耐えた!偉いぞ私!




 ―1ヶ月後、狩猟大会当日を迎えたのだった。

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