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 数日後。


 仕事を終えてティターニア家に戻ると、玄関でシャーロットに声をかけられた。


「あの、エミーさんにお手紙が届いております」


「え? わたしに?」


 デジャヴ……。何だか以前にも似たようなやりとりがあったような気がする。厭な予感しかしない。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 シャーロットから渡された手紙を見てみると、封蝋に何やら物々しい紋章が。


「……あの、これって……」


「はい、王家の紋章です」


 そんなタイトルの漫画があったなあ、なんて現実逃避をしても仕方がない。腹を括っていかつい封蝋で綴じられた手紙を開封する。


「どれどれ……」


 どうやら差出人はクリスのようだ。まあ王家に顔見知りは彼女しかいないから、予想はしていた。


 内容は、石鹸の大量発注であった。その数なんと一〇〇個。


 クリスが石鹸を王宮料理人やメイドに渡したところ、料理長とメイド長から是非王宮内に常備してほしいと嘆願があったらしい。


「これは……」


「どうかなさいました?」


 心配そうな顔で見るシャーロットに、わたしは笑顔を向ける。


「朗報です。王城から石鹸の大量発注がありました」


「まあ、それは素晴らしい」


 あわよくば王城で使ってくれないかという下心でクリスに石鹸を渡したのだが、まさかここまで大口の発注があるとは思わなかった。とんかつソースのことといい、何でもやってみるもんだなあ。


「あの、その手紙、続きがあるみたいですよ?」


「え?」


 シャーロットに言われて手紙をよく見たら、二枚目があったようだ。それは追伸で、石鹸をお風呂で使いたいのだが、色と臭いは何とかならないのかというものだった。


「なるほど……」


 廃油を使った石鹸は、使用目的を洗濯や洗い物にしているため色や臭いは考慮していない。というか、材料が廃油なのでちょっと油臭い。これをお風呂で使うのはさすがに覚悟が必要である。たぶん肌が荒れるし。


「お風呂で使う石鹸か……」


 王族のクリスが欲しがるのなら、他の貴族にも需要があるかもしれない。となれば、ここはお風呂用の石鹸を開発するべきだろう。


「ちょっと考えてみますか」


「新しい商品の開発ですか?」


「はい。大口注文が入ったので、開発資金の当てができましたしね。コロッケがマンネリになる前に、何か一手を打てるようにしないと」


「頑張ってくださいね」


 シャーロットににっこり笑顔でそう言われ、やる気が湧くと同時にプレッシャーが肩にのしかかる。


 だが、ここで退くわけにはいかない。商売というものは、一度動き出したら止まるわけにはいかないのだ。





 翌日。


 いつもより早起きし、庭に出る。


 太陽はまだ顔を出したばかりで、朝と夜の境界が屋敷の壁に線を引いたようにはっきりと残っている。だが夜は敗色濃厚で、じりじりと朝によって隅の方へと追いやられやがて消えていく。


 まだ草花に夜露が残っている庭を歩く。普段なら寝ているはずの時間の空気は、心なしかいつもより澄んでいるように感じた。


 深呼吸しながら歩いていると、目的の人物が見つかった。


「おはようございますガードナーさん」


「おはよう嬢ちゃん。今日はえらく早いな」


 ガードナーは早朝だというのに花壇の手入れをしていた。いつもこんな時間から仕事をしているのか。大変だなあ。


「ちょっとご相談したいことがあるんですけど」


「ほう」


 ガードナーは、日に焼けて煮卵みたいになった頭を手でつるりと撫でる。


「香りの良い花が欲しいのですが、何かありませんか?」


「花はだいたいいい匂いがするものだろう」


「いやまあそうなんですけど……」


 わたしはガードナーに、石鹸に香りをつけたい旨を説明する。


「なるほど。石鹸とやらの香料に使うのか。となると、やっぱり薔薇かのう」


「いいですね、薔薇」


 薔薇と言えば、香水などでもよく使われる香りのチャンピオンだ。石鹸だけでなくシャンプーや入浴剤などなど、お風呂関係で引っ張りだこである。


「ただなあ……」


「何か問題が?」


「薔薇っちゅうのはとても繊細な花なんだよ。綺麗に咲かせるには熟練の腕が要る。だから貴族の庭に薔薇が咲いているのは、腕のいい庭師がいる証拠だ」


「必要なのは花びらなので、見た目は重視しないのですが」


「それでも花が咲くまでが大変なんだ。丁寧に育ててやらんと、蕾になる前に枯れてしまう」


「量産には向きませんか」


「野菜みたいにポンポンできるもんじゃあないな」


「なるほど」


 となると、生産数を絞って貴族限定に販売するとかにしないと駄目か。


「逆にポンポンできる花ってあります?」


「あるっちゃああるが、そんなもん植えてどうする?」


「そっちはそっちで使い道がありますので」


「ふむ……わかった。何とかしよう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 これで石鹸の香料は何とかなるだろう。次は油の問題だ。


 わたしはガードナーと別れると、一度屋敷に戻ることにした。





 コロッケを売りながら、わたしは油について考えていた。


 貴族向けの石鹸の材料を、何にするか。


 無難なのは、オリーブオイルのような植物性の油だ。食べられるものだから肌に優しいし、入手も比較的容易だ。


 同じ理由だと獣脂も考えられる。牛脂やラードが有名だが、大航海時代には亀やセイウチの脂を活用していたという記録を読んだことがある。この世界ならオークの脂とか使えるかもしれない。


「フィオ」


「なんや?」


「今日はお店を任せていいですか?」


「別にかまへんが、体調でも悪いんか?」


「いえ、新しい商品の材料を探しに行こうかと思ってるんですよ」


「ああ、王女様が欲しい言うてたやつか」


「はい。お願いできますか」


「ええで。混んで来たらエッダにも手伝わせるわ」


「用心棒に売り子をさせて、文句が出ませんかね?」


「初日にチンピラ追い払って以来、今日まで立ってるだけで全然仕事しとらんやんか。高い給金払ってるんやから、ちょっとぐらいサービスしてもらわんと困るわ」


 そういえば、初日のインパクトのおかげで我がエミー商店に因縁をつけてくるチンピラは一人もいない。それはやはりエッダの存在が大きいのだろう。


「ではちょっと出てきますので、後はよろしくお願いします」


「気ぃつけて行ってきいや」


 手を振るフィオに手を振り返して、わたしは雑踏の中へと駆け出した。


次回更新は活動報告にて告知します。

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