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 それからも、コロッケの売れ行きは順調だった。


 街の噂によれば、我がエミー商店は王都でもなかなかの人気店になっているようだ。


 しかし相変わらず売れるのはコロッケだけで、石鹸はまったく売れない。エミー商店はコロッケ屋として世間に認知されているらしい。どうやら種は芽吹かなかったようだ。残念。


 ある日コロッケを売っていると、客が途切れたタイミングでフィオがわたしに訊いてきた。


「なあ、そういえばあのなんや、トンカツっちゅうのは売れへんのか?」


 どうやらフィオは、いつになったらわたしがトンカツを売るのかずっと気になっていたようだ。


「あれは完全体じゃないから売りたくないんですよ」


「なんや完全体って……」


 フィオには理解できまい。とんかつソースのかかっていないトンカツなど、画竜点睛を欠くにも程があるというもの。仲間内だけで食べるならまだしも、他人様に売るなどわたしにはとてもできない。


「料理として完全ではないってことですよ。あんなものをお店で売るなんてとんでもない」


「なんやようわからんが、どうやったらその完全体になるんや?」


「それは……」


 言葉に詰まる。前世では何気なく使っていたとんかつソースだが、わたしはその材料や作り方をまるで知らない。パッケージに野菜や果物のイラストがあったなあという、漠然としたイメージだけだ。


 そもそも現代の調味料は、企業の血の滲むような努力によって完成されているのだ。わたしのような素人が個人で再現できるレベルのものではない。


 では個人ではなければ何とかなるのだろうか?


 いや、そもそもこの世界でとんかつソースを作ろうなんて思う人がいるのだろうか。もしいたとしたら、それはきっととんでもない変人か変態だ。


「売り物にはしませんが、フィオが食べたいのであればいつでも作りますよ」


「ほんまか? ほな今度作ってもらおうかな」


 フィオはトンカツの味を思い出したのか、舌で唇を舐める。


 そんな他愛のない会話をしながら、今日もわたしたちはコロッケを売った。





 数日後。


 仕事を終えてティターニア家に帰ると、玄関で執事のセバスチャン(わたし命名)が待っていた。


「ただいま帰りました」


「いま帰ったで」


「お帰りなさいませエミー様、お待ちしておりました」


「え、わたし?」


「先ほどからお客様がお待ちしております。速やかに応接室までお越しください」


「わたしにお客……誰だろう?」


「なんやエミー、心当たりないんか?」


「ありませんよ、そんなもの」


 そもそも王都にわたしの知り合いはいない。せいぜい毎日倉庫に肉や野菜を配達してくれるお店の人ぐらいだ。


「とにかく急いでください。あまり先方をお待たせすると、わたくしが叱られます」


 セバスチャンに急かされ、わたしはとにかく応接室へと向かう。


 セバスチャンが扉をノックすると、中から「どうぞ」とシャーロットの声がした。


 扉を開けてもらってわたしが中に入ると、室内にはさっき声がしたシャーロットと、意外な人物がソファに座っていた。


「クリスティアナ王女殿下……」


 わたしが呟くと、クリスティアナは「苦しゅうない、クリスと呼ぶがよい」とにやりと笑って言った。


「そちは確か、アシスタントのエミーとか言ったな。待っておったぞ、まあ座れ」


 クリスはそう言うと、自分の対面に座っているシャーロットの隣の席を指さす。


 王女殿下に座れと言われて断るわけにもいかず、わたしは素直に従うことにした。


「失礼します……」


「久しいな。元気にしておったか……ってずいぶん痩せたのではないか?」


「き、気のせいではないでしょうか……?」


 本当は、お針子メイドがわたしの食事の量を減らし続けているのでじわじわ痩せている。毎日顔を合わせる人は気づかないが、久しぶりに会う人が見たらすぐ気づくだろう。


「そうか、気のせいならまあ良いのだが……。とりあえずそちはもっと食べた方がいいぞ」


 愛想笑いでごまかすわたしに、クリスはそわそわしながら「ところで」と話を切り替える。


「リリアーネさm……殿は息災か?」


 今〝様〟って言いかけなかったか?


「彼女は体調を崩していて、今は部屋で休んでおります」


 わたしが告げると、クリスは「そうか……」とあからさまにしょんぼりしたが、すぐに次の話題を切り出してくる。どうやらこちらが本命のようだ。


「巷では、何やら新しい食べ物が流行しとるらしいな」


「そうなのですか? さすがクリス様、お耳がお早い。わたくしなど、屋敷に篭もっているので外のことはさっぱりですわ」


 そう言えば、リリアーネの筋トレレッスンがなくなってから、シャーロットは社交の場にも出なくなってしまった。わたしは昼間は留守にするようになったので、その間彼女が何をしているのかわからない。


「わらわも王族の端くれ。市井のことに無関心ではいられぬからな。それよりも、調べてみるとその流行りの食べ物、どうやらお主の所の商品のようではないか」


 開いた扇子で顔の半分を隠すが、目がギラリとこちらを睨んでいる。『どうしてもっと早く教えなかったのか』と暗に言っているかのようだ。


「コロッケのことですか?」


「そう、そのコロッケとやらだ。話に聞くと、大層美味だそうではないか」


「いえいえそんな。大したものではありませんよ」


「そう謙遜するな。流行っているのがその証拠よ。もっと自信を持って良いのだぞ」


「ありがとうございます」


「ところでそのコロッケとやら、わらわも一度食してみたい。なんとかせよ」


 なんとかせよと言われても、『だったら店に買いに来てくださいよ』とは言えない。コロッケを買いに来る王族なんていないし、いたらいたで大変なことになる。一瞬王家の紋章付きの馬車が屋台に横付けされる姿を想像したが、そんなことされたら護衛やら何やらで商業区がパニックになってしまう。


「……わかりました。少々お時間をください」


「うむ、苦しゅうない。なるべく早く頼むぞ」


 扇子をぱたぱたして催促するクリスを横目にわたしは席を立つ。応接室を辞すると、早足で厨房に向かった。


次回更新は活動報告にて告知します。

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