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「宣伝?」


「フィオは初めてコロッケを見た時、どう思いました?」


「せやな、なんか茶色おてけったいな食べもんやなあって思ったわ」


「お金を払って食べたいと思いましたか?」


「いや、正直そこまでは思わんかったな。けど一度食べたらまた食べたなったわ」


「それです」


 わたしはフィオにビシリと指を突きつける。


「人は、初めて見るものには警戒心が働きます。特に味の想像がつかないものにお金を払う人は少ないでしょう」


「せやけど、買ってくれんといいも悪いも判断つかんやろ。問題はいかに客に買わせるかやないんか?」


「そこで『試食』です」


「試食?」


 現代でも、食品の新商品はメディアへの広告だけでなくスーパーなどの小売り店で試食販売をする場合が多い。車なら試乗、銃なら試し撃ち、ゲームなら体験版。そして食べ物なら試食をするのがその商品を知るのに一番手っ取り早い。かの有名なマルシンハンバーグだって通った道だ。


「今からこのコロッケを全部、タダで配ります」


 わたしの言葉に、フィオは「ええっ!?」と大声を上げる。


「タダで配ったら銅貨一枚にもならへんやないか」


「まあ、今日はまったく儲けにならないどころか赤字ですね。ですが、今日コロッケの存在と味を知ったお客が、明日以降も来てくれたらどうですか?」


「――!?」


 どうやらフィオはわたしの言わんとすることをすぐに理解してくれたようだ。


「つまり、今日の分の儲けを宣伝に使って、未来の儲けに繋げるっちゅうことやな」


「さすがフィオ。理解が早くて助かります」


「損して得取れ、か。ほんま、エミーにはいつも驚かされるわ」


「驚くのはこれがうまく行ってからにしてください。それよりも、今日の宣伝がうまく行くかはフィオにかかってますよ」


「なんでや?」


「宣伝するのはフィオなんですから」


「え……?」





 わたしとフィオは、できたばかりの屋台を引いて商業区の中でも人が多い場所――所謂繁華街に向かう。


 フィオが引いた図面をゾーイが正確に再現した屋台は、不整地でも軽快に走った。車輪を真円にしたり車軸を正確に中心に通したりと、本職の馬車職人顔負けの技術は大したもので、わたしたち子どもでも楽に引ける。


「着いたな」


 ここは露店が連なる大通りで、道の両端には祭りの最中のように屋台がずらりと並んでいる。


「さすがに今からやとええ場所は全部埋まってるな」


「仕方ありませんね。それにこういう場所は暗黙の了解があって、わたしたちみたいな新参者は端っこと相場が決まってます」


「仕切っとる古参に目をつけられでもしたら面倒やしな。ここは大人しゅう端っこで商売しよか」


「ええ。でもわたしはいつまでも端っこで屋台をするつもりはありませんよ」


「――というと?」


「目標はもちろん、大通りの一等地に店を出すことです」


「それは大きく出たな。王都の、しかも一等地と来たか」


 フィオは王都の一等地に店を構える自分の姿を想像するように、目を瞑って口を引き結ぶ。そして次の瞬間、


「ええな、それ」


 にかっと白い歯を光らせて笑った。


「その目標、うちも一枚噛ませてもらうで」


「今さら何を言ってるんですか。とっくの昔に織り込み済みですよ」


「なんやそれ。ほんまエミーは油断も隙も無いな」


「それこそ何を今さらですよ。さあ、無駄口叩いてないで、そろそろ試食会を始めますよ」


「ほい来た」


 フィオは屋台を展開すると、周囲に響き渡る大声で叫んだ。


「さあいらはいいらはい。世にも珍しい新商品、コロッケの試食会やで!」


 屋台には、皿の上にコロッケが山のように積まれている。それはまるで、茶色のピラミッド。


 通行人はフィオの威勢のいい呼び声に足を止め、次いで皿に積まれたコロッケの山を見て興味を惹かれたようだ。


「さあさ、道行くおとっつぁんおっかさんお兄さんお姉さん。見て見てこれ見て。見ていかんと後悔するよ。なんせ今日は全部タダ。タダでええから食べてって」


 タダ、という言葉に通り過ぎようとしていた人たちの足も止まる。


 一分もかからず、わたしたちの屋台の周りには黒山の人だかりができていた。タダという言葉の威力に驚くと同時に、僅かな時間でこれだけの人を集めるとはさすがフィオだなと思った。さすフィオ!


「お嬢ちゃん、これ何だい?」


 屋台の一番近くにいたおじさんが、コロッケを指さして問う。


「よくぞ訊いてくれました。これぞ未来の王都名物、その名もコロッケや」


「コロッケ? 初めて聞いた……」


「そんなん当たり前や。なんせこのコロッケ、つい最近までこの世に存在してへんかったからな。せやからコロッケが食べれるのは、世界広しと言えどこのエミー商店だけやで」


「色も茶色だし、見た感じ美味そうには見えないんだが」


「見た目に騙されたらアカン。一度食べたら病みつきになるのはうちが保証する。せやから今日は、お代はいらんから食べてって」


「タダならまあ……」


 おじさんは恐る恐る、コロッケに刺さった爪楊枝を手に取る。コロッケは予め半分に切られていて、持ち上げると断面が露わになった。


 手に取ってはみたものの、見慣れぬ食べ物に尻込みするおじさん。


「なあ、これ中に何が入ってるんだ?」


 またもや景気よく語るかと思いきや、今度は答えを渋るように「ん~……」と腕を組んで唸るフィオ。


「それは企業秘密、と言いたいとこやけど、まあ食べたらわかるから教えたる。中身は芋や」


「芋? これが?」


「見ただけやとわからんやろ? まあどうやって作るかは言われへんけど、たかが芋と侮るなかれ。我がエミー商店の手にかかれば、美味しいコロッケに早変わりや」


 フィオは講談師のように屋台をバンバン叩く。


「さあ、講釈はもうおしまいや。後は食べてのお楽しみ。数はぎょうさんあるから、みんなどんどん食べてや!」


 中身が芋とわかって、おじさんは決心がついたのか、えいやっと口に放り込む。


 他の客が見守る中、サクっと衣が噛まれる音が響く。そのまま咀嚼する様までじっと見られながら、ようやく飲み込むと一言。


「美味い!」


 テーレッテレーとファンファーレが聞こえてきそうな顔とその言葉が引き金になったのか、客の手が一斉にコロッケの山に伸びた。運良く爪楊枝を掴めた者が口に運ぶと、屋台の周囲からサクサクと衣が鳴る音がいくつも奏でられる。


「何だこれ!? こんなの初めてだ!」


「芋がこんなに美味いなんて……」


「サクサクして美味しい」


 あちこちから聞こえる驚嘆と賞賛の声に、フィオは満足そうな顔をする。


「コロッケはまだまだぎょうさんあるから、好きなだけ食べてって。けどタダなんは今日だけやで。明日からはちゃんとお金払ってもらうからな!」


 フィオの声が届いたのか届いていないのか。客たちは我先にと争うようにしてコロッケを奪い合っていた。


 わたしはその様子を屋台の陰で見ながら確信した。


 これは売れる、と。


次回更新は活動報告にて告知します。

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