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石鹸作りは一旦休憩とし、夕食にする。
ティターニア家には二人のメイドがいるが、花嫁衣装の仕立て直しを頼んだ方のメイドは明らかにわたしを敵視していた。
主人の手前、露骨に態度には出さないが、わたしの料理の盛りだけやけに少なかったりと地味な攻撃をしてきた。
その怒り、ごもっとも。甘んじて受け止めましょう。わたしは真摯な気持ちで、減量中のボクサーみたいな食事を噛みしめる。わたしの隣で同じ居候のくせに三杯目のおかわりを堂々としているエッダを憎みながら。
成長期で食べ盛りの子どもにはまったく足りない夕食を終えると、いつもの通り居間に向かった。
ああ、お腹すいたなあ……。あれっぽっちじゃ全然食べた気がしないや……。
空腹のためテーブルに突っ伏していると、シャーロットが心配そうな顔でやってきた。
「どこかお加減が悪いのですか?」
「いえいえ、何でもありませんよ。ご心配なさらずに」
あなたのメイドがメシの量を減らしてきたのですが、とも言えず、わたしはお腹が鳴らないように祈りながら適当にその場を取り繕う。
「石鹸作りでお悩みですか?」
「とりあえず灰汁の濃度は上がったと思います。後は濾すことで時間短縮ができれば大量生産の目処が立つでしょう」
「そうですか。それは素晴らしい」
「ただ、売り物になるものができるかどうかは、実際にやってみないとわかりませんけどね」
「早く完成すると良いですね」
それからシャーロットと雑談をしていると、例のお針子メシ減らしメイドが現れた。相変わらずわたしをきつい目で睨むが、よく見ると彼女の目が赤く充血している。きっとシャーロットの花嫁衣装を仕立て直しながら、涙を流していたのだろう。
「お嬢様、例のものが完成いたしました。お待たせして申し訳ありません」
それでも主人の命令を忠実に守った彼女は、真のメイドと言えるだろう。だから早く誤解を解いてください。
シャーロットはメイドから丁寧に折り畳まれた布を受け取ると、「ありがとう、ご苦労様」と笑顔でメイドを労った。
主人に労われ、メイドの表情から一瞬だけ険しさが抜ける。だが苦労が報われたわけではないので、心情は複雑だろう。
「それでは失礼いたします」
メイドが一礼して居間から去ると、シャーロットが今しがたメイドから渡された布をわたしにパスしてきた。
「ではエミーさん、これをどうぞ」
「……はあ、どうもありがとうございます」
服から一枚の布に形を変えただけなのに、重みが増したのは気のせいだろうか。
シャーロットの花嫁衣装は、2メートル四方の布になっていた。このままだと大き過ぎるので、四分割して1メートル四方の布を四枚にしよう。切るくらいならわたしにもできる。よし、できた。
「それではさっそく実験してみます」
「吉報、お待ちしております」
自分の役目は花嫁衣装を提供したことで終わったとばかりに、シャーロットは当然のようについてこなかった。
まあドゥーイやゾーイに手伝ってもらえば手は足りるので、気にせず厨房に向かう。
厨房ではドゥーイやゾーイだけでなく、フィオも待っていた。
「それでは作業を再開します」
「待ちくたびれたで」
「それじゃ何から始めりゃあ良かと?」
「先ほど煮込んだ灰汁を、この濾し布で濾します」
わたしはシャーロットから預かった濾し布を取り出す。一枚だとちょっと心許ないので、まずは二枚重ねで試してみよう。
「ドゥーイさん、ザルがあったら貸していただけますか?」
「もちろん。これでよろしいですか?」
ドゥーイに渡されたザルに二枚重ねにした濾し布を被せると、空の寸胴に被せた。これで準備はできた。
「ではこの鍋に灰汁を流し込んでください」
「このまま入れたら灰やら何やら入るで?」
「そのための濾し布です。構いませんからやっちゃってください」
「わかった」
わたしが許可したので、ゾーイは灰汁の入った寸胴を軽々と持ち上げるとザルに向かって中身を流し込み始める。
最初は液体だけが景気よく流し込まれていたが、やがて底に溜まっていた灰やらがぼとぼと落ちていく。
そうしてザルの中が見る見る灰で満ちてくるが、見た感じ濾し布に阻まれて鍋の中に入っているようには見えない。
「全部入れ終わったばい」
ゾーイの言う通り、鍋の中身は完全に出し尽くされた。その代わりにザルは灰で山盛りになっている。
「……これ絶対灰が鍋の中に入ってもうてるで」
「オラもそげ思う」
「大丈夫ですよきっと……たぶん」
あまり自信はないが、濾し布の目の細かさならこれぐらいせき止めてくれるはずだ。いや、念のために二重にしたんだからきっと大丈夫。
しばらく待って灰汁を完全に鍋に落としてからザルを取ろうとするが、持ってみたら重かったのでゾーイに代わってもらう。
「ほい、これでどげんな」
「ありがとうございます。どれどれ……」
鍋を覗き込むと、中の灰汁は見事に澄んでいた。底に灰も溜まっていない。濾過成功だ。
「やった! 成功だ!」
「すごいやん! まったく灰が入っとらんで!」
「そりゃシャレと?」
「ちゃうわ!」
ゾーイとフィオの即席漫才に、厨房が笑いに包まれる。ここでオチをつけたくなるが、実験はまだ終わっていない。
「次はこの灰汁を使って石鹸を作りましょう」
おー! とみんなで拳を振り上げる。いい流れだ。このまま行けば、きっといい結果になるだろう。
廃油を入れた寸胴を温めながら、灰汁を少しずつ加えていく。混ぜる手応えが固くなってきたら、次は型に流し込む
「ではバットを用意しましょう」
前回の作業で段取りを掴んでいるドゥーイが率先して準備をする。
「ではオラが流し込もうか」
力自慢のゾーイがひょいと寸胴を持ち上げるが、それをわたしが止める。
「待ってください。そのまま流し込めば、また型から剥がれなくなってしまいます」
「おっと、そりゃいけんね」
わたしは予め用意しておいた古紙をバットに敷く。表面には蝋を塗ってあるので、石鹸が固まった後も剥がしやすいはずだ。
「準備できました。お願いします」
「了解した」
ゾーイがバットに石鹸を流し込む。後はこのまま一晩寝かせて、明日になってちゃんと固まっていれば今度こそ本当に石鹸の完成だ。
次回更新は活動報告にて告知します。




