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 シャーロットから花嫁衣装を受け取ったはいいが、このままではさすがに使えない。一度ばらして縫い直し、一枚の布にしなければ。


 しかしわたしもシャーロットも裁縫ができないので、この作業は下着製作の時にお世話になったメイドに頼むことにした。


「お、お嬢様、これは……!?」


 花嫁衣装を渡されたメイドは、驚いてシャーロットの顔を見た後、もの凄い目つきでわたしを睨んだ。えっ!? 違いますよたしかにわたしがお願いしたんですが花嫁衣装を差し出せとは一言も言ってないですよ誤解です。


「わたくしが自ら提供したのです。貴方は何も言わず、これを仕立て直して頂戴」


 主人に命令され、メイドはまだ何か言いたそうなのをぐっと堪えると、「承知いたしました、お嬢様……」と血を吐くような声で花嫁衣装を胸に抱く。


「では失礼します」


 メイドが部屋を出る際、もう一度わたしを殺意だけで殺せそうな目で睨んでからドアを閉めた。完全に目の敵にされたようだ。今夜の晩ご飯はおかわりできそうにないな……。


「申し訳ありません。彼女には後でわたくしからよく言って聞かせますので……」


「いえいえ、お気になさらずに。彼女の気持ちもわかりますから」


 何はともあれ、これで濾し布が手に入る。後はメイドが作業を終えるまでに、できることをしておこう。時間は大事。


 灰汁を採取する方法が解決したら、残るは灰汁の濃度を上げる問題だ。まあ材料はもう決まっているので、とっとと厨房に向かう。


 おっと、その前に途中で居間に寄って、暇そうにしていたフィオとゾーイを拾っていかなければ。


「おや、エミーさん。どうかされましたか?」


 まさかこんなに早く濾し布が入手できるとは思っていなかった。小一時間で戻って来てしまったので、ドゥーイも『忘れ物かな?』みたいな顔でわたしを見ている。


「いや~……大変申し上げにくいのですが、またちょっと実験をしたいので厨房をお貸しいただけたらと……」


 揉み手をしながら事情を説明すると、ドゥーイは快く場所を提供してくれた。


「どうぞどうぞ。石鹸の完成が早まるのは、わたしも望むところですから」


「ありがとうございます。それと、いくつか欲しいものがあるのですが」


「食材ですか? また何か新しい料理を作っていただけるのでしょうか?」


 目をキラキラさせているところ申し訳ないが、欲しいのは食材ではなくそこから出たゴミである。


「卵の殻と芋の皮ですか?」


「はい。あと塩をいただければ」


「……まあ卵の殻と芋の皮は、ガードナーさんにも棄てるなと頼まれてますからすぐ用意できますけど。塩はどうなさるんですか?」


「全部灰と一緒に煮ます。そうすれば、わざわざ三日かけて灰汁を濃くしなくても良いはずなんです」


「なんと。こんなものでそんなに時間の短縮が!? それは是非試してみたいですね」


「ええ。用意してもらえますか?」


「喜んで!」


 すっ飛んで外に続く勝手口から飛び出すと、大きな木箱を抱えて戻って来た。


「お待たせしました。ご注文の卵の殻と芋の皮でございます」


 どさっとかなり重そうな音を立てて床にごみ箱を置く。本来ならガードナーが庭の肥料にするはずのこれらを横取りするようで申し訳ないが、今回だけなので許してもらおう。


「それじゃあ皆さん手伝ってください」


「わかった。何すりゃよかと?」


「卵の殻は細かく砕いて粉にして、芋の皮は細かく刻んでからすり潰してください」


「よっしゃ。それぐらいやったらうちらでもできるわ。任しとき」


 フィオは芋の皮をすり潰し、ゾーイは卵の殻を砕いて粉にしてくれた。わたしはそれらを受け取ると、今までよりも大きな寸胴に放り込む。


「後は灰と水を加えてひと煮立ち」


 鍋の中がぐらぐら煮立ってくると、白い泡が見る見る湧き上がって来た。


「何とこん白か泡は?」


「こんなん今までなかったで」


「これは芋のでんぷんですね。まあ害はないので気にしなくていいのですが、邪魔なので取っちゃいましょう」


 お玉でメレンゲのような泡を掬い取る。何かに使えそうな気がしないでもないが、今回は捨ててしまおう。


「でんぷんって何ね?」


「芋の汁が乾くと白い粉が残るでしょ? あれがでんぷんです。主な使用方法は、液体にとろみをつけることぐらいですけど」


 後は小学生の理科で、ヨウ素液をかけると紫色に変化する実験をするぐらいかな。今思うとでんぷんを紫色にして存在を確認するだけの実験って、いったい何の意味があったんだろう。学校教育にいちゃもんをつける気はさらさら無いのだけれど、もうちょっと他に意義のある実験は無かったのだろうか。


 などとくだらないことをつらつらと考えているうちに、いい感じに煮えたので火から降ろす。当たり前だが、煮込んでいる間によくかき混ぜていたので中の液体はすこぶるグレーだ。


「それで、前みたいにこの後冷ますんか?」


 今までなら、灰汁から灰を除去するために一晩寝かせて沈殿させていた。


 だが今は違う!(ギュッ!)


 わたしたちには新兵器、濾し布がある。これさえあれば、灰を沈殿させることなくすべて濾し取ってくれるのだ。


 さあ、今こそ濾し布の出番だ!


 と思ったがあれはまだメイドが縫っている最中だった。


「……そうですね。ちょっと冷ましましょうか」


 今沸かしたばかりの灰汁を濾そうとすると、下手したら火傷しちゃうからね。


次回更新は活動報告にて告知します。

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