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 待ちに待った翌朝。


 朝食を終えたわたしが食器を持って厨房に入ると、ドゥーイが待ち構えていた。


「おはようございますエミーさん。今日も灰汁を作るのですね」


 彼はにこにこ笑顔でわたしから食器を受け取る。


「おはようございますドゥーイさん。今日も厨房をお借りします」


「どうぞどうぞ、喜んで」


 よほど楽しみにしていたのか、今日はお昼の仕込みをしていない。最初からがっつり見学する気満々のようだ。


 まあ人手が欲しいのでドゥーイが手伝ってくれるのは大歓迎だが、期待に満ちた目でずっと見ていられるのはちょっとやりにくい。


 ともあれ、まずは昨日仕込んだ鍋の確認。


 蓋を開けると、透明だった昨日より若干色が濃くなったようだ。順調に濃度が上がってるようで何より。


「いよいよ明日、石鹸を作るのですね」


「はい、灰汁と廃油を合わせて固めると石鹸の完成です」


「楽しみですね」


 わくわく、と音が聞こえてきそうなドゥーイ。では期待に応えるべく作業を始めますか。


 とはいえ、やることは昨日と同じだ。変わったことと言えば、昨日一度やったので少し慣れたぐらいか。


 そして、出来上がったものがこちらでございます。後は明日まで寝かせるだけ。


「それではまた明日」


「はい、お待ちしております」


 今日の作業を終え、厨房を後にする。出がらしの灰はガードナーに渡しておいたので、数日したら庭の花壇の肥料になるだろう。


 ちゃっちゃと終わったので、思ったより時間ができてしまった。空いた時間でプリントシャツの開発でもしようかと考えたが、ふとリリアーネのことが気にかかったのでお見舞いに行くことにした。


 リリアーネの部屋――と本人が勝手に主張している――は、ティターニア邸二階の角部屋だ。数ある客室の中で一番いい部屋を占領しているのが実に彼女らしい。


 扉をノックすると、中から眠そうな声で「だ~れ~?」と聞こえたので、名前を告げる。


「なんだチビッ子か。何の用よ?」


「ご飯にも顔を出さないけど、大丈夫?」


「だ~いじょうぶ大丈夫。ちょっと体が重いだけだから」


「お腹空いてない? 何か食べ物持ってこようか?」


 中から少し迷う気配がしたが、結局は「いらない」と素っ気ない返事が返ってきた。


「食べないと体に毒だよ」


「エルフは食べなくても平気なのよ。いいから放っておいて」


 エルフにそう言われてしまうと、人間のわたしは何も言えなくなってしまう。まあ本人が平気だと言っているのだから大丈夫か。


「じゃあ何か欲しいものがあったら言ってね」


 ドアの向こうから聞こえる気のない返事を最後に、わたしは部屋を後にした。まあ生存確認もできたし、彼女はわたしなんかより遥かに年上だ。自分のことは自分で何とかできるでしょう。


 できるよね? 大丈夫かなあ……。


 結局その日はリリアーネのことが気になって何も手につかず、だらだらと過ごしてしまった。


 待ちに待った翌朝。


 今日はいよいよ石鹸を作る。下準備に時間をかけた分、期待と不安でいっぱいだけど、楽しいという気持ちの方のが勝っていた。


 明日が来るのが待ち遠しいなんて、こんな気持ちになったのはいつ以来だろう。生前末期なんて、明日が来るのに怯えて布団を頭から被って蹲っていたのに。


 何より、失敗しても怒られないのがいい。失敗を怒るのは良くない。失敗とは挑戦した結果なのだから、それを怒ると委縮して挑戦することをやめてしまう。結果的に誰も挑戦しなくなり、皆ができることしかしなくなって社会が発展しなくなる。


 とまあ、大仰なことを言ってみたが、要は新しい遊びを見つけた子どものような気持ちでわたしは厨房へと向かった。子どもだけど。


「おはようございます」


「おはようございますエミーさん」


 いつにも増してキラキラした目をしたドゥーイに迎えられ、わたしは半歩後退る。


「今日はいよいよ石鹸を作るんですよね?」


「はい、ではまずは昨日の灰汁を集めましょう」


「了解しました」


 ドゥーイはすっかりわたしの助手になったようだ。てきぱきと準備を始め、わたしが何も言わなくても鍋から灰汁を掬い出す。いつも思うが、どうしてみんな子どものわたしの言うことに疑問を抱かずに付き合ってくれるんだろう……。


 さすが腕のいいコックは精密な動きも難なくこなす。ドゥーイはすいすいと鍋から灰汁を集めると、飼い主の次の指示を待つ犬のような目でわたしを見る。


「ではいよいよ、灰汁と廃油を混ぜ合わせます」


「ついにこの時が……」


 空の寸胴に半分ほど廃油を入れ、弱火にかける。ゆっくりと温めながら、先ほど集めた高濃度の灰汁を少しずつかき混ぜながら加えていく。


「水と油を混ぜて大丈夫なのですか?」


「加熱した油に急激に水を加えると危ないですが、ゆっくりなら大丈夫ですよ」


 たぶん。


 わたしたちの心配をよそに、灰汁を加えられた廃油は徐々に粘度を増していき、やがてかき混ぜるのに一苦労するようになる。


「これは……結構な力仕事ですね……」


 男性で体格の良いドゥーイが額に汗するとは、彼が言う以上に大変な作業のようだ。最初の予定ではこの作業をシャーロットに手伝ってもらうつもりでいたが、これは予定を変更した方が良さそうだ。


「頃合いですね。何か適当な入れ物はありますか?」


「入れ物ですか? ……これではどうでしょう?」


 ドゥーイは食材を入れる金属製の四角い箱、バットを持ってくる。


「では鍋の中身をこれに移してください。熱いから、火傷に注意してくださいね」


「わかりました」


 ドゥーイは慎重に鍋の中身をバットに移す。すっかりドロドロになったので上手く流れず難儀した。鍋に残ったものもヘラを駆使して綺麗にかき出す。


「後はこれが冷めて固まれば、石鹸の出来上がりです」


「おお、これが石鹸……」


 石鹸で満たされたバットを前に、ドゥーイは感嘆の声を漏らす。わたしも今日までの苦労がひとまず形になって、ほっと胸を撫で下ろした。後は冷ましてこれがちゃんと固まって石鹸として使えれば万々歳だ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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