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ドゥーイの賞賛に気を良くしたわたしは、次々とコロッケを揚げていく。
厨房内に油が立てる音が響き渡り、こんがりとキツネ色に揚がったコロッケが食欲をそそる。
「なんや美味そうやね」
匂いにつられてゾーイが、鼻をひくひくさせながら近づいて来る。
「これから夕飯があるので一個だけですよ」
まあ大食漢のゾーイなら一個ぐらい食べたところで腹の足しにもならないだろうが。
小皿に一つだけ盛ってあげると、ゾーイはそれを一口でたいらげる。
「あつっ、はふっ、うまっ」
ドワーフは口の中も強靭なのか、揚げたてのコロッケをものともせずに咀嚼し飲み込んだ。
「うん、美味か。オラこげん美味かもんば食べたとは生まれて初めてばい」
ドゥーイには申し訳ないが、そこまで言ってくれて気分が良くならないわけがない。わたしは調子に乗ってさらにコロッケを揚げる。
気づいた時には大皿に山のようなコロッケが出来上がっていた。
「ちょっと揚げ過ぎましたかねえ……」
さすがにやり過ぎたか。しかし油は汚れてはいるものの、これを廃油にしてしまうにはまだまだ惜しい状態だ。
それに転生する前から数えても十年近く久しぶりの揚げ物。まだまだ揚げ足りない。
わたしがコロッケの山の前で思案していると、ドゥーイが提案してきた。
「それでは今日の夕飯にいたしましょう」
「いいんですか? それだとドゥーイさんの立てた献立の予定が狂ってしまうのでは……」
「ご心配いりません。急な食事の要望に対応してこそ、一人前の料理人というもの。今日の献立はまた別の機会にしましょう」
ドゥーイのありがたい提案で、本日の夕食はコロッケに決まった。しかしそうなると、あの人数で料理がコロッケだけというのもいささか寂しい。
ここはもう一品くらい欲しい――ということで作ることにした。
材料は豚肉。豚肉で揚げ物と言えばそう、揚げ物界の横綱トンカツだ。
この世界の肉は、現代のように部位ごとに切り分けられていない。きっと解体した時のままなのだろう。ロースともバラとも言えない肉の塊を前に、わたしは包丁を手に少し悩む。
さっきの牛肉もそうだったが、品種改良が進んだ現代と違い、この世界の家畜はほぼ原種に近いものだ。ほとんとジビエと言ってもいい。
なのでスジ切りを丹念に施し、麺棒で叩いて肉を柔らかくする。その様子をドゥーイが奇異な目で見ているが、気にしない。
一センチほどの厚さに切った豚肉に塩コショウで下味をつける。ここから先はコロッケと同じだ。小麦粉卵パン粉の順にまぶして油にイン。
生前のわたしは年齢もあって揚げ物、特にトンカツは食べると必ず胸焼けするので敬遠するようになっていたのだが、今のこの体は若くて健康そのものなので見ているだけでよだれが出る。
揚げて油を切ったトンカツに包丁を入れると、これまたサクサクと良い音がする。この音を心地良いと感じる若さと健康な胃腸はプライスレス。
「おお、これもまた初めて見る料理。これもそのまま食べてよろしいのですか?」
しまった。トンカツにかけるソースが無い! またもや浮上した〝この世界ソース無い問題〟。これは早急に解決策を探さなければ……。
仕方がないので今回は塩と柑橘類の汁でさっぱり食べてもらおう。本当ならとんかつソースに勝るものはないのだが……無念。あとできればからしも欲しい。(個人の感想です)
しかしながら、大量のコロッケとトンカツを揚げたので、油がいい感じに濁ってきた。これなら廃油として石鹸にしても問題ないだろう。
「では次に灰から灰汁を作ります」
竈から油の入った鍋を降ろし、ドゥーイの用意してくれた寸胴に入れ替えると、ゾーイが残念そうに言う。
「なんや、もう揚げ物ば作らんと?」
「廃油ができたのでもう充分ですよ」
「ばってん、これからも石鹸ば作るんなら揚げ物ば作るんやろう?」
「まあ、確かに」
「せやったら石鹸と一緒に揚げ物も売ったらどうや? こんな珍しくて美味しいもんやったら売れると思うで」
そうか。この先も石鹸を作るのなら、廃油は必要になる。そして廃油を作るために揚げ物をするのなら、商品に加えてもいいかもしれない。
「それはいいですね。売りましょう」
「やったら売り物になるかどうか試食せないかんね」
ゾーイの目がトンカツに向いている。どうやらさっきのコロッケで食欲の扉が開いてしまったみたいだ。
やれやれ、とわたしは溜息を一つ。
「わかりました。灰汁を仕込んだら夕食にしましょう」
「やった! それならしゃっしゃと仕込んでしまおう!」
そう言うとゾーイは灰の詰まった麻袋を肩に担ぐ。
「待った待った。まだ早いですよ。慌てないでください」
「すんまっしぇん」
照れ臭そうに笑うゾーイに、みんなも笑顔になる。
さて、ゾーイも待ってることだし、灰汁の仕込みをしよう。
寸胴の半分くらいに灰を入れ、水を注ぐ。よくかき混ぜながら火にかけて、軽く煮立ったところで火を止める。
「後はこれを一晩寝かせるだけ、と」
「それだけですか?」
「今日できることはこれだけです。後は明日になって灰汁の部分だけを掬い取って、さらにもう一度水と灰を加えて加熱して灰汁を出します」
「一回だけやないんや?」
「灰だけだと一回じゃ薄いんですよ。だから二回か三回、場合によってはもっとやらないと石鹸が固まらないかもしれないので」
「なんかばり面倒やなあ」
「けど、成功すれば苦労に見合う商品ができるはずです」
とは言ってみたものの、わたしも自分で実際に作ったことはないので上手くできるかまったく自信がない。
だがどんなものでも形になれば、この世界に無いものを作ったというアドバンテージがあるはずだ。商機はそこにきっとある。
灰汁の仕込みが終わったので、約束通りわたしたちは夕食にした。
「これは……初めて見る食べ物だな」
「それはコロッケというもので、茹でた芋を潰したのを肉と玉ねぎを混ぜて揚げたものです」
夕食の席では、シャーロットの両親が初めて見る揚げ物に意表を突かれていたが、わたしが中味を説明すると恐る恐る口に運ぶ。
「ほう、これはなかなか……」
「サクサクした食感の中に芋の風味が広がって、とても美味しいですわ」
コロッケの評判は上々。次に二人はトンカツに手を伸ばす。
「何事かと思ったが、中身は豚肉か。しかしながら焼いたのや煮たのとはまったく違う食感と、溢れる肉汁はどうだ」
「それにこのお肉の柔らかいこと。いつものお料理とはまるで別物ですわ」
どうやら揚げ物は貴族様の舌にも好評のようだ。しかしだからこそ、塩レモンではなくとんかつソースで食べてほしかった。
しかし老齢の二人には、むしろさっぱりした味付けの方がいいかもしれない。が、油断は禁物である。
「ある年齢以上の方は食べ過ぎると胸焼けを起こして翌日以降も辛いので、食べ過ぎないように注意してください」
「……確かに、芋がずしりと胃に溜まるし、この年には少々重たいかもしれんな」
「ありがとう、気をつけるわ」
これで安心。中年以降の胸焼けは、一日中デバフがかかった状態で生活をするようなものだから、本当に辛い。特に胃薬など無いこの世界では、病気に近い苦痛だろう。
皆が楽しく揚げ物を楽しむ傍ら、わたしは珍しく食事の時間なのに空いている席を見る。
エッダとリリアーネの椅子だ。
早く帰って来ないと、揚げ物が冷めて美味しくなくなるのに。
結局二人は、夜中まで帰って来なかった。
次回更新は活動報告にて告知します。




