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 この世界の服は、一色で染めた生地を使って作られるシンプルなものが多い。


 貴族のドレスともなれば、様々な色の生地を組み合わせて作られているが、庶民はそんな贅沢はできない。


 デザインだってそうだ。庶民の男は簡素な上着とズボン、女はワンピースがほとんどだ。しかも服を何着も持っているものは少なく、みんな一着を大事に着ている。


 まあ日本も昔はそうだった。着物は生地を買って自分で作るのが当たり前で、一着を直してボロボロになるまで着る。そして最終的にボロ雑巾にもならなくなったら燃やして灰にして洗濯に使うか肥料にする。最後までとことん無駄なく使い切るのが普通だったのだ。


 それが今や毎年流行が更新され、季節ごとに新モデルが店に並ぶ。新しいものが出るとそれ以前のものは見向きもされなくなり、即バーゲンセール行きになる。


 消費社会ここに極まれりといった感じで、わたしはあまり好きではない。わたしは好きな一着を大事に着たいのだが、世間がそれを許さないので仕方なく仕事用のスーツは何着か着まわしていた。まあ今となってはどうでもいいことである。


「ねえ、こういうのはどうだろう?」


 わたしはみんなにプリントシャツのアイデアを説明する。


「無地のシャツにうちらで印刷するんか」


「染める前の生地を使えば染料代や手間が省けるし、ブロマイドで使った機材を使えば初期投資は最低限でいけると思うんだけど」


「これまでは貴族向けの商品でしたが、庶民向けに変更するというわけですね」


「そう。服がもっと安価になれば庶民にも手が届くし、複数服が持てるならおしゃれにも気を遣う余裕が生まれるかもしれないでしょ」


 そうなれば服が生活必需品としてではなく、ファッションとして成立する可能性だってある。


「せやけど庶民にそんな余裕があるかな? 生きてるだけで精一杯ってのがほとんどやと思うで」


 フィオの言う通り、これまでの服は裸でなく暑さ寒さが凌げれば何でもいいという扱いだ。まずはその意識を変えるところから始めなければならないだろう。


 となると、一着の値段をかなり低くしないといけないか。


 値段を下げるには、どうしたらいいんだろう。


 売値を下げるには、コストを下げなければならない。コストを下げるには、質を落とさなければならない。だが質を下げ過ぎると売り物にならない物が出来上がってしまうので、下げ過ぎないのが肝要だ。


 素人のわたしに思いつくのはこんなところか。ここは一つ、プロの商人にアドバイスを求めてみるか。


「フィオ、コスト……じゃない、商品にかかる経費を下げるにはどうしたらいいかな?」


 わたしが問うとフィオは、「せやな……」と持っていた一枚のカードをテーブルに捨てる。どうやらババが残って負けたようだ。


「まずは原材料の見直しやな。一段か二段下げて似たようなものが作れるなら、それに変更する。大きさを変えるのもええで。小さくしたらその分材料費がかからんからな。けどやり過ぎると質が落ちたって客が怒って離れるから、やるなら一気にやらんと時間をかけてゆっくりわかりづらーくやるのがええな。次に人件費の節約。不必要な人員は解雇し、それ以外は給料を下げる。これはまあ、やり過ぎると暴動が起きたり一人当たりの仕事の負担が大きくなって徐々に立ちいかなくなるから注意やな。うちはあんまりやりたくない手段や。やっぱり儲けた分はきちんと従業員に還元せんとアカン。最後に輸送費や包装など細々した経費の見直し。小さなことからコツコツと、砂山の砂をうすーく削り取っていくみたいにみみっちくやるのがキモやで。うちはこういうの大好きや」


 うわぁ……めっちゃ早口で喋る。あと商売のことになったら急に前のめりで話してくるよね、この子。まるで会長みたい。さすが親娘。


「――とまあこんな感じやけど、参考になったかいな?」


「うん、とても参考になったよ。ありがとう」


「どういたしまして」


 フィオはにっこり笑うと、再びゾーイとのババ抜きに戻る。さすがに不憫なのでルールの易しい遊びを教えてあげないとなあ……。


 ともあれ、安易なコスト削減は逆効果になりかねないというのがよくわかった。


 たしかに現代でも世界的に物価が上がったせいで材料費も上がり、それを埋め合わせるために企業はコスト削減にあの手この手を駆使していた。


 中には努力を諦めたのか、はたまた明後日の方向に努力したのか、値上げを消費者に勘付かれないように偽装工作する企業も現れた。


 特に多かったのがステルス値上げだ。お値段据え置きで商品の量を減らしたのを消費者にバレにくくするために、わざわざパッケージを変えたり上げ底にしたりと、反則《詐欺》すれすれの変化球ビーンボールを投げてきた。


 さすがにこれは消費者の怒りを買って不買運動が起こったが、企業はどこ吹く風で改善する姿勢をまったく見せなかったのがすごい。企業倫理はどこに行ったのやらと嘆く傍ら、その面の皮の厚さは見習うべきかもしれない。


 現代の例のせいで『商売に信用って必要ないのでは?』と思いそうになるが、頭を振ってその考えを振り払う。いかんいかん……商売とは信用第一。目の前の利益に飛びついて信用を失くすなかれ、とわたしは改めて心に刻んだ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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