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貴族向けの下着事業がほぼ終了となり、わたしたちは次なる一手を打たなければならなくなった。
そうしないと、ティターニア家の財政が再びファイヤーカー(火の車)になるからだ。
しかしながら一口に新しい事業と言っても、そう簡単にアイデアが湧くものではない。それに加えて、今まで頼りにしてきた会長はもういない。溜まった仕事を片付けにオブリートスに帰ってしまった。
これからは、何もかも自分たちで何とかしなければならない。企画も承認も、そして開発から商品を製作して売るまで、本当に何もかもで大変だ。
「おまけに今後貴族を相手に商売をするのは難しいんだよなあ……」
「どうしてですか?」
わたしの独り言に、シャーロットが問いかける。
場所はいつものシャーロット家の居間。時間は昼食が終わりようやくお腹がこなれた頃である。
室内にはわたしとシャーロットの他は、フィオとゾーイがテーブルでトランプをしている。エッダとリリアーネは朝からいない。きっとまた冒険者ギルドを冷やかしてに行っているのだろう。
それはともあれ、わたしはシャーロットの問いにどう答えるか悩み「う~ん」と唸る。
非常に言いにくいことだが、この件に関してはわたしにも責任があるので答えないわけにもいかない。
「信用がなくなったからです。商売というのは、信用が第一。しかも一度失ったら再び得るのにどれほどの苦労と時間がかかるかわからないという……」
まあ現代は政治家や芸能人がやらかしても普通に復帰したり、企業がやらかして信用失っても会社名変えてしれっと復活してたりするけど、わたしたちはそうはいかない。完全に総スカンだ。
信用を失った原因は、言うまでもなくリリアーネがエルフであることを隠していたからだ。わたしたちのような庶民と違い、貴族には未だに差別意識を持っている者が多い。今まで卑しい亜人に熱を上げていたのか、とショックを受けた貴族令嬢が多かったのだろう。熱烈なリリアーネファンである五人娘とクリスティアナ王女以外はぷっつりと連絡が途絶えてしまった。
わたしは彼女たちの信頼を裏切っただけではなく、わたしにお家再興の望みを託してくれたシャーロットの信用も落としてしまったのだ。取り返しのつかないことかもしれないが、わたしにできるのは、どれだけ苦労と時間がかかっても信頼を取り戻すよう努力することだけ。たとえそれが、叶わないことだとしても。
「すみません。お家の再興がかかった大事な事業がこんなことになってしまって」
わたしが頭を下げるのを、シャーロットが制する。
「謝らないでください。わたくしも、リリアーネさんが本意でないことを続けるのには反対です。今は終わったことを嘆くよりも、これからのことを考えましょう」
なんてポジティブな人だろう。見習いたい、この前向きさ。わたしも欲しい。どんな時でもポジティブハート。
「そうですね。昨日より今日、今日より明日を大事にしましょう」
なんて臭いセリフを吐いていると、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、下着を作っていた職人たちはどうしたんだろう?」
「それやったらオブリートスに帰ったで」
ゾーイが手にしたカードの中からどれを引くか悩みながら、フィオが答える。二人でババ抜きして面白いのだろうか? しかしババ抜き以外のゲームだとルールが複雑になるので、すぐに覚えられないと不評だ。あと地方ローカルルールが多すぎて、わたし自身把握しきれてないのもあるし。
「帰っちゃったの? じゃあもし注文が来たらどうするのよ」
「注文は王都で受けて、向こう《オブリートス》で作るんや」
「それじゃあ時間がかかっちゃうでしょ」
王都オリエルバスから会長たちのホームであるコンスタンチン商会があるオブリートスまで、馬車で四日はかかる。受注内容を商会に送り、そこから製作してまた王都に送るとなると時間のロスが大きいしコストもかかる。
「元から受注生産やから、十日や二十日遅れたところで今さらやで」
「なるほど……」
どうりで会長があっさり帰ったわけだ。注文したら即日配送もある現代の流通事情に毒されたわたしは、未だにこの世界の未発達ぶりに慣れないことがある。今考えると、全国一律料金で配達してくれる郵便ってすごいシステムだったんだなあと痛感する。
「しかしそうなると、倉庫は今空いてるのか……。あそこには何があったっけ?」
「ブロマイド量産の機材やで」
ああ、あれか。凹版印刷に使ったローラーとか、何かに使えないだろうか。
わたしは考える。
恐らくこの世界で印刷技術を所持しているのは、わたしたちだけだろう。それはとんでもなく有利なことだ。上手く使えばまた大きな事業を生み出すことができるかもしれない。
では印刷技術を使って何をしよう。今考えると、この世界で凹版印刷と凸版印刷の両方が使えるなんて贅沢すぎる。
まず凹版印刷と聞くと、ぱっと思い浮かぶのが紙幣――紙のお札だ。現代の紙幣は印刷技術の粋を集めた傑作だと言っても過言ではない。特にわたしの国の紙幣は、他国でも真似ができないほど高度な技術が使われていると聞く。
じゃあ紙幣製作に着手してみるか、というわけにはいかない。何故ならわたしが紙幣を作ったところで、それはただの紙切れだからだ。
紙幣とは、国が価値を保証して初めて意味を成すものだ。なので紙幣を浸透させようとすると国の力が必要になる。王様から依頼があれば話は別だが、まかり間違ってもそんな依頼は来ないだろう。
では次に凸版印刷はどうだろう?
わたしたちはこの世界初のフルカラーブロマイドを作った。この技術を活かして他に何ができるだろうか。
絵本とかどうだと思ったが、この世界は識字率が著しく低い。本を作っても貴族が買えばラッキーで、リピート率も低くそうだ。
やだ、印刷技術って使えなさすぎ……。
いやいや待て待て。技術に使える使えないはない。使えないとしたら、それは使う人間の問題だ。
発想を転換してみる。
印刷といっても、何も紙に刷るばかりではない。そう、刷る対象を変えれば可能性は無限大なのだ。
では何に刷る?
紙の次に容易なのは布だろう。
そこでようやくアイデアが湧く。
そうだ、プリントシャツなんていいのではないか?
次回更新は活動報告にて告知します。




