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 オーガキングに駆け出しながら、あーしは自分にもう一度身体強化魔法フィジカルエンチャントをかける。


 身体強化魔法は重ねがけができるのが長所だが、筋肉や関節、腱などに負担がかかるので普段はやらない。


 オーガキング相手に通常の身体強化魔法だけでは不足だが、さすがに二倍がけなら大丈夫でしょ。


 だがその考えは甘かった。


 オーガキングは突っ込んで来たあーしを、正面から迎え撃つ。


 両手を広げて襲い来るオーガキングと、あーしはがっぷり手四つで力比べに入る。


 このまま力で押し切る。


 そう思ってたあーしを、オーガキングはそれ以上の力で捻じ伏せようとしてきた。


「嘘!? 二倍で足りないの?」


 もの凄い力が両腕にかかり、危うくこちらの腕がへし折られそうになる。押し返そうと全力で踏ん張るが、足が地面にめり込むだけでまったく押し返せない。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」


 このままじゃ押し切られる。


 こうなったら後のことを考えてる場合じゃない。


 あーしは覚悟を決める。


「さ、三倍!」


 さらに身体強化魔法をかける。


 だがオーガキングを押し返せない。


 くうううううう……泣けるわね。


 もうどうにでもなれ!


 もってちょうだいよ、あーしのカラダ!


「五倍よ!」


 五倍がけした瞬間、それまで押し込まれていたあーしがオーガキングを押し返し始める。


 突然力が湧いたあーしに、オーガキングが動揺を見せる。


 その一瞬の隙を突いて、あーしは一気にオーガキングの腕を捻り上げてへし折った。


「どりゃああああああああっ!」


 オーガキングの肘の当たりから骨が突き出す。両腕を失って、がら空きになった胸部に渾身の一撃を放った。


「七孔噴血!」


 巨木を倒すほどの威力を持った双掌打は、心臓に強烈な圧を与えて強制的にボンプさせる。


 心臓が破裂するほどのポンプで発生した怒涛のような血流が全身の血管を破断させ、目耳鼻口の七つの穴すべてから血を噴き出して死ぬ必殺の技よ。


 いかに驚異的な再生力を誇るオーガキングでも、心臓と全身の血管がズタボロじゃあすぐには復活できないわ。


 再生力が高いなら、再生が追いつかないほどのダメージを与えればいいんだけど、そのためにあーし自身も甚大な被害を被っていた。


 やはり身体強化魔法五倍がけは無茶だったわね……。


 全身の力が抜け、地面に膝を着く。


 体がバラバラになりそうな激痛に耐えながらオーガキングの方を見ると、立ったまま全身から血を流していた。


「やったのかしら……?」


 これを言ってやってた試しをあまり知らないのだけれど、思わず言ってしまう。


 案の定、オーガキングはぴくりと体を震わせる。外からは見えないが、体の中では破裂した心臓やズタズタに引き裂かれた血管たちが再生しているのだろう。


 必殺の奥義『七孔噴血』でも仕留めきれなかったか……。


 オーガキングの再生力は恐ろしいわね。


 だけどあーしは落胆も絶望もしない。


 何故ならあーしの後ろには、納刀状態で待機しているエッダがいるのだから。


 そして今、三十秒が経った。


 エッダが閉じていた目をギンと開くと、その場からかき消したように姿が消える。


 いや、消えたのではない。姿を見失うほどの速度で踏み込んだのだ。


 あーしの全速力にも負けない速度で間合いを詰めたエッダは、刀を握る手に力を込める。


「行くぜ。『天雷一閃』」


 エッダが剣を抜いたと思った次の瞬間、刃がオーガキングの太い首に吸い込まれていた。


 だがこれまで何度斬りつけても、太い筋肉に守られた首は刃を通さなかった。


 今もそう。エッダの剣は鋼の綱をより合わせたような筋肉に阻まれ、わずかに食い込んだだけだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 エッダが吼えながら長剣を引くと、剣と首の間で火花が散った。摩擦による熱なのか、剣が真っ赤に輝く。


 次の瞬間、剣がオーガキングの首を切断する。刃が通り抜けても頭は落ちずに首の上に乗ったままだ。


 だがそれだけでは終わらなかった。


 剣を振り抜いたエッダは回転してその勢いをさらに加速させると、左からの抜き打ちだった横軌道を上段斬りの縦軌道へと変えた。


「これで終わりだあああああああっ!」


 再び裂帛の気合を放つと、エッダの剣は切断したオーガキングの頭ごと体を真っ二つに斬り裂いた。勢い余って地面に剣が突き刺さる。


 頭から一直線に切断されたオーガキングはしばらくの間立っていたが、やがて左右に分かれて地面に横たわった。


 さすがにここまでやれば、いかにオーガキングといえど再生できないだろう。一応念のために10秒ほど待ってみたが、やはりぴくりとも動かなかった。


 つまり――オーガキング撃破。


 完全に斃したことを確認すると、緊張が解けて一気に疲れが出た。同時に体の痛みも鮮明になり、我慢できずに声を上げながら地面を転がる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い~……」


 身体強化魔法重ねがけ五倍による反動だ。限界を超えて酷使した筋肉はあちこち断裂し、過剰にかけられた負荷で関節は軋み、腱に至っては切れていないのが不思議なくらいだ。


 一歩間違えば二度と戦えないどころか歩けなくなるくらいの無茶だったが、こうして生きているからまだ運には見放されていないのだろう。まあ二度とやろうとは思わないけど。


 痛みに涙目になりながら見ると、エッダも相当無茶したようで剣を杖にしてこっちに歩いて来る。


「よう、生きてるか?」


「なんとかね……でももう限界。ちょっと休ませて」


「それはいいが、どうやって帰る?」


 エッダが顎で示した先には、白目を剥いて気を失っている子どもたちの姿が。


「あらまあ、みんな見事に失神してるわね」


「どーすんだよこいつら。あたしは四人もおぶって帰れねえぞ」


「あーしはあんたにおぶられるつもりは毛頭ないわよ」


「じゃあどーやって帰るんだよ。いくら王都の近くだからって、こんな森の中じゃ乗り合いも通りゃしないぜ」


「大丈夫よ。ちゃんと考えてあるから」


「本当かよ……」


「ちょっとあの子の鞄の中見てみなさいよ」


 あーしが気を失っているザックを指さすと、エッダは老人のようにえっちらおっちらと向かう。


 鞄の中を漁ると、何かを見つけたようでにやりと笑った。


「なるほど。その手があったか」


 エッダが鞄から取り出したのは、一本の筒だった。


 ただの筒ではない。これは冒険者ギルドが提供している緊急用の花火だ。これを打ち上げると、監視の衛兵とかが発見して冒険者ギルドに通報し、ギルドが救援を出してくれる。当然手数料はかかるけど、死ぬよりはマシよ。


 花火なのでギルドの近くの屋外でしか使えないが、近場で薬草詰みなどをする初心者冒険者にはなくてはならないアイテムだ。


「よく持ってたな。あたしはよく鞄に入れるのを忘れたもんだ」


「当たり前じゃない。荷物の確認は大事よ」


 フフン、と得意げに鼻を鳴らすが、ふと奇妙なことに気がついた。


「ところで、どうしてアンタがここに居るのよ?」


「ん? ああ、朝会長を見送ったその足で冒険者ギルドに行ったんだが――」


 エッダが言うには、ギルドに行ったら受付に『ああエッダさん、丁度いい所に来た』と捕まった。


「それってもしかして軽薄そうな男の受付?」


「いいや、若い女だったぞ」


 あの受付だったら情報伝達ミスで怒鳴り込んでやろうかと思ったけど、別人なら仕方ないわね……ってギルド内の申し送りミスじゃない! やっぱり怒鳴り込もう!


「そいつに北の森の調査を依頼されて、半日かけてオーガを追ってきたんだよ」


「それで東の森まで来たのね」


 北の森にいたはずのオーガが東の森に出たのは、エッダに追われていたからか。


「お前こそ何やってんだよ」


「あーしはただの子守よ」


「お前が子守? 珍しいこともあるもんだな」


「確かにね」


 けどもう子守はこりごりよ。


 だって毎回ロクなことにならないんだから。






 数日後。


 朝から冒険者ギルドに行く途中、あの子たちに会った。


 聞けば、これから下水道のネズミ駆除に行くという。


「あの件で、まだまだ実力不足だって痛感しました。なのでまた地道に下積みを繰り返します」


「けど、いつかはオーガやトロルだって斃してみせるからな」


「だからその……あの時は助けてくれてありがとうな……」


 トムが照れ臭そうに礼を言うと、ルククが「あ、そろそろ行かなきゃ衛兵さんに怒られちゃう」と二人に声をかける。


「それじゃリリアーネさん、またね」


「じゃあな」


「ええ、頑張りなさい。ただし絶対無理はするんじゃないわよ」


 子どもたちは声をそろえて「わかってまーす!」と大声で言いながら、こっちに手を振りつつ駆けて行った。


 冒険者を続けるって決めたのね。


 やめないで良かった――とは言えないけど、あの子たちが生きてて本当に良かった。


 辛いことばかりのこの稼業だけど、たまにこういうことがあるのが救いよね。


 あーしは何だか胸の中があったかくなるのを感じながら、冒険者ギルドに向かって歩く。


 目的は当然、あの受付に文句を言うためよ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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