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異音を聞きつけ、ゴブリンたちが周囲を警戒する。そのうちの一匹が、あーしたちが隠れている茂みを指さし何かを喚き出した。
残りのゴブリンたちが、示された方向――あーしたちが隠れている茂み――に向かってゆっくりと向かって来る。
一歩、また一歩と近づいて来るゴブリンたち。恐怖と緊張のせいか、時間がゆっくり流れているように感じる。
ゴブリンが近づく足音が大きくなると、子どもたちが声を殺してすすり泣き始める。こういう時は、人間より聴覚の優れたエルフの耳が恨めしく思う。徐々に近づく死の恐怖で、早鐘のように打つ子どもたちの心臓の鼓動までよく聞こえてしまう。
だがあーしは彼らのように絶望するわけにはいかない。
あーしは引率だ。
だからこの子たちを守らなければならない。
ついにゴブリンの一匹があーしたちの隠れている茂みに手をかける。
汚く爪が伸びた手で枝葉をかきわけ、醜い顔が覗いた瞬間を狙って、あーしは身体強化魔法をかけた拳で渾身の一撃を打ち込んだ。
「ほあたぁっ!」
右の拳にゴブリンの顔の骨が砕ける感触を感じながら、茂みから飛び出す。
仲間に何が起こったのか理解できないうちに、なるべくゴブリンの数を減らさなければ。
あーしは一番近くにいたゴブリンに襲いかかる。相手はいきなり仲間が死んだのと、茂みからあーしが飛び出したことで思考が追いつかず反応が遅い。
その隙を逃さず、ゴブリンの両耳を掴むと力任せに引き寄せる。その勢いを利用し、ゴブリンの顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
「次!」
顔面が陥没したゴブリンを投げ捨て、次の獲物を探す。だが奇襲で数を減らすのは二匹が限界だった。
残った三匹のゴブリンは、あーしではなく未だ恐怖で茂みから動けない子どもたちに狙いを定めていた。
もはや戦うことすら、いや、戦うという意思さえどこかに置き忘れた状態の子どもたちは、目の前にゴブリンが現れても武器を取るどころか、ただ泣き喚くだけで立ち上がることすらできない。
あの子たちはもう戦えない。だったらあーしが守らなければ。
そう思って踵を返すあーしの行く手にオーガが立ち塞がる。ゴブリンの数を減らそうと一人で飛び出したのが仇になってしまった。
オーガはあーしを値踏みするように睨みながら、じりじりと間合いを狭めて来る。その間にゴブリンたちが子どもたちに近づく。
子どもたちに迫る危機に焦りが募るが、下手に打ち込むのは危険だとあーしの本能が告げている。
かと言って子どもたちの方に向かおうと背中を向けたら、その瞬間に八つ裂きにされるだろう。
そうこうしているうちにゴブリンが子どもたちを完全に包囲した。ここから先は、きっと一方的な虐殺。か弱い子どもたちを魔物が蹂躙する。今も世界のどこかで起きている当たり前の出来事が、あーしの目の前で起こる。
厭だ。
それだけは絶対に避けなければ。
神様お願い。
あーしは生まれて初めて祈る。
子どもたちを守って。
だが神様は忙しいのか、あーしの願いは聞き届けられなかった。
その代わり、子どもたちに迫っていたゴブリンのうち一匹の頭に石が命中した。
相当な速度で投げつけられたらしく、石はゴブリンの頭蓋骨を砕いて即死させた。
「!?」
石が飛んできた方を見ると、右手に投石布を持ったエッダが木々の間から姿を見せた。
「よっしゃぁ命中! この野郎さんざん追いかけさせやがって。鏖にしてやるから覚悟しろよ!」
「エッダ!?」
あーしが驚きの声を上げると、向こうもようやく気づいたのかびっくりして足を止める。
「リリアーネか? どうしてお前がここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフよ!」
お互い訊きたいことや言いたいことは山ほどあったが、エッダはあーしらの姿を見て即座に状況を理解したのか、
「話は後だ。とにかくこいつらを殺っちまうぞ」
持っていた投石布を懐にしまうと背負った長剣の柄に手を伸ばす。
「わかった。あーしは子どもたちを守るから、あんたはオーガをお願い!」
「任された! ってか、あいつは元々あたしの獲物だ!」
了解するや否や、エッダはすらりと剣を抜きながらオーガへと駆ける。
常人ならその迫力で戦意どころか意識も消失しそうな魔物に向かって、楽しそうに笑っている。相変わらずね、この戦闘狂。
剣を抜いて走って来たエッダと入れ替わるようにオーガから距離を取ると、あーしは今にもゴブリンに襲われそうな子どもたちの下へと向かう。
魔法で強化された脚力で全速力を出すと、影を置き去りにするほど速度が出る。
十歩の距離を瞬きよりも早く詰めると、クルルに襲いかかろうとしていたゴブリンに蹴りを叩き込む。
ゴブリンの頭を熟した果実のように爆ぜさせると、すぐさま次のゴブリンに拳を打ち込んだ。拳は胸骨を貫いて背中まで抜ける。
そうしてゴブリンの胸に拳大の穴を開けると、最後に残ったゴブリンに背負い投げをかける。
頭から地面に叩きつけると、ぐしゃりという音を立ててゴブリンからただの汚い肉の塊に変わった。
自分たちが殺されそうになった魔物が、あっという間に肉塊に変わる。殺されかけたという体験もさることながら、自分たちと上位の冒険者との実力差を目の当たりにし、子どもたちに悪い影響が出ないかしらと心配になる。実際、こうして冒険者を辞める者も多い。
だがそれも生きてこそだ。死んだら何もかもそこで終わる。けれど生きてさえいれば、何とかなるものだ。
これで子どもたちを脅かすゴブリンは片付いた。あーしはエッダの方を見る。すると珍しいことにまだオーガはピンピンしていた。彼女の実力なら、とっくに決着がついているはずだ。
何やら鬱憤が溜まっていた様子だったので、その腹いせをしているのだろうか。
「ちょっと、遊んでないで早く片付けなさいよ」
するとエッダは牙を剥き出しにしながら言った。
「こいつ、ただのオーガじゃねえ」
次回更新は活動報告にて告知します。




