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茂みに隠れて一度ゴブリンたちをやり過ごすと、あーしの合図で一斉に背後から襲いかかる。
「今よ」
「やああああああああああああっ!」
「うわあああああああああああっ!」
ザックとトムが大声で喚きながら茂みから飛び出すと、声に気づいたゴブリンが振り返る。せっかく背後を取ったのだから黙ってやればもっと効率的なのだが、初心者だから仕方がない。
「やあっ!」
ザックの長剣がゴブリンを袈裟斬りにする。肩から腹にかけてばっさり斬られたゴブリンは内臓をはみ出させながら即死。だが同じく袈裟斬りにしたトムは短剣では長さが足りずに傷が浅く、致命傷にはならなかった。
あの場合トムはザックのように切りかかるのではなく、体ごとぶつかるようにしてゴブリンの腹か喉を刺しにいかなければならなかった。自分の武器の長さや特性を知らない初心者にありがちなミスだ。後で指導してやらないと。
致命傷にはならなかったものの、傷を負ったゴブリンは怯んで反撃するのを忘れる。そのおかげでルククが呪文を完成させる時間を得た。
ルククの持つ杖の先から炎の塊が打ち出される。
火球は一直線にゴブリンに飛んで行き、命中するとゴブリンは火だるまになった。
断末魔を上げながらゴブリンが絶命すると、森の中に静寂が訪れる。
「や、やったのか……?」
黒焦げになって動かないゴブリンを、ザックが剣の先でおっかなびっくり突っつく。何度か刺して完全に死んでいるのを確認すると、ようやく緊張が解けたのか三人が大きく息を吐いた。
「どうってことなかったな」
余裕ぶっているが、若干声が震えているトム。お前が一撃でゴブリンを斃していれば、ルククが無駄な魔法を使わずに済んだのよ、と説教かましたいところをグっと堪える。魔法の節約や効率化なんて、中級以降に考えることだ。
ともあれ誰もケガはなかったのだから、初めての実戦としては及第点ね。これで自信をつけてくれれば良いのだけど。
「それで、この後どうするんだっけ?」
「確か、右耳を切り取って持ち帰るんだったな……」
これからすることのせいか、トムとザックの顔が青い。
ゴブリン退治の依頼では、狩ったゴブリンの右耳を切って持ち帰るのが鉄則だ。証拠でもあるし、ギルドで換金するために必要だからだ。
「じゃ、じゃあお前やれよ」
「ずるいぞトム。人に押し付けるなよ」
「お前が斃したんだろ。お前がやれよ」
「お前だって斃したじゃないか」
「いや、トドメを刺したのはルククだから」
「お前そこまでしてやりたくないのか。プライドないのかよ」
どっちが耳を切るかで喧嘩が始まる。互いに押し付け合い、どちらも一歩も引かない。このままでは埒が明かないから一言言ってやろうと思った時、
「二人とも邪魔! どいて!」
ルククは男二人を押しのけてゴブリンの前にしゃがみ込むと、手にしたナイフでさっさと右耳を切り取って革袋の中に放り込んだ。
「いつまでくだらないことやってるのよ。こんなの鶏や魚を捌くのと大差ないじゃない」
ルククに呆れられ、男二人は立つ瀬がない。女が強いのか、はたまた男が情けないのか。ともあれ問題は片付いた。まだ陽は高いし、ゴブリン二匹じゃ稼ぎが足りない。となれば考えることは皆同じ。
「よし、この調子でどんどん狩ろう」
ザックの言葉に、他の二人が頷く。
ゴブリンの単価は安い。何匹狩れと指定された依頼じゃない限り、一匹当たり大銅貨一枚が相場だ。二匹狩ってようやく宿に一泊できる程度なので、彼らの場合はあと最低四匹は狩らないと今夜は馬小屋で寝泊まりする羽目になる。
こうしてあーしたちはゴブリンを探して森の中をあちこち歩き回った。
心配していた戦闘だが、二回目以降は緊張がほぐれて本調子が出たのか危なげなく終わり、陽が傾く頃にはゴブリン十匹を狩る成果を上げていた。
「そろそろ日が暮れるわね。これくらいにして帰るわよ」
「はーい」
あーしの号令に、三人は素直に頷く。今日一日分の稼ぎとしては充分だから、これ以上欲をかく必要はない。暗くなればそれだけ危険が増えるのだから。
だがそういう時に限って、獲物が向こうからやって来る時がある。こちらが探している時は見つからないのに、理不尽ね。
「ちょっと待って」
合図をして三人を黙らせる。今日何回したかわからない聞き耳を立てると、本日最多の獲物の音がした。
「またゴブリンか。数は……」
あーしがゴブリンの数を数えようとすると、そいつらの後ろにとんでもない奴がついて来ているのに気付いた。
「なにこれ……」
ゴブリンじゃない。
一匹だが、明らかにゴブリンとは違う大きさ、そして重さ。音だけでわかる、ゴブリンなんかとは比べ物にならないヤバさ。
「どうしたんですか、リリアーネさん?」
顔色が変わったあーしに気づき、ルククが心配そうに声をかける。
「ちょっとヤバい奴がこっちに来てるわ」
「ヤバいって何だよ……」
「そんなのわからないわよ」
「に、逃げようぜ」
「ダメよ。今からじゃ間に合わない。追いつかれて殺されるのがオチよ」
「じゃあどうするんですか……?」
「隠れてやり過ごすしかないでしょ。あんたたちじゃ、逆立ちしたって敵いっこないんだから」
今まで調子が良かったせいで油断してしまった。まさかここまで近づかれるまで気づかないなんて。
あれはあーし一人だけならまだしも、この子たちを守って戦えるような相手ではない。なので迎え撃って戦うという選択肢はなかった。それよりも茂みに隠れてやり過ごした方が、まだ生き残れる確率が高い。
そうと決まればグズグズしていられない。あーしたちは茂みに隠れて息を殺す。
即断即決したのが功を奏したのか、あーしたちが隠れてすぐに敵が姿を現した。
ゴブリンが五匹と、そいつらを従えるように悠々と歩く巨体が一つ。
オーガだ。
見るまでもない。その圧倒的な気配だけで、三人が恐怖で打ちのめされるのが感じられた。殺気とかそういうレベルではない。絶対的な強者を前にした時に感じる、何をどうやってもコイツには勝てないという絶望。本能とか魂に刻まれた生き物としての当然の反応を、彼らはしていた。
三人は声を上げないように必死に両手で口を抑えるが、震えで歯の根が合わずガチガチと鳴らしている。
その微かな音で気づかれるのではないかと、さらに恐怖が募って震えが激しくなる。幸運だったのは、ゴブリンたちは何かに追われているかのような急ぎ足だったので子どもたちの歯の音が聞こえなかったのと、ギリギリのところで失禁するのだけは耐えていたことだ。さすがにこの距離で漏らされたら臭いで即座に見つかっていただろう。
それにしても、オーガが出るなんて聞いてないわよ。あの受付め、とお調子者の顔と同時にそいつが言った言葉を思い出した。
『最近北の森でヤバい奴が目撃されたって報告があったんですよ』
コイツがその〝ヤバい奴〟か!
けど確認されたのは北の森だったはず。どうしてあーしたちがいる東の森に!?
情報ミスか? あの受付、適当な情報を渡すんじゃないわよ。
なんて今考えても仕方がない。受付に文句を言うにも、この場を生き延びなければ。それには兎にも角にも、息を殺して奴らが通り過ぎてくれるのを祈るしかない。
あーしらの必死な祈りなど露知らず、ゴブリンたちが茂みの前を通りかかる。
お願い、このまま通り過ぎて。
誰もがそう願っていたその時、
ぱきん。
三人のうち誰かが身じろぎしたせいで小枝が折れる音がした。
ゴブリンたちの足が止まる。
終わった。
次回更新は活動報告にて告知します。




