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「リリアーネさん、ちょっと」


 受付の男性があーしに向かって手招きする。


 こうなってはもう無視して帰るのも悪い気がするので、仕方なく受付へと向かう。


「なによ、あーしに何か用?」


「ちょっとこいつら見てくださいよ」


 そう言うと男は三人の冒険者を手で示す。


「この子たちがどうかしたの?」


「いや、こいつらゴブリン退治の仕事を受けたいって貼り紙持って来たんですけど……」


 王都オリエルバスは南側が海に面しているが、北と東西は森に囲まれている。そして毎年増える人口に対して食料を確保するため、周囲の森を切り拓いて開墾して畑にしている。一応これは国を挙げての国家事業だ。


 だが森で作業をしている作業員が、魔獣や魔物に襲われることがたまにある。なので定期的に魔物を駆除する仕事が冒険者ギルドに舞い込んでくるのだ。その代表格がゴブリン退治である。あーしはやらないけど。


「この子らにはちょっと早いんじゃない?」


「でしょ?」


 ゴブリンは初心者向けの魔物ではあるが、なにぶん数が多い。運悪く群れに出くわしたら死ぬことだってある。ある程度の経験者じゃないと、安心して任せられないだろう。


「下水道のネズミ駆除は? あれなら大丈夫でしょ」


 王都の地下にクモの巣のように敷かれている下水道のネズミ駆除は、初心者冒険者にはうってつけの仕事だ。相手はネズミだからよほどじゃないと死ぬことはないし、ネズミは際限なく増えるからしばらくしたらまた依頼が来る。臭くて報酬は安いが、死んだり大怪我するよりはマシだ。あーしは絶対やらないけど。


「それはちょうど他のが行ってるんだよ」


「じゃあ仕方ないわね」


「そこでリリアーネさんにご相談なんだけど、こいつらについてやってくんない?」


「はあ? どうしてあーしが?」


「お願いしますよ。自分の担当した冒険者が死んだら寝覚めが悪いじゃないですか」


「知らないわよ、ンなこと。あーしは子守じゃないのよ」


「どうせ暇なんでしょ? 助けると思って、お願いしますよ」


 そう言って男はあーしを拝むように両手を合わせる。聞けば、この子らはついこの間まで孤児院で生活していたが、施設が経営難になったので自ら口減らしのために出て行ったという。しかし王都とはいえ孤児が仕事を見つけるのは大変で、いろいろ悩んだ末に冒険者になったという。


「よくある話じゃないの」


「あるけど、俺こういうのに弱いんですよ。だから仕事はさせてやりたいけど、だからといって身の丈に合わない危険なことはさせたくはない。わかりますか? この親心」


「あんたがいつ親になったのよ」


「これからなる予定なんです」


「事情はわかったけど、だからといってどうしてあーしなのよ? 他にも暇してる冒険者なんていくらでもいるじゃない」


 ゴブリン退治の引率なんて、素面の冒険者なら誰でもいいぐらいだ。すると男は「これはまだ極秘なんだけど」と口に手を添えて耳打ちをするように小声になる。


「最近北の森でヤバい奴が目撃されたって報告があったんですよ。一応ギルドも手は打ってあるみたいなんですが、万が一ってことがあるかもしれないじゃないですか」


「だったらあーしもそのヤバい奴に遭うかもしれないってことじゃない」


「ゴブリン退治は東の森だからまず大丈夫。それにもし出遭ってもリリアーネさんなら平気ですよ」


 この男、あーしを何だと思っているのかしら。


「今度美味しい仕事があったら紹介しますから」


「その今度がなかったらどう責任取るつもりよ」


「毎月花ぐらいは供えてあげますから」


「縁起でもないこと言うんじゃないわよ!」


 あれこれ抵抗してみたが、毎日ひと癖もふた癖もある冒険者たちの相手をしている受付に口では敵わなかった。結局承諾させられ、あーしは新米冒険者の臨時引率として紹介される。


「お前ら、この人がついて行ってくれることになったぞ。挨拶しろ」


「うわあ、エルフのおねーちゃんだ」


 いきなり興味津々といった感じで剣士の子があーしをじろじろと見てくる。


「あんた、俺らのパーティーに入りたいの?」


 そう言って警戒心丸出しの目で睨んでくるのは盗賊の子だ。


「だ、駄目だよザックにトム。先輩にそんな失礼な態度とっちゃ……」


 不躾な男二人と違い、魔法使いの子は多少礼儀は心得ているようね。ぺこりと頭を下げ、自己紹介をする。


「は、初めまして。ルククといいます。一応魔法使いです」


 ルククが率先して自己紹介をしたので、残りの二人も渋々それに倣う。


「僕はザック。見ての通り剣士だ」


「俺はトム。盗賊」


「……魔法闘士マジックファイターのリリアーネよ。こんなこと、今日だけだからね」


「よし、これでお互い挨拶は済んだな。じゃあリリアーネさん、後はよろしくね」


 これで決まり、とばかりに受付の男性は両手をぱんと打ち鳴らすと、自分の仕事に戻って行った。


 後に残されたあーしと三人の子どもたちの間に気まずい沈黙が流れる。


 こういう空気苦手なのよね。元々個人主義で団体行動が苦手というのもあるけど、子ども相手というのがさらに苦手意識を加速させるわ。


「あの、それじゃあ今日はよろしくお願いします」


 またもや空気を読んで話を切り出してくれるルクク。いい子ね。それにどこかのチビッ子と違って子どもらしいところが実に可愛い。


「一応訊くけど、あんたたちゴブリン退治の経験は?」


「ありません。今日が初めてです」


「なんだよ、なかったら悪いのかよ。そのためにあんたがいるんだろ?」


 何か癇に障ったのか、いきなりケンカ腰のトム。まあこの年頃の男の子は、舐められるのが嫌いだからしょうがないわね。


「勘違いしない。あーしはあくまで引率。ゴブリン退治はあんたらがやるのよ」


「手伝ってくれないんですか?」


「あーしがやったらあんたたちの為にならないでしょ。甘えるんじゃないわよ」


「なんでえ、ケチだなあ」


「あーしを雇ったら高いわよ」


「いくらなんですか?」


「一日金貨一枚」


「たっけえ! 絶対嘘だよ。それかぼったくり」


「嘘じゃないわよ。いい冒険者ってのは、それくらい価値があるのよ」


 現に会長は馬車の護衛の時それくらい払ってくれたしね。思えばあの人、金払いだけは良かったわ(過去形)。あ、まだ死んでなかったっけ。


次回更新は活動報告にて告知します。

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