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6


 村人たちが侃々諤々話し合い、小一時間が過ぎた。


 さすがに議論し尽くし、皆が疲れてきたのを見て村長が言った。


「では皆の衆、ここらで決を取りたいと思う。冒険者を雇ってゴブリンを退治することに賛成の者は挙手を――」


 集まった村人たちが手を挙げようとしたその時、


「ちょっと待ったあ!」


 突如制止する大声に、人々の視線が一斉に集まる。


 そこには、木に背中を預けて立つエッダの姿があった。


「ちょっと待てってあんた、どういうことだ?」


 代表して村長が尋ねると、エッダは「それはだな」と不敵な笑みを漏らす。


「えっと…………それは…………」


 だがすぐに言葉に詰まり、さっきまで自信満々だった顔がみるみる崩れて面白い顔になっている。


(あ~、話聞いてる時の顔でもしかしたらと思ってたけど、やっぱり憶えきれなかったか~。……っていうか、初っ端から詰まってるじゃない。もうちょっと頑張ってよ……)


 彼女の記憶力に期待はしていなかったが、まさか最初の説明すらできないとは。とはいえ、こうなることは予想よりかなり早かったが想定内。


 わたしはエッダがもたれている木の反対側に隠れながら、彼女にだけ聞こえるぐらいの小声で次の台詞を伝える。これぞ江戸川流口寄せの術。


 言うべき言葉を得たエッダは、再び不敵な表情に戻った。


「偵察というのは、帰還して情報を持ち帰るだけが仕事じゃないんだぜ」


 こうしてわたしが黒子のように補佐して、蟻の喩えを踏まえつつどうして偵察のゴブリンを殺してはいけないのかを説明する。


 エッダの話が終わると村人たちは騒然としたが、すぐに誰かが声を上げた。


「ゴブリン殺しちゃなんねえってのはわかったけんどもよ、じゃあどうしたらよかんべ?」


「そうだそうだ。このままだとオラたちの村ゴブリンに襲われちまうぞ」


 こういう声が上がるのは、わかっていた。


 生前の職場には、人の意見に文句をつけるばかりで代案を一切出さないカスみたいな上司がいたけれど、本来は反対を唱えるなら代案を出すのが当然である。


 わたしもそう思うし、そうする。


 なのでエッダは当たり前のように言う。


「安心しろ。ちゃんと他の案を用意してある」


 まるで常勝無敗の軍師のような顔で言うエッダの姿に、村人たちは「おお……」と感嘆する。


 いや、めっちゃイイ顔で言ってるけど、それ考えたのわたしだからな。




 鬱蒼とした森の中を、三匹のゴブリンが歩いている。


 皆一様に、何かの動物の皮で作った腰巻をしているだけのみすぼらしい恰好をしており、これといった武器や防具のようなものは帯びていない。


 唯一先頭の一匹が木の棒を持っているが、これは蜘蛛の巣を払うためのものだろう。何やらわめきながら楽しそうに木の棒を振る姿は、小学生男子が下校途中に傘を振って遊ぶ姿に似ている。


 三匹は偵察のくせに注意や警戒をすることは一切なく、ただ決まった方角に向かってひたすら歩いていく。途中目についた木の実や虫を取って食べたりして、緊張感というものがまるで見られない。


 やがて三匹は森を抜け、拓けた場所に出た。


 そこは廃村だった。


 道はすっかり草に覆われ、街路樹だったものは枯れていたり腐って倒れており、かつてそこが道だったという名残が辛うじて残っている程度だ。それを辿っても、柱が腐り屋根が落ち、木の柵があちこち欠けた家屋に繋がっているだけである。


 廃屋の中を覗くと、生活の匂いはまったくしなかった。天井は蜘蛛の巣だらけで、床には埃が厚みを持つほど溜まっている。家具はもちろん食器一つ残っておらず、かつてここに住んでいた者が一切合切持って行ったのが窺える。


 当然食料なんか残っているはずもなく、それどころかネスミの死骸すら見当たらない。だとすると、ここは一体どのくらいの間無人だったのだろう。一年や二年ではあるまい。


 三匹のゴブリンたちは廃屋を手分けして見て回ったが、結局何も得るものがなかった。


 ただ一つ、ここが完璧な廃村だという結論以外は。


 ゴブリンたちはなにやら相談すると、自分たちが来た方向に向かって歩き出した。恐らく、彼らの巣がある方向だ。


 巣に戻った彼らは、仲間たちにこう報告するだろう。


 この先に襲えそうな村はない。見つけたのは住んでる奴らがいなくなってずいぶん経つ廃村だけだったと。


 三匹のゴブリンが再び森に入り、姿が見えなくなってからたっぷり千を数えると、


「そろそろええかのう……」


 村はずれの廃屋から恐る恐る声がして、壁の中から村長がひょっこりと顔出した。


 村長は壁から半分出した顔をぐるぐると動かし、四方八方をじろじろ見ると、安堵したように息を吐いて言う。


「よし、大丈夫じゃ。みんな、出て来ていいぞ」


 村長の言葉を合図に、あちこちの壁や朽ち木から村人たちが手品のようにぞろぞろと出て来た。どこにどうやって隠れていたのか、誰もが全身泥や灰にまみれている。


 皆いままで身を縮めて息を潜めていたので、緊張で強張った体をほぐすように大きく伸びをする。


 そうして体と一緒に心もゆるくなると、一斉に笑い出し近くの者と肩や背中を叩き合った。


「うまくいったな」


「ああ、こんなにうまくいくとは思わなかった」


「幻だと気づかずに行っちまった」


「あいつら見事に騙されたな」


「それにしても、丁度村に魔法使いが居て助かったな」


 その時、魔法使いのおじさんが魔法を止めると、廃村だった風景が映画の場面を切り替えるように元の村の姿に戻った。


 魔法使いはようやく緊張から解放され、大きく息を吐く。彼の魔法の出来如何で村の命運が決まったのだ。責任重大でめちゃくちゃストレスがかかったことだろう。その分報酬に反映されることを願う。


 村はずれには、村人たちだけでなく村中の家畜が集められ、魔法で眠らされていた。集めるのも大変だったが、この後持って帰るのも大変だろう。だが村が襲われて全て奪われることに比べたら、これくらいの苦労はなんてことはないはずだ。


次回更新は明日0800時です。

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